336話 根回しと悩み

 安直な気はするが生徒の立場で、オフェリー先生の様子を確認するのはこの手に限る。

 翌日学校に、俺は向かうことにする。


 ラヴェンナの子供担当大臣に、お願いをしよう。

 といっても、マノラは、もう13歳だ、そろそろ大臣卒業だが……。

 さすがに、オフェリーも数年たてば自意識が持てるだろう。


 アーデルヘイトに面倒を見てもらったら……とミルに提案されたが、俺は即座に首を振った。

 たしかに女の体を使う立場だから、境遇は似ているが……。


「筋肉好きを自意識にすり込まれてはたまらないよ」


 俺の無表情な返事に、ミルはたまらず吹き出していた。


 そんなことを思い出しながら、学校に到着した。

 放課後に時間を合わせたので、子供たちが下校している。

 子供たちに挨拶をしながら歩いていると、ちょうどアルシノエと出会った。

 マリウスも一緒だ。

 

 弟ができて急にお姉さんぶりだした……とほほ笑ましい話を聞いた。

 その話を聞いたときは、想像してつい笑みがこぼれた。

 最初会ったときのような、オドオドした雰囲気はない。

 アルシノエはここにきて幸せになっている。

 そのことに俺は深い満足を覚えている。

 移住した子供が理不尽に不幸になるのでは、領主として余りにふがいないじゃないか。


「あ、領主さま。

こんにちは」


 マリウスも俺が、学校に来たことに驚いた顔をしたが、真面目くさって一礼した。


「アルフレードさま、こんにちは」


「2人ともこんにちは。

マノラがどこにいるかわかるかな?」


 アルシノエが元気にうなずいた。


「うん、地理教室にいるよ。

案内する?」


 俺は、笑って手を振った。


「有り難う。

大丈夫ですよ。

それに2人の邪魔をしたら悪いですからね」


 アルシノエが真っ赤になって、口をとがらせた。


「領主さま、女の子をからかったら……ミルヴァさまに言いつけるわよ」


「それは困りますね。

では私は、逃げるとしますよ」


 2人に、手を振って地理教室に向かった。

 地図模型は学校に移管した結果。

 クラブ活動のようになっている。


 地図は外部向けには機密情報だ。

 内部向けに軍事情報を除いた形で、模型を作っている。


 数人の生徒を仕切っているマノラがいた。

 クラブの部長だな。

 そしてもう13か。

 結構大きくなったなぁ。


 俺に気がついたマノラが、笑顔で手を振った。


「領主さま、こんにちはー」


 他の子供たちも、口々に挨拶をしてくれた。


『こんにちはー』

『本物だー』

『あれ? 見た目人間だ』


 変な挨拶は聞こえないことにしよう。


「みんなこんにちは。

マノラちょっといいですか。

お願いがあるのです」


 マノラは、笑顔でうなずいた。


「領主さまのお願いなら聞いてあげる」


 大勢に聞かせると、かえってオフェリーがなめられてしまう。


「ちょっと別の部屋にきてもらえますか?」


「いいよー」



 空いている教室に入って、本題に入ることにする。


「今日、赴任の挨拶をしたオフェリー先生のことです」


 マノラは、少し首をかしげた。


「変わった先生だね。

面倒を見ればいいの?」


 マノラに掛かれば子供扱いか。

 ちょっと笑ってしまった。


「そこまでしなくていいのです。

ただ不慣れな環境で困っていたりしたら、気を掛けてあげてください。

問題がありそうなら私に教えてくれればいいです。

お礼といってはなんですが……マノラは特別に、執務室にフリーパスで出入りできるようにしますから」


「領主さまも大変だねー」


 子供に同情されるのも、何か切ない。


「オフェリー先生はちょっと特殊な環境に育ったのですよ。

なので他の先生にも、助けを求められないかもしれないのです。

張り切って一人で、何でも解決しようとするでしょう」


 マノラが生意気にも苦笑している。

 おませというか、何というか……。


「分かった。

じゃあ先生と友達になるね」


 こっちは、こっちで飛躍しはじめた。


「そこまでしなくても……」


 マノラがチッチッと指を振った。

 どこでそんなジェスチャーを覚えたのだ……。


「オフェリー先生はきっと友達がいないよ。

友達いない人と、よく似てるもん。

だから友達になるのが早いの」


 さいでっか……。


「わかりました。

マノラのやりやすいようにしてください」


 マノラは自慢気に、胸を張った。


「一つ貸しね」


 どこでそんな言葉を覚えたのだ……。

 一瞬、おくりびとシルヴァーナのドヤ顔が脳裏に浮かんだ。

 根拠はないけどきっとヤツだ。


「わかりました、借りておきますよ」



 マノラへの根回しを終わらせて、執務室に戻る途中で護衛のラミロがせきばらいをした。


「ご主君は相変わらず熱心に人の問題を解決しますなぁ」


「仕方ないでしょう。

特殊な事情がある人です。

しかも教会とのパイプ役ですから……。

むげにもできないのですよ」


 ラミロは、白い目で俺を見ている。


「断言しますが、そうでなくても、世話を焼いたと思いますよ」


「買いかぶりですよ。

私は好きこのんで、人の問題に首を突っ込む趣味はありません」


 断じて趣味ではない。

 火の手が大きくなる前に処置したいだけだ。

 しかし……いつまでも、マノラ頼みともいかない。


 次世代の子供担当大臣が必要だな……。

 そう思っていると、予想外のヤツと出くわした。


 おくりびとシルヴァーナだ。

 無視すると、面倒なことになる。

 あっちも俺に気がついて、手を振ってこっちに寄ってきた。


「シルヴァーナさん。

ダンジョンの調査は終わったのですか?」


「バトンタッチしたよ。

ほら、使徒さま降臨したでしょ」


「ええ……。

とんで行くかと思ったのですが……」


 おくりびとシルヴァーナが、白い目で俺を見る。


「あのねぇ。

いくらアタシでも仕事を放棄して行かないわよ。

ちゃんと引き継ぎを済ませているわ」


 そういって、ため息をついた。


「アルはいいの? アタシが、使徒さまゲットしにいっちゃって」


 ゲットする前提かよ。

 俺は肩をすくめる。


「使徒狙いを公言していた人ですよ。

ムリに引き留めるのは嫌がらせでしょう」


「まあ……そうなんだけどさ」


 俺を、チラチラ見ている。

 変だな。

 何を期待しているかはわかる。

 本当に、それでいいのか?


「もしかして引き留めてほしいのですか?」


「アルって基本紳士だけど、たまにめっちゃ意地悪になるよね」


「意地悪したわけではありません。

シルヴァーナさんにとって使徒狙いが、どれだけの重みがあるのか私は理解していません。

引き留めてそのチャンスをつぶしていいのか……わからないのです。

シルヴァーナさんの人生です。

自分で決断すべきでしょう。

もし背中を押してほしいなら押してあげますよ」


 おくりびとシルヴァーナは、腕組みをして考え込んだ。


「今晩ちょっと、ミルを借りていい? 話し合ってみたいのよ」


「わかりました。

ミルに伝えておきます。」

 


「あーいや……いいわよ。

自分で会いにいくから。

んじゃね」


 いつもよりおとなしくおくりびとシルヴァーナは、去って行った。

 迷っているのか。

 個人的な意見だと、使徒のところにいってもいいことはないと思う。

 だが俺の主観でしかない。

 そこまで口出しするのは無責任すぎるだろう。


 いろいろな人の運命が、さらに動きだしたな。

 はたして俺は、うまくやれるだろうか。

 こればっかりは、保証がない。

 相談して、どうにかなる問題ではないのだ。

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