335話 子供のオモチャ理論

 オフェリーとの話し合いを終えて、俺はどっと疲労を感じつつ執務室に戻った。

 第3秘書兼治癒術の教師にすることを、ミルとキアラに伝える。


 2人は驚いていたが、俺の決定に特に異を唱えることはなかった。

 1日の執務を終えて、部屋に戻る。

 俺は、バタッとベッドに倒れ込んだ。

 本当に疲れたのよ…。


 その光景を見たミルは、小さく笑いベッドに座って手招きをした。

 膝枕をしてくれるようだ。


 有り難く、そのサービスに甘えることにした。

 ミルは俺の様子を見てほほ笑んでいる。


「オフェリーさんは強敵だったの?」


「そうだな…強敵ってより難敵だった」


「どう違うのよ」


「使徒のハーレムに入ることに特化して育てられたのさ。

だからいろいろと、常識に欠けている。

その独自の論理に付き合っていたから難敵なのさ」


 ミルは首をかしげた。


「ハーレムに入れなかったの? 彼女なら、簡単には入れるように見たけど」


 そこで俺は、オフェリーがハーレム入りを断った話を説明した。


「彼女自身が嫌悪感を持ったらしくてね」


 ミルは、小さくため息をつく。


「ひどい話ね。

ついでとかなんて…女の人を、何だと思っているのかしら」


「自分を全部肯定してくれるただのコレクションだよ。

そんな態度でもなりたがる人は、あとが絶えない」


「それで彼女をどうするの?」


「少なくとも自分の価値観を持てるようにするよ。

そこから先は、彼女自身の問題で俺がどうこうする話じゃないさ」


 ミルは俺の言葉に小さくうなずいた。


「そうね。

でも自分の価値観も持てないなんてひどい話よね。

ただハーレムに入って、使徒を肯定するだけの人生って何なのかしら」


「一種の生け贄かな。

あと価値観を持たないなら、それで悩むこともない。

ただ使徒の寵愛を受けられるからね」


 ミルは、小さく頭を振った。


「私には信じられないわ。

そう考えると、オフェリーさんがかわいそうね」


「本人はそこまで自覚がないんだよ。

ただ違和感を抱いていたのさ。

それがかえって、自分が教えられてきた存在意義を壊してしまった。

ある意味大きな赤ん坊を育てる羽目になったよ…」


 ミルはたまらず吹き出した。


「それは言い過ぎじゃない?」


「いや、いきなり、俺の目の前で服を脱ぎ始めるんだぞ…」


 途端にミルの顔から、表情が消えた。


「今なんて?」


 あ…説明不足だった。


「彼女のことを知らないから正しいかどうか判断できないといったのさ。

そうしたら自分のことを知ってくれれば答えられるのか…と。

そう言って、服を脱ぎだした。

びっくりして止めたけどさ。

困ったことに、そう教えられてたんだよ」


 ミルは盛大なため息をついた。


「前言撤回するわ。

確かに赤ん坊ね。

見た目はすごい大人っぽいのに…。

黙っていれば良いのにどうして、正直に話したの?」


「やましいことがないから。

そして…これを隠していたら、かえってミルを傷つけてしまうよ。

それは嫌だからね」


 ミルは俺の言葉にほほ笑んだ。


「有り難う、ちゃんと話してくれて。

脱ぎ始めたのは良くないけど…。

別に私のアルを狙ったわけじゃないなら良いわ」


 正直そのあたりは分からないがな。


「ともかく下手に突き放して、教会に変な報告をされても困るからね。

教育をすると思って、気長にやるさ」


「本当に世界一苦労する領主さまね」


「世界一かは知らないけどね。

トップクラスだと思う」


 ミルは俺の頰に、手を当てた。


「アルの頑張りが報われると良いんだけど…」


「ミルが幸せなら、十分報われているよ。

そのためにやってるんだからね」


 使徒の干渉が終わらないと報われたとは言えないけどね。

 今は心配させたくない。

 使徒は子供だ。

 自分のハーレム入りを蹴ったオモチャが、他人のモノになると思ったら絶対に妨害しにくる。

 子供が要らないと捨てたオモチャを、誰かに渡そうとすると、急に自分のモノだと言い張るとの同じ原理だ。


 事実は無関係だ。

 使徒が、そう思うかどうか。

 つまり、子供だから白黒でしか考えられない。

 自分の女か…そうでないか。

 男のモノになるか…そうでないか。


 使徒がやってくるだろうな。

 だがオフェリーのせいではない。

 彼女を責めるのはお門違いだ。

 気がつくと、ミルが心配そうな顔で俺をのぞき込んでいた。


「どうしたの?」


「近いうちに、使徒がくるだろうね」


 俺は、子供のオモチャ理論を説明する。

 説明が終わると、ミルはため息をついた。


「とんでもない力を持った子供ね。

改めて考えると、ぞっとするわ」


「来たとしてもオフェリーを渡せとにおわすくらいだね。

本人には直接言わないけど」


「そうなの?」


「断られたら自分の心が傷つくからね。

なにより自分が傷つくことを嫌う。

周囲が勝手に差し出すことに慣れているしね。

自分ががっついてると思われたくないのさ」


 ミルは頭を振った。


「我がままなんてモノじゃないわよ。

人を殴るのは気にしないけど、自分の手が痛くなるのは嫌だってことでしょ。

気に入らないと他人に殴らせて、自分は温和なフリをしたいのね」


 思わず笑いだした。


「的確だね。

反論の余地がないよ」


 どちらにせよ、周囲に被害が及ばなければ良いが…。

 いい人ぶりたいから、いきなり領民に攻撃することはないだろう。


 サイコ系のなろう主人公にからまれる悪役の気分だよ。 

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