334話 セラピストですか?
ツンデレタイプは養成しなかったのか。
どうでも良い感想が、真っ先に出た。
まあ、デレる前にダメだし食らったらいけないものな。
全肯定が前提だし。
あまりの面倒くささに、つい現実逃避してしまった。
「オフェリーさんは自分が何者であるか、私に決めてほしいのですか?」
「決められるのですか?」
俺は相変わらず、視線だけ動かすオフェリーに苦笑した。
「私は人の役割や運命を決められるほど偉くはありませんよ」
「ではどうして聞かれたのでしょうか?」
「人によっては、仮初めでも決めてもらうことで安心する人がいるからですよ」
オフェリーはまた視線だけを、下に向ける。
「私は生まれたときから、そう決められてきました。
ですから分かりません」
またいろいろと端折ったな。
主語をすっ飛ばしている。
「何が分からないのですか?」
「決められた役割が正しいか、それを決めた人が正しいか。
つまり…いろいろです」
意地悪しても始まらないが、人に押しつけられた人生を歩いてきたせいか…結論を求めすぎている。
人に人生を押しつけるなら、正しい正しくないで断言するのが手っ取り早い。
「まずオフェリーさんの気にしていることが安易ですね」
「安易ですか?」
ちょっと危ない橋を渡るが、安全な会話ばかりでは、このゴルディアスの結び目はほどけない。
ばっさり切るのも危険だろう。
あっさり切るとまた正しいか正しくないかに依存する。
「本人にとって正しい正しくないは、すぐに結論が出る話ではないからです。
そしてその結論は、本人が出すものです。
他人ではありません。
他人が出すのは評価ですよ」
危険な領域に立ち入っている。
特に、オフェリーが今まで気にもしなかった話だ。
オフェリーは視線が定まらなくなっている。
「正しさは本人が決めることじゃない…そう教えられました」
俺は、ちょっと芝居気味に肩をすくめた。
「人からみてどんな悪行でも、本人にとって幸せであれば、その人にとっては正しいのですよ。
ただそれは、本人の心が他人の評価に左右されない場合ですけどね。
多くの人は、他人の評価や感情によって、自分の心も左右されます。
ですが突き詰めれば、本人がどう思うかに過ぎません」
「左右されるなら…他人が決めることではないのですか?」
さて、次のアクションでどう出るか…。
「例えば他人が、オフェリーさんは使徒のハーレムに選ばれるのが正しい。
そう言ったとします。
ですがあなたは、妹のついででハーレムのコレクションになるのを拒否しました。
嫌だったからでしょう」
「分かりません。
とっさに言葉が出てしまいました。
これが本心なのか分かりません」
これは根深いな。
話がポンポン飛ぶから、相手をしているほうも追い切れなくなる。
「とっさに出るなら、本心で合っています」
「なぜそう言い切れるのですか?」
「汚いものをみて、とっさに顔をしかめたり、目をそらすのは本心ですよ。
無意識でとっさの演技は、よほどの訓練を経ないと無理ですから。
オフェリーさんは演技や相手をだます訓練を受けましたか?」
「いいえ。
では嫌だったのは本心なのでしょうか?」
何かあればすぐ他人に、判断を委ねる。
とんでもない教育を受けてきたことが分かる。
でも使徒のハーレムに入るなら、客観的判断や自分を持っている必要は無い。
かえって邪魔になる。
使徒は潔癖症の幼児なので、自分の力や権力目当てに全肯定されるのを嫌う。
他人の心には無関心なのに自分の心はとてもデリケートだ。
彼女たちは、自分たちで判断して全肯定してくれる。
そう錯覚させれば、ハーレムへの依存度を増す。
錯覚させるのは至極簡単だ。
そう思いたがっているのだから、ちょっと言葉だけで否定すれば良い。
自分の内面を見て肯定していると思いたがる。
この洗脳を解かないといけないのか。
なぜ俺は、セラピーをしているのだ…。
とはいえ…ここで放り出すわけにも行かない。
「私はそう思いますよ。
ハーレム入りを拒否したことが正しいか否か。
それはオフェリーさんが決めることです」
「ですが私は、ハーレムの住人になるように育てられました。
その期待を裏切っても正しいと言われるのですか?」
この…間違っていると言われると表向き納得する。
だが内心は納得しない。
限りなく面倒くさい。
困ったものだな。
「期待が常に正しいわけではないでしょう。
間違った期待なら裏切っても良いと思います。
そもそも裏切るといった話でもないですよ。
単に期待通りにしなかっただけです」
「どう違うのですか? 分かりません」
「裏切るのは同意をして、不都合になったり面倒になったりして、約束を反故にすることです。
小さい子供に、生き方を希望して押しつけるのは約束ではありませんよ」
オフェリーは視線だけを、激しく左右に動かしている。
かなり動揺しているようだ。
「その通りにすると約束しても、裏切りにならないのですか?」
「当たり前です。
判断する力もない、拒否することもできない子供に押しつける生き方など約束ではありません。
強制の呪いですよ」
この言葉に、オフェリーの表情は、激しく変化した。
動揺が表に出ている。
しまったか。
キャパシティーオーバーの言葉だったか…。
俺は内心ひやひやしていたが、オフェリーは下を向いた。
「呪いですか…。
私は間違っていなかったのでしょうか?」
「少なくとも私は、それを断言できません。
なぜなら私は、あなたのことを知らないからです」
オフェリーは顔をあげて、俺に視線を向けた。
「私のことを知っていただければ、答えてもらえるのでしょうか」
俺は思わず、ため息をついて頭を振った。
重症過ぎて、どうしたものかと思っていると、いきなりオフェリーが服を脱ぎだした。
ちょ…ちょっと待て!
「ま、待ってください! 服を何で脱ぐのですか! と、とにかく、服を着てください!」
オフェリーは、キョトンとした顔をしていたが、黙って服を着た。
「私のことを知りたいと、殿方に言われたら、こうしろと言われたのですが…」
アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 知りたいと言ってねーだろ!
「それは大きな間違いです。
断言します」
「分かりました」
思いっきり、ため息をついた。
使徒にはあれで通じるんだろうけど…。
「良いですか。
そう言うことは、恋人や旦那さんのように愛する人にしてあげてください」
ラッキースケベでうれしいとか、全くない。
逆に焦った。
普段の挙動に色気はないけど、妙に練習でもさせられたのか、色気があった。
ただ…ドン引きだよ。
「愛する人ですか?」
まさか…それすら、認識がないのか? どんなヤバイ教育してるんだよ…。
「それに関して説明はできませんよ。
心の問題を、言葉にできませんから。
ともかく…オフェリーさんは、偏った教育を受けてきています。
それは間違いありません。
だから、正しい正しくないを判断する前に、自分の視野を広げてください。
そうすれば、自分で判断ができます」
これ子供の教育任せて良いのか?
若干の不安が…。
「そうなのですか?」
「ええ。
それで…話していて思ったのですが、オフェリーさんが一番欲しているのは、多分安心ではないのでしょうか?」
オフェリーはまた視線を下に向けた。
「安心ですか?」
「やっていることが正しいと保証されると安心できます。
自分は普通であると保証されれば安心します。
何者かであると規定されれば安心できます。
ですが、誰かに保証されても、安心はできなかったでしょう。
その保証が正しいか分からない。
別の人が、それを否定したら自分で分からないからです。
それでも安心が欲しいから人に確認をしてしまう」
オフェリーは息をのんで、俺を正面から見つめた。
相変わらず、感情は読めないが、かなり真剣だということは分かる。
「誰かに決めてもらうのが自然でしたから…」
俺は、苦笑して首を振った。
「それでもどこか、内心で違和感を抱いていたのでしょう。
だからハーレムに入れる機会を捨てた後で、正しいか知りたがったのですよね。
自分の判断基準を持たないと、ずっと不安なままですよ。
ですのでまず、その判断基準を持つところから始めましょう」
「どうすればそれを持てるのでしょうか?」
「さまざまな価値観に触れることですね。
最初の話どおり治癒術の教師をしてもらいます。
加えて読み書きは達者でしょう。
第3秘書も兼務してもらいますか」
アーデルヘイト以降空席となっているが、他人に任せるにはこの子は厄介だ。
俺の直属で独自の役職だと、ミルとキアラが落ち着かないだろう。
だから第三の秘書として、ミルとキアラの補佐をしてもらうか。
学校も毎日ではないからな。
本当に俺は自分がセラピストだと錯覚してきた。
『セラピストですか?』
そう聞かれて否定する自信がなくなってきたわ…。
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