333話 人格迷宮

 たしかにオフェリーは変だ。

 でも本人がそれを認めたくない場合は、いくら説明してもムダなんだ。

 人は自分の聞きたい言葉でしか……聞く耳を持たない。


 どんなに正論でも……。

 罵られたら聞きたくなくなるだろう。

 それだけではない。

 客観的に正しい意見でも、本人がそれを認めたくないなら、いくら説明しても無意味だろ。

 自由や多様性をつぶやいた人に疑問をぶつけたら、即ブロックなど枚挙に暇がない。

 さらに困ったことに、自身が人の意見を聞かないとは、決して認めない。

 自分は客観的だと思いたがる独善的な人は、手に負えないのだ。

 人に意見を押しつけるが、人の話は聞かないからな。


 自分の立脚点は、数ある価値観の一つであると思っているなら問題はない。

 議論や歩み寄りはできる。

 だが大声で騒ぐ人に、そんなタイプはまずいない。

 そうでないと大声で騒げないからだ。


 他人に見たいと思わない現実を見せるのは、実に条件が厳しいのだ。

 まず話を聞く人であることが大事。

 そして反発をされないように、言葉の選択を間違わないことが大事。

 労ばかり多くて、益は少ない。


 自分は正しくで、他は間違っていると決めつける。

 そんなことを大声で叫ぶ人がいて、それによって世間が動くことはある。

 だがそれは説得されたからじゃない。

 正しさを認めたからじゃない。

 ただ流されただけだ。

 逆のベクトルが発生したら、今度はそっちに流されるだけの話だ。


 今回の件は、そこまで極端で滑稽な話とは違うだろう。

 だがこの子が、どんなことを聞きたいかを知らないといけない。


 下手にこじらせると、教会との関係が悪化しかねない。

 スルーはできない。

 思ったことを話すのも危険。


 ホント、偉い人って面倒くさいわ。


「オフェリーさんは、ご自身のことをどう考えているのですか?」


 オフェリーは視線だけ、左右に動いている。


「わかりません」


 なんて面倒くさいセリフなんだ。

 そこから見たいと思う現実を導き出すのは難易度高すぎだろう。

 こうなれば、変化球で攻めるしかないか…。


「わからないのですか?」


 質問で質問を返すのは、本来悪手だ。

 だが判断材料がない。

 会話って、最初一つ間違えると面倒な方向に向かってしまう。

 悪手でも博打よりはマシだろう。

 本当に面倒な子だな。

 オフェリーは視線だけ、下に向けた。


「私は何者なのでしょうか?」


 質問に質問を返したら、質問が返ってきた。

 しかも話に何の脈略もない。

 ちょっと笑いたくなった。

 こいつは手間だ…。

 しかも答えようがない質問ときたもんだ。


 多分、自分のことがわからない。

 だから他人から見てどうなのか。

 いいのか悪いのか。

 普通なのか変なのかもわからない。

 そこで何者まで、ぶっ飛んだのか。

 推測できる自分が悲しい。


 仕方ない。この議論を続けても無意味だ。

 前提をひっくり返そう。

 

「何者であるのか……。

それがそこまで大事なのですか?

わかったところで、どうするのですか?」


 オフェリーは一瞬驚いた顔になった。


「変だと言われました。

自覚はありません。

ですが、使徒さまからは選ばれませんでした。

だから変なのが、正しい見方なのかと」


 突然、議論が元に戻った。

 ひっくり返して、ようやくスタートラインに戻ったか。

 しかしムダではなかったと思う。

 オフェリーの価値観はなんとなくつかめた。

 普通であれば使徒に選ばれると思う。


 そういえば、魔族は幼少から使徒に好かれるように仕込んでいた。

 教会がそれをしないなど有り得ない。

 

 そして一つ気がついた。

 彼女のペースで話すと駄目だ。

 

「一つ確認したいことがあります。

教会の中での常識と、庶民の常識は異なります。

それは理解していますか?」


 ちょっと極端だが……。

 曖昧な比較だと、同一部分にこだわって納得しないのだろう。


「私が何者か、まったくわかりませんでした。

私は庶民になったのですか?」


 そっちに飛ぶんかい!?

 自分の位置づけには、相当のこだわりがあるようだ。

 そこを解決しないと、すぐそこに戻る。


 これお付きの人たち大変だったろうな…。

 これだけ飛びまくると、本人の希望を探り出すのが大変だ。


 世間話は会話すること自体目的。

 この会話は違う。

 なにか彼女に目的があって、それを知りたいのだろう。

 目的は変かどうかではない。

 それを探り出さないと、話は終わらないな。


「庶民ではありませんよ。

何者であるかにこだわりがあるようですね。

それはなぜですか?」


「アルフレードさまは何者なのですか?」


「私は私ですが?」


「ではその私とは何なのでしょうか」


 哲学じみてきた。

 これ絶対に、お付きの人はまともに会話していないな。

 はじめて真面目に聞いてくれる人を見つけ、食いついたのだろう。

 俺はピラニアにかみつかれた気分になっている。


「他人からの定義に、意味はありません。

だから気にしたことはありません。

鳥は他人から見て鳥です。

でも鳥自身には、そんな定義は何の意味もないでしょう。

自分が生きるために、空を飛ぶだけです」


 オフェリーはこの認識が理解できないようだ。

 驚いた顔になる。

 今度は2秒くらい。

 かなりの衝撃だったのか。

 理解しつつある自分が悲しい。


「意味がないのですか? 私は自分の役割を教えられてきました。

それがすべてだと。

ですがその役割を失いました。

だから何をしたらいいのか、どうすべきかわからないのです」


 やっとわかる言葉で出てきたか。

 顧問の後任が務まらないことを考えず……こだわったのはこれか。


 原因は教育のせいだろう。

 何を望むのか知るのは、根が深いな。

 役割を与えると落ち着くのだろう。

 だが根本的な解決ではない。

 別のタイミングでまた、疑問に思われても困る。

 解決できるかはわからないが……。

 この子の人格迷宮を探索するしかないか。


「役割はあくまで方向性です。

その歩き方は、その人なりの速度と方法でいいでしょう。

ちなみに小さい頃から、どんな教育を受けてきたのですか?」


 この子に刺さる方向を調べる必要があるな……。

 

「使徒さまの降臨が近いので……選ばれるように躾けられました。

妹も同様です。

私は感情の起伏を少なくするよう。

妹は天真爛漫で明るく、殿方の好むことを先取りできるように。

歴代で必ず、どちらかのタイプは選ばれていましたので」


 そこは予想どおりだな。

 教会で使徒を取り込むなら、好みのタイプを用意する。

 それで好みのタイプをパターン化したのか。

 資料が豊富な教会ならではだな。


 それでも徹底しきれずに失敗したわけか。

 結構責められたのだろうか。

 しかし教皇が交代したってあるな。

 彼女自身のことは、わかりやすく答えられている。

 これに関しては、普通に答えが期待できる。


「教皇が交代されたこと。

それと妹さんが選ばれたこと……。

なにか関係があるのですか?」


「はい。

母は、元々美貌で知られていました。

そして父が亡くなったとき前教皇に、私は引き取られました。

使徒さまの降臨に備えてです。

感情の起伏がないタイプは、選ばれた率が高いそうです」


 普通は姉妹両方じゃないのか?


「妹さんはどうしたのですか?」


「母はまだ若く、美貌が自慢でした。

なので次の子も期待されます。

ですが教皇が、弟の未亡人と結婚するのは教義上不可能でした。

愛人としても聞こえが悪く、不可能。

他の一族に身請けさせると、その子供が使徒さまに選ばれた場合、権力を奪われます。

そこで末弟の愛人として身請けさせました。

それが現教皇です。

天真爛漫な子は最近選ばれていなかったので、保険のつもりだったようです」


 一族で権力を保持するためにキープしたが、保険が選ばれて立場が逆転したと。

 ホント魑魅魍魎の世界だ。

 彼女は、道具として育てられたのだろう。

 そうすると余計な自意識は不要だろうから、あんな感じに育てられたのか。

 これは、実に面倒な話だ…。


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