332話 正直さにもTPOは必須
この感覚は、不思議ちゃんというやつか。
内密にしたのは、この話を聞かれたくなかったからか。
断定は難しいな。
一つだけは言えることがある。
「そう言ってしまったら、確かに居場所はなくなりますね」
相手の立ち位置が分からない。
居場所の意味は、この世も含んでいるが、立ち位置が分からない以上明言するのは危険だろう。
例によって視線だけを、左右に動かしている。
この不自然さは何だろうな…。
そして会話が続かない。
独特のルールがありそうだ。
「つまりオフェリーさんは、単に中央にいられなくなって、ここに来た訳ですか」
「はい」
突っ込んだ話を聞くタイミングではないな。
かといって変に相手に合わせても、無駄に時間を使うだけだ。
「先生のやっていた業務を引き継ぐにしても、私はオフェリーさんにその能力があるか分かりません。
また長年の付き合いがありました。
ですので私の意図を言わずともくみ取ってくれました。
それを望むのは無理でしょう」
今度は、視線だけが下を向いた。
「それはやってみないと分かりません」
確かに、部下には失敗して成長しろとは言ってきた。
だが考え無しに、仕事を与えて失敗しろとは言っていない。
そして顧問は便利屋だが、それだけ失敗が許されない信用が必要な地位だ。
偉い人の親族なら、周囲がフォローしてメンツが立つようにするだろう。
ここでは、それは通用しない。
俺は首を振った。
「顧問の仕事は簡単ではありません。
そして特定の仕事を持たないのは、逆にあらゆる知識が要求されます。
加えて基本的に、失敗をしてはいけないのです」
オフェリーに話は通じたのか。
視線の動きを注視する。
視線は、下を向いたままか。
少し理解できたと思う。
何かの理由で、感情を出さないようになっている。
視線までは制約を受けないのか。
返事がないのは反論が思いつかないからか。
俺はせきばらいをして問いただすことにする。
「一つ確認します。
教会に報告書を送るだけなら、町を見て歩いて、定期的に報告すれば良いでしょう。
それでは満足しませんか?」
「ラヴェンナに来て、ここのための仕事をしないで良いのですか?」
「オフェリーさんは教会の人間でしょう。
教会から給料が出ているはずです。
つまりラヴェンナのために働く義務はないのです」
何だろう…この箱入り感覚。
ただ悪い子ではない。
何かの工作として送り込まれた可能性は低いだろう。
俺たちが明確な敵対勢力で、こちらが強いなら偽装工作がありえるが。
「そうなのですか?」
「そもそも教会からは、どのような指示を受けているのですか?」
「特には何も。
ヴィスコンティ博士の行っていた報告を続けるようにと。
それとヴィスコンティ博士の後任なので、ラヴェンナより報酬をもらうように…とのことです」
ちょっと待てや…。
どうも、状況が読めない。
前教皇の姪だろ。
それとも使徒の不興を買ったから切り離したのか。
頭痛がしてきた。
「詳しいことは聞いていないのですが…。
従者は何名ほどですか?」
「私をここに送り届けたら戻りましたのでいません」
さすがに絶句した。
いろいろと、前提が狂うな。
詳しい状況を調べてから本格的に対応すべきだな。
とはいえ、放置はできない。
「分かりました。
ですが顧問は、さすがに任せられません。
オフェリーさんの特技はありますか?」
今度は、俺を正面から見ている。
「治癒術には自信があります」
それは素晴らしい力だ。
だがラヴェンナは広い。
個人の能力より、俺が重視したいものがある。
「人に教えることはできますか?」
オフェリーが、少し胸を張った。
失礼ながら、ボリュームは結構あるほうだろう。
黙って従っていれば、使徒に選ばれたろうに。
「それも自信があります」
治癒術士は貴重で教育できるなら有り難い。
問題は自己申告と実態がイコールかと言う点だ。
これは、試してみるしかないな。
「では顧問ではなく、治癒術士の教師として仕事を依頼しましょう」
オフェリーは静かに一礼した。
「有り難うございます。
教師とは子供たちに教えるのですか?」
できるのか? できるなら助かるけど…。
治癒術が比較的得意な兎人族は、教師に向かない。
例外のルイに任せると筋肉だけが増えていく。
ダメとは言わないが、現状は大人を対象に教育している。
手が回らないだろう。
過重労働は良くない。
うん良くない。
魔族でも、適正が高い人は少なくて圧倒的に人手不足だ。
肝心要のデスピナは産休だしなぁ。
この不思議ちゃんは、子供に教えることができるのだろうか。
「できるのですか?」
「以前は教えていました」
そちらのほうが乗り気のようだ。
大人たちが、尻拭いをしていた可能性がある。
しかし疑ってばかりでは始まらないか。
ただ飯を食わせているのも良くない。
こっちに反感を持たれて、教会に変な報告をされたら困る。
「分かりました、そちらの仕事を手配しましょう」
あとは、様子を見るだけだな。
話を終わろうとすると、引き留めるような目で俺を見ている。
まだ何かあるのか?
「どうしました? 他に何かありますか?」
「教会にいたときは、何も言われませんでした。
ここに来てから、私が変だと言われたのです」
おい…誰か余計な本音をぶっちゃけたのかよ。
正直でもTPOを弁えろよ。
しかも立ち位置が分からない相手に…。
軽い目まいを感じつつ、馬鹿なことをした犯人を問いただすか。
ちょっとそいつ教育しないと駄目だ。
「ちなみにお聞きしますが…。
誰ですかそんな、失礼なことを言った人は」
「シルヴァーナと名乗っていました。
アルフレードさまの友人だと。
理由も聞けば、ちゃんと教えてくれると言われました」
あ、あの女。
余計なことばかりしやがって…。
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