330話 特殊性とケース・バイ・ケース

 その日の夜に、ミルから翌日は行きたいところがあるので、休日にしてほしいと言われた。

 日程に余裕をもたせていたので、休日にする。


 ユッテに良い場所を聞いたようで、2人で行きたい場所があるとのこと。

 どんな場所かと聞いても『内緒よ』とつれないものだった。

 

 翌日に、ミルに連れられていったのは村の近くの森だった。

 少数の護衛がついてくるのは仕方ない。


 森を抜けると開けた場所に出る。

 そこには白い花を咲かせた木々があった。


 どことなく良い香りがする。

 俺は、ミルに笑顔を向けた。


「良い場所ですね。

これは何の木ですか?」


 ミルは俺にほほ笑みを向ける。


「マグノリアよ。

ユッテさんに聞いたの。

ここにくると、気持ちが落ち着くってね」


 マグノリアか、確か木蓮だったかな。

 転生前に見たことはないし……香りも知らない。


 大きなマグノリアの木の下に、2人で座る。

 

「不思議と落ち着きますね」

 

「気に入ってくれて良かったわ。

いろいろあったから、少し落ち着きたかったのよ」


「そうですね。

今だけは、いろいろなことを忘れて落ち着いても良い気がします」


 2人で、言葉もなく寄り添っていた。

 起きたばかりなのに不思議と眠くなる。

 どこか気が張っていたのか。


 徐々にまぶたが重たくなる。

 なんだろうな、転生前に好きだった曲が、ふと頭に浮かんだ。

 

 少しして目が覚めた。

 ちょっとの間眠っていたらしい。

 ミルは俺に笑いかけてきた。


「おはよう。

何か夢でも見ていた?」


「いや、何か言ってましたか?」


「ええ、聞いたことがない……歌みたいなものを口ずさんでいたわ」


 げっ。

 何かハズいな。


「覚えてないですね…」


「『いつまでも いつまでも 側にいると 言ってた』って小さく歌ってたわよ。

その他はよく聞き取れなかったけどね」


 思わず頭をかいてしまう。

 まさか寝言で歌とか。


「忘れてくれると助かります……」


 ミルは楽しそうに、俺にウインクをした。


「ダメよ。

気になるじゃない。

アルはたまに誰も知らない歌を歌うって、ヴァーナが言ってたけど、これのことね」


 不覚だ……。


「ともかく。

この木を首都にも植えたいですね」


 ミルは俺の、露骨な話題そらしにジト目になる。


「それは良いけどね。

また話をそらすし。

でも気分転換になった?」


「ええ、だいぶん心が軽くなりましたよ」


「なら来た甲斐があったわ」


 そこからは、他愛もない話をしてその日は終わった。

 こんな平凡な日は、とても貴重なのだと改めて実感する。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日は建設中の要塞に赴く。

 この地域の特殊性として、魔物退治も視野に入れている。

 到着すると、クウィリーノの副官が出迎えた。


 本人はどうしたのだ?


 俺の怪訝な表情に、副官が一礼した。


「シャッカルーガ大将は皆さんをもてなすためと言って、調理場にこもっています。

出迎えをしない非礼は、昼食でお詫びしたいとのことです」


 チャールズと相談して、軍の階級を制定した。

 と言っても、ローマ軍団の仕組みを流用しただけだが。

 現代の軍隊階級は、この時代にそぐわないからだ。


 元帥はチャールズとして、軍のトップ。

 大将は、各地域の指揮官で、2個以上の軍団指揮権をもつ。

 中将は軍団の指揮官。

 少将は中将を補佐する幕僚で、1軍団に6名。

 准将は士官候補生で、代表者の子弟が就任する。



 大将になって、調理場に入り浸るのか……良いけどさ

 料理が得意って、まんまあれかよ。

 握手したら、俺の手はつぶされるのか……?


 食堂に通されると、コックの衣装をしたクウィリーノが出迎えてくれた。


「ご主君、ようこそいらっしゃいました。

どうしても仕込みで、手が離せませんでした」


 俺は、笑って手を振った。

 とても良い匂いがしている。


「構いませんよ。

それより料理が得意だとは知りませんでした」


 クウィリーノが充実した笑顔になった。


「調理場での私は無敵ですからね」


 後ろのジュールが緊張したようだ。

 そういえば、ジュールも料理が得意だったな。

 へんに張り合わなければ良いが。


 出された昼食は、実にうまいものだった。

 これだけうまいと出迎えないことも納得。


 全員が満足顔になっている。

 俺が無言でかっ込んだのを見て、クウィリーノは満足げな顔をしていた。


「それだけ真剣に食べていただけると作った甲斐があります」


「とてもおいしくて……しゃべる気になりませんでした」


 食べ終わったところで、本題に入るか。


「現時点で問題点はありますか?」


「現時点で兵士の訓練などをしていますが、問題は魔物への対処ですね」


「では元冒険者を、講師として手配しましょう。

あとは魔物退治に従事していた魔族たちにも、教えを請うのが良いですね。

そのあたりは、総督と話し合ってください」


「承知しました。

あとはこちらの港に、フロケ商会が来てほしいですな。

料理の材料だけでなく兵士たちにも、休日の金の使い道を用意してやりたいのです」


 確かにそうだな。


「分かりました、そちらも手を回しましょう。

魔族と、元々交易をしていた商人とも交渉すると思います。

要望を総督に回してください」


「せっかくですのであと一点。

魔物退治をしている魔族の位置づけですな。

軍隊の特殊部隊として含めるのか、ただの生業とみなすのか…」


 確かに位置づけが微妙だな。


「生業でしょうね。

ですが一般の仕事としてみなすには、ちょっとリスキーですからね。

ケース・バイ・ケースで待遇は考えましょう。

そこは総督に、指示をしておきます」


 やはり地域ごとの特性は、尊重してケース・バイ・ケースだろうな。

 統治は無理に画一化しても良いことがない。

 社会が変わったことを知らせるのは必要だが、従来から隔絶しすぎると不安から不満に発展する。

 さじ加減が実に難しい。

 盟約の印でのインパクトは、その場にいないと実感しないだろう。

 

 既成事実を積み上げて流してしまうのが良いのだろうな。

 ことさら変わったとごり押ししても、意味がない。


 違和感を抱いたときには、もう変わっていた。

 そうなれば大体は流されて順応してくれるか。

 どちらにせよ、ここには注視が必要だな。

 耳目は大目に振り向けるべきか。

 移民も増えたから目立たないだろう。


 視察まがいの新婚旅行はこうして終わった。

 あとは帰るだけ。


 先生の後任との話は、今考えても仕方ない。

 出たところ、勝負でいくしかない。

 最悪は保留しつつ、情報を集めれば良い。

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