329話 Honesty

 朝になって、予告通り風が吹いていた。

 風に乗って一気に移動する。


 船上でも、ミルは俺の隣で、ぼんやり外を見ている。

 時間が欲しいと言っていたから、一人にしようかとすると袖をつかまれる。

 

 なので黙って、2人で並んで流れる景色をぼんやり見ている。

 使徒と相対するのは、とてもリスキーだが俺が出ないと絶対に止まらない。

 これは、最初から分かっていた話だ。

 

 近い人を心配させるから、一人でやれば良かったか…と思いもした。

 だが振り返れば、一人だとどこかで絶対に妥協したと思う。

 曲がりなりにも、ここまで来られたのはミルの存在が大きい。


 転生してなければ、こんな出会いはなかった。

 その点は幸せなのだろうと思う。

 それが、かえってこんな状態になる。

 

 世の中は本当にままならないな。

 ふと、ため息が出る。


 もっと、俺が強くて一人でやれれば良かったのか。

 そうだったら…ここにはいない気がする。

 結局のところ、今更悩んでも仕方がない。

 そう言うことだろう。


 切り貼りして、都合の良い現実などない。

 ここまで来たら、最後まで走り続けるだけだ。


 転生前は適当に妥協して立ち止まった。

 それは一人だったからだな。

 今は違う。


 寄りかかってくるミルの肩を黙って抱きながら、そんなことをぼんやり考えていた。



 そのまま、その日の夜には旧魔族領についた。

 移動は翌日にして、今日は宿舎に入る。

 

 ミルは黙っていたが、俺には静かにほほ笑みを向けていた。

 だから俺も、ほほ笑みを返すことにした。


 2人で、部屋に戻って窓を開ける。

 ミルが黙って、隣にきて外を眺めている。


「ここの草木は、他の場所とは違うのね」


「そうなのか?」


「ええ、他のエルフたちにも来てもらえば、何か役に立つものが見つけられるかも」


「じゃあ戻ったら相談してみようか」


「ええ」


 視線を感じたので顔を向ける。

 ミルは俺をじっと見つめている。


「アルと出会ってから、私は欲しいものを全部もらってるわ。

人から奪われたものまで全部ね。

私はアルに、欲しいものをあげられてる?」


「勿論だよ。

これ以上ないくらいね」


「それなら良かった。

私があげられたもので、アルは何が一番うれしかったの?」


 どうにも臭いセリフになりそうだ。

 ためらっていると、ミルにじっと見つめられる。

 言わないとダメか。


「とっても贅沢なものでね。

俺にとても誠実でいてくれて、愛してくれたことだよ」


 ミルは、少し驚いたように首をかしげた。


「それは当たり前じゃないの?」


 俺は首を振った。


「普通に誠実なんて言ってもむなしいのさ。

多くの人が、条件付きの誠実だからね。

だから条件のない誠実さは、とても貴重なのさ」


「皆は誠実だと思うわよ?」


「それは俺が、義務を果たしているからだよ。

だからこそ、それに応えてくれる。

取引みたいなものだから。

ミルはそんなこと関係ないだろ」


 ミルは俺を見て、満面の笑みを浮かべた。


「そう思ってくれるなら、とてもうれしいわ。

アルだってそうでしょ」


「そうだね。

ミルのことは、でるのではなくて、あいするようにしたいからね」


 思わず、雰囲気に流されて言ってしまった。

 ミルは俺の突拍子もない言葉に首をかしげた。


「違うの?」


 ちょっと照れくさくなって、外を向いた。


でるのは、条件つきで大事にするのさ。

頑張っているからとか…かわいいからとかね。

その条件が崩れた時に、それは失われる。

多くの恋愛や結婚はこれだと思う。

おかしなことじゃないさ。

普通はそうだと思う。

あいするのは、あるがままを受け入れる。

母親が子供に対するのと一緒だよ。

子供に条件をつけて愛する母親なんて、めったにいないだろ。

それだけ大きなことだからね。

人に要求できる類いのものじゃない」


 ミルが俺に寄りかかってきた。


「ありがとう。

とってもうれしいわ」


 そしてミルは、照れ笑いをしていた。


「やっぱりアルは、たまにすごくキザなこと言うわね」


「からかうなよ…。

俺がそう勝手に思っているだけだから、他人に話すなよ。

違ってるとか突っ込まれると恥ずかしいからさ」


 どうやら気持ちの整理はできたようで、俺はほっと一安心した。




 翌日は新領土の中心のとなる町に最も近い村にいく。

 町は建設中で、まだ何もない。

 先に名前だけ、ケルンと命名した。


 その村は、総督とオリヴァーがいて慌ただしくしている。

 様子見も兼ねての訪問になる。


 村の前で、総督のテオバルトとオリヴァーが出迎えてくれた。

 俺は、2人と挨拶を交わす。


「リヒテンシュタイン殿とオリヴァー殿。

お元気そうでなによりです」


 テオバルトが俺に真面目くさって一礼した。


「わざわざお越しいただいて恐縮です」


 オリヴァーも穏やかに一礼した。

 隣に老婦人がいた。

 多分、オリヴァーの奥さんだろう。


「アルフレードさま、お久しぶりです。

ご紹介します。

家内のユッテです」


 ユッテと紹介された老婦人は一礼する。

 気品のある老婦人といったところか。


「オリヴァーの妻、ユッテです。

領主さまご夫妻にお会いできると聞いて、楽しみにしておりました」


 ミルも、笑顔で一礼した。


「アルフレードの妻、ミルヴァです。

私もオリヴァーさんの奥さんに、お会いできるのを楽しみにしていました」


 そのまま、仮の庁舎で2人と会談をする。

 ミルヴァはユッテと別室で、世間話をすると言った。


「現時点で何か、問題はありませんか?」


 テオバルトは腕組みをした。


「入植者用の町の建築やらで、本当に人手不足ですね。

あと水道を山から引くにしても、技術者が足りていません。

ないないづくしですね」


 アンティウムの開発もまだだからなぁ。


「運河の開通が間近です。

それが終わり次第、こちらに人を回せます。

そこまでは無理のないていどに、基礎工事を進めていただければと思います」


 オリヴァーが静かにうなずいた。


「現状では焦っても、仕方ありませんな。

外部から人を雇うことはお考えではないのですか?

使徒降臨で特定の地域の工事は発生しないでしょう」


 確かに、使徒がいるところは工事は発生しない。

 人がちまちまやるより、使徒にやらせれば早いからだ。


「ちょっと遠いのですよね。

わざわざここに来るのか…と言う話があるのですよ。

本家から貧民を定期的に受け入れていますが、労働力になるのは教育を施してからですからね。

即効性はないのですよ」


 オリヴァーはその言葉に苦笑した。


「そうですな。

気長にやるしかないでしょうな。

ただラヴェンナの兵士が、土木工事のエキスパートなので随分助かっています。

こんな兵士は、世界中を見渡しても他にないでしょうな」


 俺が古代ローマに、多少詳しいからこうなっただけだがな。


「退役後のキャリアは用意してあげたいですから」


 オリヴァーはその言葉にうなずいた。


「そうですな。

それとマリウスの様子を、常に知らせていただいて感謝しております」


 マリウスにはオリヴァーに、手紙を書くように言ってある。

 他人が書くより、本人が書いたほうが、現状がよく伝わるだろう。


「いえいえ、マリウス君も故郷に何かつながっていたほうが良いでしょう」


「まさかガールフレンドを、もう作ったとは驚きましたが…」


 俺も、その言葉に苦笑してしまった。


「最近の子供は進んでいますからね」


 あの人見知りの激しかったアルシノエと、仲良くなるとは思いも寄らなかった。

 見知らぬ土地で不安にしているマリウスに、母性本能が刺激されたのかもしれないが。

 面倒見の権化とも言えるマノラの影響が強いのかも知れない。


 親の代からの遺恨があるが、そんな事情で、子供の交友関係に口を突っ込む気はなかった。

 デスピナから相談されたが、好きにさせたほうが良いと俺が言って納得したようだ。

 いわれのない中傷なら、俺を含めた保護者が守ってやれば良い。

 そうでないなら子供たち同士で自由にさせれば良いだろう。

 適度な喧嘩も、成長には欠かせない。


 俺の親父臭いセリフに、テオバルトとオリヴァーは、同時にため息をついた。

 どうしてため息をつかれるのだ…。

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