327話 予期された話

 親衛隊に休暇を与え終わったから、マントヴァに船で向かう。

 ミルは人生初めての船なので、興味津々といったところ。

 好奇心全開で、俺を引き回して、いろいろと質問をしてくる。

 

 特に、逆風をついて船が進むことがピンとこなかったようだ。

 俺が人に、好奇心をぶつけてる時はこんな感じなのだろうか。


 そんな風に思いつつも、ミルが楽しそうなので、できるだけ分かりやすく答えるようにする。

 ミルが俺の説明を聞くと、満足げな顔になった。


「アルがいろいろ知りたがる楽しみが、ちょっと分かった気がするわ。

皆いろいろと考えて発見したのね」


「ええ、本来なら、誰の助けを借りなくても進歩できるはずなんですよ」


 それ以上は言えないが…。

 ともかく楽しんでもらえたなら良かった。

 そもそもこの新婚旅行は、ミルに喜んでほしいからやることにした。

 ミルが喜んでいる姿を見ると、俺はとても満足した気分になるから、俺のためでもあるけど。

 


 そんな中、ようやくマントヴァに到着。

 城門ではポンシオが出迎えてくれた。

 城は、多少戦いの傷が残っているが、大した損傷ではない。


 ポンシオが俺に敬礼をした。


「ご領主さま、よくぞいらっしゃいました。

むさ苦しいところですが、どうぞくつろいでいってください」


「お久しぶりです、先の戦いではお手柄でしたね」


 ミルもポンシオに笑いかける。


「アルがとても褒めてたわよ。

とても優秀で驚いたって」


 ポンシオが照れたように笑っていた。


「あまりおだてないでくださいよ。

おやじに調子に乗るなって怒られますから」



 実際のところ、望外の成果と言うべきか。

 守りに強い将は、とても貴重だ。

 状況を自主的に判断して、追撃に参加するなど申し分ない。


 将来が、楽しみな人材だ。

 例えドMであったとしても…だ。


 本人が耐えられたとしても、部下が耐えられないのが籠城戦の難しさとなる。

 部下を鼓舞する才能にもたけていないと無理だ。


 籠城戦の話を聞きつつ、翌日に城兵に演説をしてほしいと頼まれる。

 本当に視察だな。

 断るのは愚策なので、勿論受け入れる。


 部屋で二人っきりになると、届けられた報告書に目を通す。

 今度は使徒の話ではなく、先生の後任がもう到着したらしい。

 

「えらい早いなぁ」


 俺はため息交じりに、ミルに報告書を手渡す。

 それを読んだミルも、眉をひそめた。


「そうね、ファビオさんのやっていたことを引き継ぐって言ってるけど…。

無理でしょ?

キアラも手を焼いているみたいね。

アルが戻るまで、保留と言って逃げたみたいだけど」


 キアラが手を焼いているのを想像すると笑ってしまう。

 それを見たミルもつられて笑いだした。


「キアラも大変ね。

押しが強い人なのかしら」


「多分ね。

でも正直真意が読めない。

そもそもいきなり、同じことができるはずはないんだけどね。

それすら分からないのか、アピールなのか読めないね」


 俺の推測に、ミルは首をかしげる。


「アピールして何かあるのかな?」


「情報がないから、適当に言っただけだよ。

本当に分からないからね。

しかし…」


「どうしたのよ、珍しく歯切れが悪いじゃない」


「言質を取りに、俺のところに押しかけてこないだろうな」


 ミルがあきれ顔になる。


「新婚旅行を邪魔されると、ちょっとその後の関係に良くないと思うわ」


「俺も邪魔されたら、腹が立つ。

つまり良いことはないよ」


「アルの機嫌を損ねることは、普通の感覚ならしないわよね」


 俺は、ついついため息をついた。


「なんでこう変な問題が、勝手に転がり込んでくるのやら…」



 俺がウンザリした顔をしていると、ミルが抱きついてきた。


「今は忘れても良いでしょ。

せっかくの新婚旅行だし。

キアラに頑張ってもらえばいいわよ」


 これ絶対後が怖いパターンだよな。

 


 翌日兵士たちへの演説を終えて、船で上流に向かう。

 以前魔族の集積基地のあったあたりを、上陸地点として整備してある。

 

 そのまま、上流をさかのぼっても良いが、風が止まりそうだったので、素直にそこで一晩を過ごす。


 翌日の風次第で、陸からいくか川をさかのぼるか決める。

 さすがに、新たな報告がないので上陸地点の宿舎の一室に泊まる。


 他愛もない話をしたあとで、自然の成り行きでスキンシップを深めようとすると、変な気配を感じた。

 ミルも同じく、異変を感じたようだ。


 霧が濃くなって、部屋にまで入ってきている。

 第三の空の女王が、俺を呼んでいるのか?

 ミルも動けるようで、不安げに俺を見ている。


 手で安心するように制して、窓を開ける。

 濃い霧が入ってくるが、同時にあの声がした。


『夜分遅くだが、アルフレードとそのつがいよ。

の招きを受けてはくれぬか?

話したきことがある故』


 ミルにも聞こえているようだ。

 俺は、ミルの肩を抱き寄せる。

 ちょっと不安に感じているようで、かすかに震えている。


「分かりました。

お招きを受けましょう」


 その言葉が終わると、俺たちの体が浮き上がって、窓から運ばれていく。

 どうやら以前対話をした場所に向かっているようだ。

 ミルは体を堅くして、俺にしっかりつかまっている。


 台地に降り立つと、周囲の霧が晴れて、第三の空の女王が鎮座していた。

 ミルは初めて見るドラゴンに、口をパクパクさせている。


『森の愛し子よ。

安心するが良い。

ともがらのつがいは、ともがらに等しい。

故に害することはあり得ぬ』


 森の愛し子は、エルフの呼び名か。

 ミルは俺を心配そうに見ていたが、俺がうなずくと、ドラゴンに顔を向けた。


「はい、分かりました。

ドラゴンを見たのが初めてなのでつい…」


 第三の空の女王は、かすかに目を細めた。


『構わぬ。

つがいなれば、一度は挨拶せねばと、が思うたこと』


 それだけではないだろう。

 何か、用件があるはずだ。


「それで第三の空の女王よ。

何かお話があるのではないでしょうか?」


『まずは盟約を遂行してくれたことに…喜びの意を示そうぞ。

次はが、吾主わぬしとの盟約を遂行せねばならぬ。

それに関わることぞ。

使徒が降臨したのは知っておろう』


 やはりそれか…。


「はい、勿論。

詳しい動向は知りませんが」


『眷属が狩られたことを知らせよう。

楽しみのために狩られたことは、我らに伝わっておる』


 やはりそうきたか…。

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