326話 社会制度の寿命

 工事現場を去って、アンティウムに到着。

 町自体は、さして見ることがない。

 だが3日ほど、護衛の休暇をかねて滞在することにした。

 町の様子は落ち着きはじめたといったところ。


 使徒の話は、普通に領民に流している。

 隠しても仕方ないしおくりびとシルヴァーナに情報を知らせる意味もある。

 直接伝えると追い出すような感じになる。

 自分で聞いて判断して欲しかった。

 辺境では使徒の恩恵も薄いためか、あまり話題になっていないようだ。


 翌日、別に一緒にいなくても良かったのだが、ミルと町を見て回る。


「一緒に来なくても、別に良いのですが」


 ミルが、少し眉をひそめた。


「私が着いてきたら、だめなわけ?」


「いえ、なにか1人でしたいことがあれば、そっちを優先して良いのですよ」


 ミルが少し頰を膨らませた。

 ちょっと不快感のスイッチを押してしまったようだ。


「私がしたいことをしてるのよ。

これで良いでしょ」


 追い払うつもりはなかったのだが、ちょっと機嫌を損ねたか。

 頭をかくのは、半ば癖になっているな。


「一緒にいたくないわけじゃないですよ?

ここに結構長くいたから、もしかして個人的に、なにか用事があるかと思っただけです」


 ミルはそんな俺の様子に苦笑していた。


「全然そんな暇なかったわよ。

アルのまねをして、皆の休みを考えたりしてね。

キアラと2人でなんとか回せてたけど、アルは1人でやっていたのよね。

2人で信じられないと言ったわよ」


 あまり、自覚はないのだが…。

 それこそ、部下に疲労を蓄積させても良いことがない。


「うーん、そんなに特殊なことをやっているつもりはないのですが」


「とんでもないことをやる人って、いつもそう言うのよね」


「もうあんな量をこなすことはないですよ。

安心してください。

だんだん減っていきますから。

時期が変わり始めたので、今までと仕事の質が変わります。

今までは創業の時期でしたから…量的に大変でした。

ここからは守勢になるので、シンドイになりますかね」


 ミルは、ちょっと首をかしげている。


「どう違うの?」


「今までは頑張れば、大変でもやっただけ成果が出る。

勿論、成功には必要な量は、とんでもないけどゴールはある。

ここからは間違いが蓄積しないように…継続しつづける。

しかもずっとですよ。

シンドイですよね」


 ミルが遠い目をしている。


「聞いただけで胃がもたれそうだわ…」


「だからどんな人が作った社会も、永久の命を保てないのですよ」


 使徒で強制的に、世界を固めている。

 人が作った社会ではない。

 そのニュアンスも含めての言葉になっている。

 ただ、人前なので伏せた言葉になるが。

 ミルが俺の言葉に、疑問を感じたらしく首をかしげた。


「エルフの社会は、ずっと続いているわよ」


「それはエルフの人数が少ないのと、基本的に簡素な社会でしょう。

権力を握っても得られる利益は、ほぼありません。

むしろ苦労ばかり多いから赤字でしょう。

それこそ隙あらば、誰かに指導者の位を譲りたがるでしょう」


 ミルはその言葉に笑いだした。


「そうね、ヴェルネリさまも顔に出していないけど、アルに譲れてうれしそうだったわ」


「指導者に利益が少ない社会は、規模が限定されます。

発展もしづらいですが、安定はします。

発展とは利益の追求に他なりませんからね。

利益の追求は、当然、摩擦と不安定を招きます」


 指導者の利益が薄い社会は全体の利益も薄い。

 韓非子でも堯舜の禅譲は統治者の利益が薄いからと言っていたな。

 あの徹頭徹尾、利益を重視する中国人の祖先だ。

 大きな利益があれば譲ったりしないだろう。

 孔子より韓非の思想の方が俺には素直にうなずける。

 ミルはその言葉に、首をかしげた。


「ラヴェンナも発展しない社会なの?」


 俺は、笑って手を振った。


「その気になれば、領主が得られる利益は膨大ですよ。

私の考えとして、それを好まないのです」


「好まない……って次元の話じゃないでしょ。

誰もアルの立場になりたいなんて思わないわよ」


 うーん、たしかにうま味がないかなぁ。

 古代ローマのように公益への奉仕が名誉になる形にしたいのだが…。

 これは、時間がかかる。


 実際は領主がお飾りで、内閣で取り仕切ってほしい。

 世襲制度によって、政治を動かすのは危険極まりない。

 領主は象徴的で、任命式などの祭事や儀式をつかさどる形が良いと思う。

 イギリス王室や、日本の天皇制だな。

 祭事や儀式のような伝統的なものは、家で伝えれば良い。

 特に祭事や儀式は、その形式を変えずに積み重ねることで効果が増す。

 毎回変わる儀式なんて重みもないだろう。

 

「ま、まあ…安定してくればまた違ってきますよ。

人間誰しも虚栄心はありますから。

これはあとの課題としましょう」


「そうね。

時間があれば良いのだけど…」


 やはり、使徒が心配か。

 仕方ないがこればかりはな。

 そんな話をしながら、広場に着いた。


 ラヴェンナの女神像を、ここにも設置している。

 ミルが苦笑気味に像を眺めている。


「この女神像、私とキアラが混じって別人になっているから良いけど…。

私だけだったら恥ずかしくて、町を歩けないわよ」


 そうだな。

 自分の像が立ってうれしいのは、特定の人種だろう。

 

「種族の異なる社会だから、別の団結するシンボルが必要なのですよ」


 ミルは自分のポケットから、貨幣を取り出した。

 それを感心したように見つめた。


「鋳造を始めた貨幣も、そんな意味があるのね」


 貨幣に女神像を刻印している。

 平定記念もあるがね。

 像は町に住む人しか見ない。

 だが貨幣は多くの人が手にする。


 名案だが俺のアイデアじゃない。

 ユリウス・カエサルとアウグストゥスのプロパガンダを拝借しただけ。


「それとミルがモデルだったら、この手は使ってないさ」


 ミルが、ピンとこない顔をしていた。


「どうして?」


 俺は、悪戯っぽい顔で笑いかける。


「ミルが他の男たちの見せ物になるのは嫌だからですよ」


 すぐに、ミルはすごくうれしそうな笑顔をして、腕組みをしてきた。


「そうね、それならすごく納得できるわ」




 そのあと夜になって、総督のオラシオとの会食をする。

 そこでアーロンの話題が出た。


 オラシオが俺の言葉を静かに聞いていた。


「そうか…。

長老はもうじきか。

ご領主よ、そのときには頼みがあるのだが…」


「勿論、葬儀を取り仕切るために、職場を離れて構いません。

アーロン殿もそれを望むでしょう」


 オラシオは俺に頭を下げた。


「感謝する」


 俺は、オラシオに手を振った。


「いえ、初期からの住人で、影ながら協力していただきました。

その功績に報いるのは当然でしょう。

葬儀に私も出席できれば良いのですが…」


 オラシオが今度は、俺に手を振った。


「いや、ご領主が多忙で、全体を見て駆けずり回っているのは知っている。

なので気にしないでくれ」


 転生前は葬儀で、有力者の代理が出席する話を見てきた。

 そんなに重要な人なら、本人が出れば良いだろうと思っていた。

 だがこの立場になると、そうも行かない。

 結果代理を派遣せざる得ない。

 できるなら本人が行きたいのだが…。

 では重複したときに、どうなるのか。

 出ない側は、どう感じるかなど…。


 冠婚葬祭の人間関係の重たさよ…。

 明確な基準を作ると冷たいと言われる。

 義理を優先すれば、えこひいきといわれ公平性を疑われる。


 あの一節が、頭をよぎる。

 『知に働けば、角が立つ、情に棹させば流される』


 これに関しては、正直…考えたくはないところだ。

 まるで、人が死ぬのを期待しているかのような態度に見る。

 公的な立場にあった人が亡くなったとき…引退した人を含めての話になる。

 追悼の方法については考える必要があるな。

 そのときになって、反射的に反応して、悪手を打つとリカバリーが大変だからだ。


「少なくとも代理で、誰かには出てもらいます。

代理の出席は許してください。

報告を受けるだけで済ませたくないので」


 オラシオが苦笑していた。


「そうだな、俺もこんな立場になって、その苦労がよく分かった。

本当によく好き好んで、こんなことをしているものだ」


 ミルが薄情にも、そのセリフに笑顔でうなずいた。


「そこは理解しようとしたらダメよ。

アルだから…で納得しないと」

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