325話 テントに泊まる新婚旅行
終わりも見えてきた、運河建設の見学。
新婚旅行とお題目には、あまりにムードがない。
だが平定したての世界では、さして名所がないことに気がついた。
俺が悩んでいると、ミルに、俺が行きたいところで良い…といわれてこうなったわけだ。
馬車の中で、本当にこれで良かったのかと、少し悩んでいるとミルに頰をつつかれた。
「また何か考えて…今度は何?」
しまった、つい考え込む癖が…。
下手にごまかしても泥沼なので、正直に応えよう。
「いや、視察まがいのムードのない新婚旅行ってどうなのかなと…」
ミルは一瞬驚いた顔になって、そこから笑いだした。
「アルの行きたいところで良いっていったでしょ。
それに私も楽しんでるわよ。
いろいろと思い出もあるしね」
「それなら良いかな。
なにせずっと延期していたからね。
いざやるとなると考え込んでしまったよ」
ミルは俺の考え込んだ顔を見て笑い続けた。
「そんなときだけは、普通に悩んでいたものね」
そんな他愛もない話をしつつ、工事現場に到着した。
工事責任者のイヴァン・ロージンが、俺を出迎えてくれた。
カイゼル髭は健在のようだ。
「ご領主さまと奥方さま、このむさ苦しい場所にようこそ」
俺は、イヴァンに笑いかける。
「いえ、むさ苦しいどころか…とても興味深いところですよ」
ミルは笑顔で、イヴァンに笑いかける。
「ええ、私も楽しみにしていたのよ」
そんな挨拶を終えて、イヴァンの案内で工事内容の説明をうける。
それには、ある特別な手法も説明された。
ママンの視察のときに、目にとまった独特の方法。
魔法での土木工事だが、魔法はイメージが主要な要素を占める。
そこで俺が、先生に依頼して試行錯誤させて編み出した手法。
鉄の棒の先端に爆発を起こす。
それを、地中に起こすとどうなるのかと。
距離は当然とらないといけないので、簡単にはいかないが…。
数メートル単位での棒も必要になる。
かなりのトライアンドエラーを行って、現在の長さと訓練方法に行き着いたらしい。
先端が爆発するイメージをできれば、通常は不可能な地中での爆発が可能になる。
そうなると地盤の掘削速度は、大幅に上がる。
地中が爆発によって柔らかくなるからだ。
特殊なイメージなので疲労は大きいが、爆破担当が休憩している間に、穴を掘り進める。
そのあたりは、先生以下の土木工事部隊に丸投げしていた。
柔らかくなった土をどけるだけなので、工事速度は段違いに速い。
ミルも最初に、この話を聞いたときは笑っていた。
そこでふと、何かに気がついた顔になった。
「もしかして、平定も終わったから、ファビオさんの業績でも確認したくなったの?」
俺は、その問いに、ちょっと肩をすくめた。
「まあね、工事が終わると、実感が薄れますからね」
「そっか…良いわね。
こういう新婚旅行」
そういって、ミルは俺に笑顔を向けた。
気に入ってくれたのなら何よりだ。
夜は、工事現場の近くに、テントを張ることになった。
工事人が寝泊まりしている宿舎を空ける…との申し出があったが断った。
それは、工事の邪魔にしかならない。
そうなると、数日前から準備が必要になる。
作業員は数日間の野宿を強いられるからだ。
そして近くに町もないので、野営となった。
そんなところにも、報告書は追ってくる。
実に優秀だなぁ。
テントで報告書を読む。
最初の衝撃が強かったが、もう平静になっている。
つまりは使徒の情報だな。
キアラが大事だと思って送ってくれたのだろう。
ミルに報告書を手渡す。
それを受け取ったミルは、じっと報告書を見ていたが、小さくため息をついた。
「使徒はニキアス・ユウ・ラリス。
17歳の男の子ね。
すごいわね、もうお嫁さん3人もいるんだ」
俺は、ついつい苦笑してしまった。
「皆待ち焦がれていましたからね。
一気に接待攻勢をかけたのでしょう」
その年齢からすると、成長した人間に、無理やり魂を降ろしたのだろう。
その場合降ろされた人の魂は、どうなるのか。
押し出されて消えてしまうか、押しつぶされて融合するのか。
分からないな。
神は全く気にしないけどな。
使徒も考えないだろうな。
すでに、3人の嫁か。
新教皇の娘あたりが筆頭かな。
そのあたりの嫁は、実際はどうでも良い。
ハーレムメンバー程度の個性でしかない。
使徒の行動に、ただ首を縦にふるリアルなダッチワイフだろう。
そんなもの宛がわれても嬉しくも、なんともない。
「今のところ、こっち側でなくて別の国の魔物退治に向かっているみたいね」
「そうですね。
その魔物が、どれだけ危険なのかは知りませんが…。
この話は、してもきりがないですからね。
今楽しんでいる新婚旅行の話をしましょう。
明日はアンティウムですよ」
テントなので声が漏れる可能性があるので、よそ行きの会話だ。
音声遮断をしても良いが、何か特別にやっていると教えるようなものだ。
変な想像をされても気恥ずかしいだけだからな。
ミルが俺に、笑顔で、報告書を返してきた。
「アンティウムは、ちょっと前まで半年以上いたからね。
何か変な感じよ」
「ですがマントヴァの訪問は初めてでしょう。
そこから魔族領にいって、帰りは港から、船でラヴェンナに戻ります。
ミルは船に乗るのは初めてでしょう」
「そうね、船に乗る経験はなかったわね。
それより途中で、アレは出てくるの?」
いやいや、そんな出たがりじゃないから。
たぶん、ドラゴンのことをいっているのだろう。
必要がない限りは、姿を見せないはず…だよ。
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