309話 大金星

 それからさらに、2カ月のにらみ合いが続く。

 ストレスから体調を崩す人もでたが、早めの治療で事なきを得ている。

 寒さも去って春真っ盛り。

 戦争の最中でなければ、絶好のピクニック日和だ。


 たまに、陽動で魔族の一部が動いたが、こちらが動かないのを見て引き上げる。

 何とか俺たちを、アンティウムから引きずり出そうと努力しているようだ。

 まだ敵の士気は下がっていない。

 食糧の集積基地は見つけたが、警備も厳重だ。

 

 マントヴァも攻めるフリだけで、本気で攻撃を受けていない。

 そんな中、耳目から報告が届く。


 キアラが一読して固まった。

 全員がキアラを見るほど、殺気がほとばしっていた。

 すぐに、殺気は消えたが、表情は能面のようだ。


 かなりガチギレしている。

 震える手で報告書を、俺に差し出す。


 それを一読して、ついつい笑ってしまった。


「なるほど、以前からの不穏分子が、首都で私の悪口を並べ立てていると。

このタイミングですか……」


 キアラが、能面から憤慨した顔になった。


「お兄さま、笑い事ではありません! 戦争で皆にストレスがたまっているときに、こんな後ろから刺すようなことは許せませんわ!」


「魔族の使者が、首都に潜り込んで、不満分子と接触したのでしょう」

 

 ミルもやってきて、報告書に目を通した。

 顔が真っ赤になって震えていた。

 あ……ミルもガチギレした。


「な、何よこれ!

ファビオさんが亡くなったときも用済みだから、弔辞は適当にしたとか……。

今回の魔族の攻撃で死んだ人なんてどうでも良いと思っているから、黙って攻撃しないって……。

アルにとっては全員が捨て駒にすぎない。

だまされるなって……。

こ……ここまでひどいこと言えるの!?」


 俺は、あまりに滑稽で怒る気にもならなかった。


「よくぞまあ、といったところですが……。

これは扇動して、内部かく乱を狙ったものでしょうね。

何が何でも私に攻撃してほしいようです」


 キアラは、目がマジになっていた。


「さすがにこれは放置できませんわ」


 ミルもキアラにうなずいた。


「ここまできたら、我慢も限界よ。

アルが寛大だからって調子に乗りすぎてるわ……」


 俺はヒートアップしている2人に、ブレーキを掛ける必要を感じた。


「キアラ、耳目にその不満分子と何者かが接触してないか、洗わせてください。

不満分子だけではここまでしないでしょう」


「分かりましたわ。

さすがに今回は許せません」


 俺は、軽く手を振った。


「ちゃんと法で裁かないとダメですよ。

外部と結託して、内部かく乱を行うものに対しては、エイブラハム殿が罰則を制定してくれましたからね。

施行前の行動は、法に問えませんが……すでに施行後です。

ちゃんと証拠を押さえる必要がありますよ」


 そんな中、ドタバタと足音が聞こえた。

 おくりびとシルヴァーナだ。


 勢いよく、扉が開いた。


「アル~。

変なヤツ捕まえたわよ」


 いきなり、突拍子もない……。


「何ですか……変なヤツって」


 おくりびとシルヴァーナが、フンスと胸を貼った。


「人間だけどさ、魔族に雇われたヤツよ」


 その言葉に、一同がおくりびとシルヴァーナを凝視した。

 ミルがおくりびとシルヴァーナに詰め寄った。


「ヴァーナ! その話! 詳しく聞かせて!」


 珍しくミルに詰め寄られた、おくりびとシルヴァーナが、驚いた顔をする。


「ちょ、ミル、落ち着いて! ちゃんと話すから!」


 俺は驚いているキアラを見る。


「キアラ、シルヴァーナさんに、お茶を出してあげてください」


「え、ええ……分かりましたわ」


 そこにおくりびとシルヴァーナが、図々しい笑顔を向ける。


「キアラちゃん、お酒入りでねー」


                  ◆◇◆◇◆


 キアラが要望どおり、酒入りのお茶を持ってきた。

 おくりびとシルヴァーナは、上機嫌で一口のんだ。


「いいわねー。

それじゃ殺される前に話すわよ。

キアラちゃんの殺気が洒落にならないから」


 おくりびとシルヴァーナはせきばらいした。


「アタシがダンジョンの調査が一段落してさ。

酒場で一息ついてるときに、怪しいヤツが接触してきたのよ」


 曖昧すぎるな、もうちょっと聞き込まないとダメか。


「怪しいヤツですか?」


「そうそう。

商人っぽいけど、ここらで見ないヤツでさ。

冒険者しているアタシのカンだと、まっとうな商人でもない。

どっちかと言えば、盗賊と取引をするタイプの商人ね」


「今ギルド主導で開発してる町は、そんな人たちも来るのでしょうか」


「儲かると分かってからでないと、こないわね。

ともかく、ソイツがアタシに話しかけてきたのよ」


「シルヴァーナさんを狙ってですか」


 おくりびとシルヴァーナはうなずいた。


「そうそう、それでソイツが言えうのよ

『アルフレードに一泡吹かせることに興味ないかって』」


 その言葉に、一同は緊張した。

 ますます得意気なおくりびとシルヴァーナ


「怪しいと思ってね、取りあえず話だけ聞くことにしたのよ。

そしたらさ

『冒険者たちが決起して、待遇改善を要求するのだ。

今アルフレードは、困難な状況だから妥協する。

暴動でも起こせば確実だ』

そんなこと言うのよ」


 ミルとキアラから、表情が消えていた。

 おくりびとシルヴァーナが、その様子を察して慌てて手を振った。


「もちろん、アルには恩もあるし友達よ。

裏切るとか……弱みにつけ込んでそんなことできないわよ。

それでこいつは怪しいと思ったわ。

速攻寝かせて縛り上げて、ここに連れてきたのよ。

道中で目が覚めたから……ついでに問いただしたら、魔族に雇われたってゲロったわ。

アンティウムの警察に引き渡してあるわよ」


 意外なところから、幸運が舞い込むものだな。

 キアラが、満面の笑顔になった。


「素晴らしいですわ。

お酒のお代わりなんていかがですか?」


 おくりびとシルヴァーナが、満面の笑みでうなずいた。


「いいわねー、お願い!」


 ミルも、すごく喜んでいる。


「ヴァーナ、有り難う! 助かったわ!」


「いやいや……友達だし当然よぉ」


 大金星だが、あまり調子に乗らせても良くないな。


「シルヴァーナさん。

一つお伺いしても良いですか?」


「いいわよぉ~」


「その怪しいヤツは、シルヴァーナさんが不満を持っていることを確信して接触したのですよね」


 おくりびとシルヴァーナが、一瞬硬直した。

 目が泳いでいる。


「そ、それは……ホラ。

減給の話が公表されているからさ……」


「酒場で派手に、私の悪口を言っていたからではありませんか?

それでその商人が、確信を持ったと思います」


 おくりびとシルヴァーナが、思いっきり外を向いた。

 冷や汗をかいている。


「い、いやぁ……、そ、そんなことないわよぉ」


 ミルが視線をそらした側に移動しておくりびとシルヴァーナをにらんでいる。


「ヴァーナ……正直に言いなさい」


 おくりびとシルヴァーナが何かを言おうとして言葉がでてこない。

 パクパクと口を動かしているだけだ。

 俺は、笑いを堪えきれなくなった。


「ミル、もう良いですよ。

誰だって処罰に、不満を持つのは自然です。

それでも私たちに、義理を通したんですから十分ではありませんか」


 おくりびとシルヴァーナがひきつった笑いを浮かべた。


「でしょ! でしょ!」


 俺は笑い終えて、真顔になった。


「取り調べ後になりますけどね、それ次第では報奨金を出します。

少なくとも減給分は補えるくらいね」


 プラマイ0にはしてやろう。

 プラスになると、一発逆転を夢見かねないからな。

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