308話 責められない理由

 戦略会議が終わって、部屋に戻る。

 部屋には2人きりだ。


 俺は椅子に座り込む。

 ミルも俺の隣に座って寄りかかってきた。

 ここまではいつもの光景だが、ミルは少しお冠のようだ。


「クリームヒルトさん、分かるんだけどさ…。

もう少し早く、アルに伝えられなかったのかな。

大事な情報でしょ」


 俺は、ついつい苦笑してしまった。

 他人が代わりに怒ってくれると怒る気にならない。


「そうだな。

できれば墓に持ってきたいネタだったんだろうけどね」


「それでもよ、魔族と戦うんだから知らないと計算が狂っちゃうんでしょ」


「それは事実だな。

でも今更言っても仕方ないのと…」


 ミルは、まだ怒っているようだ。


「仕方ないのは分かるのよ。

でも…」


 俺は、ミルの口に指を当てる。


「こんなときに俺が考えるのは、どうやって皆をまとめるかだよ」


 俺の指を、ミルは優しくつかんで口から離す。

 

「今別に皆はバラバラじゃないでしょ」


「いや、今の話じゃないのさ。

この先の話だよ。

今俺がするのは、部下の失態でかかる泥を一緒にかぶってやることさ」


 ミルが少し、下を見て何かを考えた。


「貸しにするの?」


「いや、下手に責めると、最初に伝えそびれたら、もう二度と話せなくなる。

それでは困るんだよ…。

少なくとも、一緒に泥をかぶれば、今後疑心暗鬼になることもないだろ。

それにさ…」


 ミルが俺を、じっと見つめた。

 まだお怒りはおさまってないようだ。


「そもそも俺が、ちゃんと聞いていなかったことが最大の要因だよ。

魔族と戦うときに、本来ならちゃんと聞くべきだったのさ」


「でも、そんなこと言ってたら、アルが何でも細かく聞かないといけないでしょ。

それは無理があるわよ。

いつもアルは、自分にだけ厳しすぎるわ」


 ミルのお怒りの原因はそこなのかな。


「あまりそんな自覚はないんだけどね。

今回はどうにも、俺の失態が前提にあるから責める気が起きないんだよ」


 ミルは突然、俺の太ももを強くつねった。


「イテテ」


「何でも、人のせいにしないのはアルの良いところよ。

でも、行きすぎなのも良くないわ。

これはアルが、いつも言っていることよ」


 バランスが大事なのは、常に言っているな…。

 こう言われると返す言葉がない。


「確かにそうだな。

本当にバランスを取るのは難しいよ」


 ミルが俺をじっと見て、やがて諦めた様にため息をついた。


「ほんと、この欠点だけは直せないのよね。

優しすぎて皆が甘えないと良いんだけど…」


「俺は優しいわけじゃない。

そう見えるのは、俺自身が自覚している大きな欠点と関係があるのさ」


 ミルが俺を、少し厳しい顔で見つめてきた。


「一体何?」


「俺の本性は、ひどいもんでね。

わがままで傲慢で冷酷なのさ。

そんな欠点は俺がやる目的には、あまりにそぐわない。

だから、その本性を制御することにしている。

バランス取りが難しくてね、俺は人として壊れている部分が多いから…。

欠点の矯正は、やりすぎるくらいにすると、人から見るとちょうど良いくらいになる。

そう思っているのさ」


 こんな話をしたくはなかったが、これだけ、俺のことを心配してくれて本気で怒ってくれる。

 だから思っている本音を伝える気になった。

 ミルは俺をじっと見て、小さくため息をついた。


「そうやって、自分を卑下する…。

でもそう思っているのはやめられないのね。

ちゃんと本音を話してくれたから、今回はそれで納得してあげる」


「そいつは有り難いね。

こうやって、ミルが俺の代わりに怒ってくれると、自分でも行きすぎなのかと気がつくよ。

だからとっても感謝しているんだよ」


 ミルはジト目で、俺をにらんできた。


「それは知ってるわよ。

そう言って、いつもごまかそうとする…」


 そのあと、ジト目から普通の顔に戻って、小さくため息をついた。


「もう誰も、隠し事はしてないわよね…」


 クリームヒルトを強く責められない最大の理由がある。

 俺が使徒モドキであることを隠している。

 それがあって責める気にならなかった。


「多分ね。

それと必要がありそうなら、みんな話してくれるよ」


「それで今後、どうする気なの?」


「今は敵も、ちゃんと計画をしているだろう。

だが時間がたつどうかな。

俺だって未来になるほど、予測の精度は落ちて手直しが必要になる。

それに時間がたてば、兵士は緊張感が持続できないからね。

俺が狙うのはそこさ。

つけいる隙がでてくる」


 ミルが俺を見てほほ笑んだ。


「いつものアルに戻ってるわね。

いつものアルは、見ていて安心感が違うわ」


「できれば変だと思ったら、今後指摘してほしいな。

俺自身が慢心に気がついていなかったからね」


 ミルは、ちょっとバツの悪い顔になった。


「そうね、ついつい、アルのことだから大丈夫って私も思っていたわ…。

今回のことで、アルも完璧じゃないって本心から分かったのよ。

だから次からは、ちゃんと言うわよ」


「頼むよ」


 ミルはうなずいたあとで、何かに気がついた顔になる。


「そういえば、オリヴァーさんは、どうなっているのかしら」


「まだ分からないけど、幽閉されてそうかな。

戦いが避けられなくなって、戦うときの策だけ授けていると思う」


「そうなの?」


「魔族からしたら、オリヴァー殿の知謀は貴重だろう。

それならなんとか活用すると思う。

それに人望はあるだろう。 仮に殺したら動揺もすごいことになる。

全軍で攻撃はできないだろう」


 ミルは、少し安心した顔になった。


「そう…。

いい人みたいだし、そんな人には死んでほしくないわね」


 初対面の印象抜群だな。

 

「ただ、今の魔族を撃破したら殺される可能性はある。

魔族が勝てば殺されない」


「負けたら? どうして?」


「簡単な話で、負けたり失敗したときの権力者が手っ取り早く、引き締めを図る手段は反対派の処刑さ」


 ミルが悲しそうにうつむいた。


「ひどい話ね…」


「ひどいけどありふれた話さ。

ただ…今来ている連中を、そう簡単に逃がす気はない」


 俺の声色が変わったことに、ミルは、驚いた顔になる。


「逃がさないの?」


「まだ具体的な作戦はないけどね。

俺の失態で犠牲をだした。

俺が一因だが…だからと言って、攻撃したヤツらを、無罪放免になんてしない。」

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