310話 風向き

 工作員の取り調べを行い、関係者を一斉に摘発した。

 これで、多少は落ち着くと良いが。


 元々不穏分子は、白い目で見られていたので、逮捕での騒ぎはさほど無かった。

 それどころか……やっとかといった雰囲気だとの報告を受けて、思わず失笑してしまった。


 これで魔族側が、こちらに手を突っ込んでの工作は、すぐにできないだろう。


 かれこれにらみ合いのまま2カ月。

 その間に、敵はわざと、こちらに隙を見せている。

 兵士が寝転んだり、夜は酒宴をやっているように見せつけている。


 タイミング的に早すぎる。

 士気が緩みきるにしては、まだ早い。

 そんななか、チャールズが俺の元にやってきた。


「部下たちは今が、好機と張り切っています。

出陣の許可を頂けますか?」


 周囲は驚いているが、チャールズの顔を見ればすぐ分かる。

 俺は、首を横に振った。


「却下します。

あれは擬態です。

われわれを誘っているだけですよ」


 チャールズは、ニヤリと笑って一礼した。


「承知しました。

ご主君の命令とあれば、致し方ありませんな」


 俺は、黙ってうなずいた。

 ミルが俺を驚いた顔で見ている。


「アル、あれって……」


 俺は笑って、肩をすくめた。


「部下がはやる手前、私にお伺いを立てて……出撃をしないためのアリバイ作りですよ」

 

 ミルが天を仰いだ。


「ああ、部下が多いのも大変よね」


 そんな話をしているなか、伝令が駆け込んできた。


「ご報告します。

マントヴァのポンシオ殿から救援要請が来ています」


 あっちもか。

 士気を保つのは大変だからな。

 俺は、それに協力するだけだ。


「私に策があります。

城は落ちないので、援軍は不要です。

マントヴァを堅守してください」


 俺の言葉を聞いて、伝令が出て行った。

 そんな光景を見て、キアラは苦笑していた。


「現場指揮官は大変ですわね」


「ええ、機を伺うのも楽ではないのです。 

士気を保ちながらですからなおさらです」


 そのまま、敵の物資輸送の情報を受け取る。

 敵陣の後方30キロ程度の位置に、陣営を築いて物資集積基地にしている。

 守備兵は200名程度。

 敵に悟られない規模のゲリラ攻撃では、簡単に撃退されるだろう。


 そこまで、船で物資を輸送する。

 その後に船は引き返している。

 そこから、馬車で物資を輸送しているとのこと。

 船で近くまで輸送すると、こちらの攻撃受ける可能性があるからだろう。


 船の数は、そこまで多くないのもあるのだろう。

 日常でも使用している船を徴発して使っている。

 つまり、日常生活に支障が出る。

 

 魔族は長い戦役を想定していなかったろう。

 想定から外れたときに付け入る隙が出てくる。


 首都から一つの朗報がもたらされて、執務室内に喜びが広がった。

 敵側の調査を慎重に続けていくなか、こちらからも俺に朗報がもたらされた。

 そのとき小さく笑ったつもりだったが、周囲からはドン引きされるくらい悪い笑いだったようだ。

 少しずつ、風向きが変わってきたのを実感している。


 敵は物資集積基地の陣営を、20カ所に増設した。

 船を他でも使う用途が増えたのだろう。

 兵糧を一気に輸送して、合間に別の用途に使っているようだ。

 あとは兵士の娯楽用に、酒なども運び込まれていた。


 もう少しだな。

 マントヴァも定期的に、攻撃を受けているが本気ではない。

 さして、損耗も無い状態で、あちらもまだ持ちこたえられる。


 問題はこちらの士気が緩みきってしまうところだ。

 幸いにも、内通者の逮捕で引き締められた。

 今のところは問題ないと、チャールズから、報告を受けている。

 終幕に向けての打ち合わせを、チャールズと内密に行う。

 

「ロッシ卿、敵側の士気は、もう一段落落ちそうですかね」


 チャールズが、腕組みをして考え込む。


「そうですな、これから暑くなります。

そうなると士気は下がりきるでしょう。

ただ、あまりに下がりすぎると、引き締めにかかるでしょう。

タイミングが難しいですな。

その期を逃すと、味方の兵士が戦わないと思い込んでしまうでしょう」


「ただ待てば良いと言うわけではありませんか」


 チャールズが、黙ってうなずいた。

 俺は、自身の見立てを確認してみることにした。


「じきに敵が罵声を浴びせて、こちらを挑発するでしょう。

そこが一つの通過点ですね」


 チャールズは俺の見立てに苦笑した。


「確かに打つ手が無い状態で、罵声でも言わせて兵士を働かせないと、兵士がだらけきってしまいますからな」


「あと…魔族の指揮官は若手なのですよね」


「ええ、恐らく族長の息子あたりでしょうな。

指揮官が怒鳴り散らしている光景などを、ちらほら見ます。

統率も万全とはいかないようです」


「一見優位だから引き上げることもできない。

勢いを無くして、ただ立ち止まっているだけですね。

若ければスザナの扇動にも乗せられるわけです。

現実より理想に、夢を見ますからね。

現実を直視して損切りをするには、経験が足りないでしょう」


 チャールズが、俺のひとごとのような感想に肩をすくめた。


「一応……言っておきますが、あの連中は全員ご主君より多分、年上ですよ」


 俺は、口笛を吹いて外を向いた。

 またやってもうた。

 殴り返すタイミングが近づいていて、つい高揚してしまった。


「ま、まあ、そのことは置いておきましょう。

あと、良い知らせがあるのです」


「ほう……」


「メルキオルリ卿のお子さんが無事誕生しました。

男の子だそうですよ」


 俺の、うれしそうな態度にチャールズが苦笑した。


「確かに良い話題ですな。

不愉快な戦争のなかで、唯一と言って良い話です」


 そう言って、チャールズは部屋の棚から、酒瓶とグラスを二つ取り出す。

 それぞれに、酒をついで片方のグラスを、俺に差し出す。


 俺は笑って、それを受け取ってかかげる。


「では、メルキオルリ卿のお子さんに」


 チャールズが、ニヤリと笑う。


「乾杯といきましょう」


 グラスを併せて酒をあおる。


「デルフィーヌさんも無事で良かったですよ」


「そうですな、出産も命がけですからなぁ。

ロベルトの狼狽ぶりが見ものだったのですがね」


 俺も、同意の笑いを浮かべる。


「そうですね、かなり右往左往したと思いますよ」


 俺たちは、顔を見合わせて笑い合った。


 チャールズの元を辞したあと、親衛隊長のジュールと個別に会談する。

 今回の戦いでは、親衛隊の出動も念頭にあるからだ。


「ジュール卿、親衛隊の士気は大丈夫ですか?」


「はい、初の実戦かと、全員やきもきしています」


「では、もう少しだけ我慢してもらいます」


 ジュールは真面目くさってうなずいた。


「承知しました。

ですが、本当によろしいのですか?」


「これは決定事項です。

ロッシ卿の了解も取ってありますからね」


 ジュールは少し心配顔だが、黙って一礼した。


                  ◆◇◆◇◆


 そして2週間ほど経過した。

 気温は陽気と暑いの一歩手前といったとこだ。

 ついに敵兵が、こちらに罵声を浴びせ始めた。


 敵陣の様子を観察したところ、だらけている兵士が、下級指揮官と言い合う光景も見られる。

 夜の酒宴の回数も増えている。

 これが擬態だったらアウト。

 だが戦争に100%は無い。

 不確かな決断を迫られる。

 

 俺とチャールズは、顔を見合わせた。

 もうそろそろだ。

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