第9章 予期された戦い

297話 後出しジャンケン

 翌日気がつくと、昼まで寝ていた。

 ミルが気を利かせて寝かせてくれたようだ。


 執務室に入ると、全員が笑顔で迎えてくれた。


「有り難うございます、ゆっくり寝かせてもらいました。」


 キアラが俺に、お茶をだしてくれた。


「お兄さま、どうぞ」


「有り難う。

キアラ、これといって緊急の問題はなさそうですね」


「ええ、お兄さまが喪中に処理していただいたおかげで、今日は余裕がありますの」


 それは良かった。

 葬儀で延期していた事案を処理しなくてはな。

 

 今日は、珍しく親衛隊長のジュールが控えていた。


「ジュール卿、明日に操舵訓練の成果を見せてもらいます。

ポンシオ殿の詰めている城を視察します。

5名程度はミルとキアラの護衛に残留させてください。

そのあたりの調整をお願いします」


「承知しました!」


 周りが気を使ってか、俺の仕事は全くなかった。

 気がつくと、居眠りをしてしまう位にだ。


 どうも格好がつかないので、新任の顧問になったプリュタニスの様子を見に行くことにした。



 プリュタニスの執務室は、先生の部屋を引き継いで使っている。

 俺の姿を見たプリュタニスは驚いたようだった。


「アルフレードさま、どうかされましたか?」


「プリュタニスの様子を見に来たのですよ。

今一人で顧問をしていますが、補佐が必要かと思ってその人選のことも兼ねてね」


 プリュタニスは俺の答えを聞いて苦笑した。


「アルフレードさまにはお見通しですか。

一人で回すには、ちょっと範囲が広すぎますからね…」


「意中の人がいるなら言ってください。

できる限りは、希望に添いますよ」


「では遠慮なく。

マガリ殿に助けてもらうことは可能でしょうか」


 やはり、そうきたか…。

 それはちょっと無理だな。


「プランケット殿は、市長の顧問ですから動かせません。

仮に首都が、攻撃を受けた際には必要な人材ですし」


「首都攻撃の可能性を考えているのですか?」


「私が絶対にないと思い込んで、プランケット殿をこっちに回すとします。

オリヴァー殿は確実に、首都を狙ってきますね」


 俺の見立てに、プリュタニスは腕組みをして考え込んだ。


「そこまでこちらの動きが、筒抜けになりますかね」


「それこそ使い魔で、こっちの情報はある程度把握しているでしょう」


「そう言えば、こちらから使い魔で動きを探らないのですか?」


「相手は魔族ですよ。

使い魔を見分けることはお手の物です。

それが発覚すると、魔族の間で火がつきますよ」


 プリュタニスは、納得はしていない顔だ。

 

「どちらにしても攻めてくるなら、準備不足の状態で激発させてたたけば良いのでは?

アルフレードさまはその手の誘導が得意でしょう」


「こちらの準備が不完全すぎます。

負けるとは思いませんが、泥仕合になりますよ。

結果として、その後に残るお互いの遺恨はすさまじいことになるでしょうね」


 俺の指摘に、プリュタニスは何か考え込む顔になった。


「今までアルフレードさまの作戦は手が込んでいますが、明確でした。

今回は随分煮え切らないように感じます。

それこそ弱腰と思われてもおかしくないほどに」


「まあ、そう見えますよね。

そうしていますから」


 プリュタニスの視線が鋭くなった。


「つまり皆にも秘匿するような目的があるのでしょうか?」


「今は反応を見ながら、手を打っている…といったところでしょうか。

皆さん魔族を甘く見ていますからね」


 俺の指摘に、プリュタニスは渋い顔になった。


「確かに…その点は否定できないです。

ですが、本当に弱いなら問題ありません。

私の先祖も勝っています。

対外的な戦いで、魔族が勝った試しがあるのか…と考えてしまいますね」


「そうですね、そして魔族の中でも、そう考える人もいるでしょう。

魔族の中で、イデオロギーや信念から戦いたがる人。

損得を考えて戦いを避けたい人。

この双方のせめぎ合いになっているでしょう。

そして一つだけ分かっていることがあります。

勝った試しがないのに戦いを挑むなら、何か秘策を用意する可能性があることです。

相手も考える頭脳を持っている。

それを忘れてはいけませんよ」


 プリュタニスが俺を、真剣な目で見ていた。


「そこに手を突っ込んでいるわけですか。

うーん、いまだにアルフレードさまの見ている未来が読み切れません」


 その言葉に思わず笑ってしまった。

 若いなぁ。

 完全に、未来を読み切るのはフィクションの世界だけだよ。


「買いかぶりすぎですよ…私だって人間です。

読めないことのほうが大きいのです。

ただ、読めても対応できない状態にならないように、注意をしているだけです。

やっていることは後出しジャンケンですよ。

後出しでも、グーしかだせないなら意味はないですよね」


「つまり、完全に未来を予測できると思うほうが、間違いだと」


「そうですよ。

未来は粘土細工です。

無理につかもうと、力を入れるほど崩れてしまいます。

固まるまではソフトに扱うのが良いですね。

固まった後放置すると、すぐに風化して崩れてしまいます。

固まった瞬間を見逃さずに、そのときだけは力を入れて、素早く手に入れるべきでしょう」


 俺の気合が全く入っていない言葉に、プリュタニスは苦笑いした。


「自然体ですね。

祖父が無形に勝る形はないと言っていました。

このことを言っているのでしょうかね」


「それにです…私が気合を入れまくってたら、皆不安になるか熱でもあるかと思いますよ」


 俺のとぼけたセリフが、よほどツボに入ったのか、プリュタニスが思いっきりせきこんだ。


「確かにそうですね。

魔族に関しては、こちらの防備を固めつつも様子見ですか。

話を戻しますが、補佐してくれる人はどんな基準で考えたら良いですか?」


「それはプリュタニスにしか分からないですよ。

人によりけりです。

先生はプリュタニスのように真面目で細かいことを、丁寧にやるタイプと相性が良いでしょう。

だから、プリュタニスも自分と違う視点の人を探せば良いと思いますよ」


 多分プリュタニスは、気を使って先生の話題は避けていたろう。

 それは、無用の気遣いだ。

 先生のやったことを踏まえて、自分なりのやり方で引き継いでほしい。


「分かりました、もう少し自分で考えてみます」



 プリュタニスとの話し合いを終えて、執務室に戻ると公衆衛生大臣のアーデルヘイトが待っていた。

 見たところ落ち込んではいないようで一安心だ。


「アーデルヘイトさん、どうしましたか?」


「アルフレードさま、公衆衛生大臣として、一つ提案を持ってきました」


 提案は大歓迎だよ。

 思わず俺の顔がほころび…かけたが、まさか…筋肉の話じゃないよな。

 俺の微妙な表情の動きを見て、アーデルヘイトが吹き出しそうになった。


「謝肉祭の話ではありません。

あれはアルフレードさまに提案する話でもありません。

独自にしっかりやりますよ。

それではなく、市民全員の健康管理の話です」


 先生の件があって、アーデルヘイトなりに何か思うところがあったのか。


「どんな内容ですか?」


「定期的に健康診断を実施したいと思います。

ただ公衆衛生省の予算だけで済む話ではなかったので、アルフレードさまに相談しにきました」


 ああ…転生前はロクに受けていなかったけど、確かに必要だな。

 すっかり失念していたよ。


「許可します。

計画と必要な予算を提出してください」


「有り難うございます! すぐにもってきますね!」


 言うが早いか、アーデルヘイトは窓から飛んで出て行った。

 確かに、そのほうが早いけどさ…。

 


 スカートをはいた状態で飛ぶのはどうなのよ。

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