298話 目覚める切っ掛け

 ちゃんと扉から入ってきた、アーデルヘイトから提案書を受け取る。

 職員はある程度いるので、地域分けをして簡易検診を行う。

 それで引っかかれば、詳しく検査をする。

 検査は地域の中心となる町か村で、まとめて実施。


 今できるのは、この位だろうな。

 そこまで、膨大なコストがかかるわけでもない。

 現実的な施策だろう。


 戸籍管理とあわせての実施が肝要だな。

 それと情報伝達の方法が、未決定だ。


「アーデルヘイトさん、簡易検診で引っかかった情報は、どう集約しますか?」


 アーデルヘイトは腕組みをしてしまった。


「やっぱり、そこを突っ込まれますよね…。

公衆衛生省って情報伝達手段を、独自にもっていないのです。

それで…良いアイデアをアルフレードさまにもらえないかな…と」


 省をまたいだ事案を、まだ経験していないからな…。

 定期検診の提案をしただけで、最初は良しとしよう。


「そうですね、個別に情報伝達のみを行う余力は、まだありません。

既存の制度に…一つ便乗しましょうか」


 アーデルヘイトが首をかしげた。


「便乗ですか?」


「ロッシ卿が治安維持のため、巡回を定期的に行っています。

その人たちに、巡回だけでなく、村や砦から必要な書類を決められた場所に届けてもらうようにしましょう。

あくまで過渡的な処置ですけどね。

統治が安定したら、情報の連携手段を構築すれば良いでしょう。

そこは…」


 俺は、こっちを気にしているキアラを見る。

 視線が合うと、キアラはうれしそうにほほ笑んだ。


「お兄さま、私の出番でしょうか?」


「キアラ、耳目の連絡とは別に、定期的に公的情報を伝達する仕組みを作りましょう。

今は各省庁が、独自に連絡員を使っています。

統治範囲が広くなったので、恒常的な情報伝達システムを作りましょう。

将来的には通信・情報省を新設します。

大臣の人選は未定ですけどね。

いくらキアラでも大臣と秘書の兼任は、無理がありますからね」


 キアラは俺の言葉に苦笑していた。


「そうですわね、これ以上お兄さまと一緒の空間にいられなくなるのは、無理がありますわ」


 やっぱり理由はそっちか…相変わらずブレないな…。

 ともかく暫定的な仕組みを構築してもらうか


「アーデルヘイトさん、キアラ。

ロッシ卿と定期巡回を含めた、暫定的な情報伝達の仕組みを作ってください。

私の承認は不要です。

決まり次第運用を開始してください」


 これで、情報伝達の話はすんだ。

 あとはノウハウを蓄積して、正式な省庁にすれば良いだろう。


 適正な人選は、おいおい考えよう。

 できれば推挙してほしいのだけどね…。

 このあたりの社会制度は、必要性がでてからの対症療法になるな。


 郵便は一般的に、個人事業で金がかかる。

 古代ローマのように公営で、郵便事業をやれば良いだろう。

 こっちではまだ、その事業者が参入していない。

 失業する人もいないから遠慮はいらない。



 そんな手配を終えた翌日。

 操舵訓練の成果を、俺は確認することになる。


 真冬で大きな川を、船で移動する。

 寒いから厚着になる。

 うかつにも…普段着のまま出発しようとしたら、ミルに止められたわけだが。

 水上の寒さを想定していなかった。


 町の船着き場で、親衛隊一同に、挨拶をして船に乗り込む。

 船は5隻で、1隻7人。


 俺の乗り込む船は、先頭を進む。

 船頭役の親衛隊員はドワーフだった。

 イワン・ヤナーエフと名乗っていた。


 なぜ船頭なのか尋ねたところ、ドワーフは暗闇でも、ものが見える。

 水中の岩なども見分けられる。

 それで深夜の船頭に、最適だとのこと。

 軍事的な移動なら、夜間も移動するだろうと言われた。

 その説明に、うれしくなって思わず顔がほころんでしまった。


 ドワーフの目は光を見る以外に、暗闇でも物体を識別できる。

 ドワーフの間では、赤い目と呼ばれている。

 光の届かない場所では、目が赤くなって物体の識別をするらしい。


 話を聞いて、理論的には赤外線に近いと思った。

 得意なものは、赤い目で鉱物の性質を見分けられるとのことだった。

 個人差があって、天性の才能の領域とも聞いた。


 確かに赤外線なら、座礁の確率は減るだろうなぁ…。

 俺が詳しく見てないうちに、皆いろいろやっていたんだなと、感慨深いものがあった。



 ポンシオの詰めている城までは、大体60キロの距離がある。

 船で下流に進むので、数時間で到着した。

 

 中規模の城だが、300名くらいが詰めている。

 戦闘員が120名ほどで、残りが非戦闘員だ。

 アンティウムを攻撃しようとすると、敵の補給線遮断を狙える。

 この城は堅固で、1000人で力攻めをしても、そう簡単には落ちない。


 この城を攻めようとすると、アンティウムから、後背を襲える。

 60キロは遠く思えるが、船での移動ならば時間がかからない。


 城の名前を決めてくれと言われたので、適当にマントヴァと名付けておいた。

 いつかストックがなくなりそうで怖い。


 俺は築城の際に高い城壁だと、魔法に対して弱い点を指摘。

 旧来の高い城壁を作る時間もないし、効率もそこまで良くない。


 その指摘に答える形で、星形要塞のような形状になった。

 しかし、原型でまだまだ荒削りだ。

 ヴォーバン様式のように、洗練は全くされていない。


 そのマントヴァに到着すると、ポンシオが出迎えてくれた。


「ご領主さま、お待ちしておりました!」


「ポンシオ殿、お久しぶりです。

前の防衛戦ではお手柄のようでしたね」


 ポンシオが照れたように笑っていた。

 そのまま、城の中を案内される。

 俺の隣で、ポンシオが、熱心に城のことを説明してくれる。


「城内での疫病対策として、風呂を用意してあります。

居住区間は広めなので、密集による病気の伝染も抑えられると思います。

食糧は半年ほど持ちます」


 細かな点については、特に突っ込まない。

 あとは実戦をへて洗練させていくべきだろうな。

 などと話しているとポンシオから、兵士たちに訓示をしてほしいと言われた。


「一般の兵士が、アルフレードさまにお目にかかる機会は少ないです。

そこで彼らに対する期待などを伝えていただければ、士気も高まります」


 確かに一理ある。

 断るのは愚策と言うものだ。


「分かりました。

明日、帰還する前に訓示しましょう」


 帰還できるかは風次第だけどな。

 無風だと上流に向かって進むことはできない。

 逆風なら風をついて進める。


 明日は、明日の風が吹くか。



 夕食時には、ポンシオといろいろと話す。

 俺は防衛時のことを聞きたかった。

 士気を保つ方法や、心構えだな。


 俺の質問に、ポンシオは照れたように笑っていた。


「実は…攻撃を受けて、撃退するのがとても快感なのですよ…。

ざまあ見ろって感じで、思わず高揚してしまいます。

親父は攻撃が好きなのですが、俺は、そっちより、防御がしっくりきます」


 あの防衛戦が切っ掛けで、隠されていた性癖に目覚めてしまったのか。

 受け専門…ポンシオはドMだったのか?


 攻撃させないほうが良いのか? 部下もドMなのか?

 気にすると、深みにはまりそうだ…。

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