296話 相応しい見送り

 先生との会話が終わり、執務室に戻る。

 そしてプリュタニスを後任の顧問にすることを全員に通達した。


 2人で話した内容を、ミルとキアラが聞きたがったが、あとで話すとだけ伝えた。

 そして3日後、先生が亡くなったとの報告を受けた。


 昼になっても出仕しないので、見にいったら亡くなっていたと。

 部屋には酒瓶が、床に転がっていた。

 そんな報告に、少しだけ笑いそうになった。


 たぶん、先生のユーモアだろうな。

 ミルとキアラは、お互いに抱き合って泣いている。

 そうやって、素直に悲しみを表現できるのは、やはりうらやましい。


 俺は2人に、葬式から3日間は休むように伝えた。

 2人は驚いたが、嘆いている状態で、冷静な判断はできないだろう。

 それと心から悲しんでくれる人がいるなら、そうさせてあげたかった。

 だが、2人の抗議じみた視線を受ける。


「私は性格的に、こんな時でさえ…悲しむことができないのです。

ですが、悲しむ人のための時間くらいは、作ってあげられます。

だから、その時間で先生のために悲しんであげてください。

補佐官はその間、私が預かります」


 俺の淡々としたセリフに、2人はしばらく俺を見ていたが、黙ってうなずいた。

 補佐官たちは先生との関わりが薄いので、同じ職場の人が亡くなった程度の認識だ。

 だから補佐官たちには、通常どおり頑張ってもらおう。


 補佐官に葬儀の準備を手配した。

 国葬ではないが、ラヴェンナ公式の葬儀とする。


 こんな時でも、仕事は追っかけてくる。

 俺のこなす仕事量は増えるが、数日ならさばききれる。

 わずかな仕事の合間は冬明けの視察プラン、防衛体制の後方支援計画の策定を行う。

 

 仕事をすることで、気を紛らわせるわけではない。

 今は、皆の時間を作ることに集中したかったのだ。


 1日の仕事を終えて、部屋に戻る。

 葬儀の弔辞の原稿を書かないといけない。


 ミルは部屋に戻っていたようだ。

 日中は、葬儀の手伝いをしてくれている。


 それなら先生も喜ぶだろう。

 俺は、ミルと軽く会話を交わしてから、机に向かって先生への弔辞を考える。

 公的な葬式なので、今までの業績をつらつらと書いていく。

 無心で書いていたが、肩をたたかれた。

 ミルがものすごく心配そうな顔をしていた。


「アル大丈夫? さっきから話しかけても、返事がなかったわよ」


 ああ、無心で書いていたからか。

 思わず頭をかいてしまった。


「ゴメン、気がつかなかったよ。」


 ミルは弔辞に、目を通して小さく笑った。


「ファビオさんの業績、そんなにあるんだ。

知らなかったわ」


 俺はふと、われに返って弔辞を見た。

 気がつけば何枚もびっしり書いていた。

 ついつい苦笑してしまう。


「顧問だから、関わったことが多いんだよ。

思いつく限り書き出したら、そうなってしまったな。

あとでちゃんとまとめるさ」


 俺が弔辞にまた取りかかろうとすると、後ろからミルに抱きしめられた。


「葬儀は明後日よ。 

今日はもう休んだほうが良いわ」


「そんなに俺、危なっかしく見える?」


 ミルは俺を抱きしめる腕の力を、少しだけ強くした。


「少しね、それより私を慰めてほしいほうが大きいかな」


 冗談めかしているが、たぶん俺のことを心配しているんだろうな。


「分かった、今日はここまでにするよ。

葬儀の準備は、任せっきりで大丈夫かな?」


「オラシオさんが張り切っているから大丈夫よ。

私とキアラは手伝っているだけだから」


「そうか、じゃあ大丈夫だな」


 今日は、ミルの言葉に従って休むことにした。

 ベッドに入って、少しミルと話しているうちに眠りに落ちてしまった。

 どうやら思ったより疲れていたようだ。



 翌日も政務を、ひたすら処理している。

 補佐官の教育が、ちゃんとできているので、俺の仕事量はかなり抑えられている。


 よく見ていないが、ミルとキアラはちゃんと教育してるんだな…。

 仕事は問題なくできているが…一時的に俺の直属になったせいで、補佐官が緊張している。


 オーバーワークにならないように、俺が注意してやらないとな。

 時折、プリュタニスがやってきて、俺は政務の相談に乗る。

 目が回るとまでいかないが、慌ただしい。

 

 昼食をミル、キアラと食べても食べ物の味がしない。

 これが俺としての悲しみ方なのかもしれないな。

 ついつい笑ってしまったが、かえって2人に心配されてしまった。


 仕事が終わってから、残りの弔辞を書き上げる。

 けっこう分厚くなったけど…良いか。


 転生前は長い弔辞は退屈だった。

 実感がないってこともあるが、弔辞にそんな感想を持つ俺は、どこかが壊れているようだ。


 自分が弔辞を述べる段階になると、削って良いエピソードが思いつかなかった。

 それでもあまりに細かいことは削って、ようやく完成した。


 その厚さを見たミルは困惑顔だったが、俺を見てほほ笑んだ。


「アルの弔辞なら、ファビオさんは喜んでくれるわよ。

だからアルが思ったようにするのが良いと思うわ」


「そうだと良いな。

うまく弔辞が述べられると良いんだけどさ」


「アル、弔辞は生きている人が亡くなった人の思い出を、皆と分かち合うものよ。

アルがどう思っているか通じれば良いの。

だから難しく考えなくて良いのよ」


 また理屈っぽくなってしまったのか。

 どうもこのあたりの自然なやりとりは苦手だな。


「そうだな、有り難う。

参考にするよ」


 弔辞を手直しして休もう。

 手直しが終わってからベッドに入る。

 やはり疲れていたのだろう、すぐに眠りに落ちてしまった。



 そして葬儀当日になる。

 今日は、少し寒いが快晴だ。


 葬儀は町の広場で行う。

 棺台に載せられた先生を横に、それぞれが弔辞を述べる。


 俺が最初に、先生の亡骸の横に立つ。

 広場に集まった人たちを前に、原稿を手にする。

 最初に、分厚い弔辞を読み上げようとして、言葉に詰まった。

 ふと、先生の遺体に目を向ける。


 勿論、遺体が語りかけることはない。

 だが、『坊主、さっさと言えよ』と言われた気がした。


 俺が黙っていることに、周囲が少し動揺しはじめた。

 俺は、静かに息を吸い込む。

 

「私は今日の葬儀に、先生の弔辞を述べようと、いろいろ考えて原稿を書きました。

ですが、先生に向けるべき言葉は、業績をただ列挙すべきではない…と、今になって、気がつきました」


 俺は、原稿を懐にしまう。

 そして先生の遺体に向かって一礼する。


「先生、今まで本当に有り難うございました」


 これが、俺が先生に伝える最後の言葉で良いと思った。

 そして弔辞の原稿を、先生の遺体の横に添えた。

 暇だったらあの世で読んでくれ。


 そのあとそれぞれが、弔辞を述べていった。

 俺の一言のあとで、皆は困惑したようだ。

 悪いことをしてしまったかな…。

 全員の弔辞が終わると、棺台を薪の上に載せる。


 そして全員が、口々に『さようなら』と言って火をつける。

 俺は黙って、遺体が焼かれるのを見ていた。

 ミルとキアラは、人目もはばからず泣いている。


 男たちの嗚咽も聞こえた。

 見ると探検隊のメンバーだった。

 あの探検以来、個人的に親しくなっていたな。



 そこに遅れて、チャールズがやってきた。

 防衛準備で多忙だが、無理に時間をひねり出したのだろう。

 炎を前に、チャールズは懐から出した酒瓶を掲げた。


「ファビオ博士の充実した人生に」


 そう言って、酒瓶に口をつけた。

 そのあとチャールズが、俺に酒瓶を差し出した。

 俺は小さく笑って、酒瓶を掲げて口をつける。

 これ以上、余計な言葉を重ねて、思い出を薄めたくはなかったからだ。

 そんな感傷混じりの薄めない酒は、思い出のようにとても苦かった。


 それを見た男たちは思い思いに、酒瓶を掲げて口をつけた。

 先生に相応しい見送りだな。


 葬儀の終わりを見届けて、チャールズはとんぼ返りした。

 3日ほど、ラヴェンナ全体で喪に服すことを布告してある。

 そこまでは、皆で先生を悼んで見送ってほしい。

 喪に服していても、皆の営みは続く。

 俺の仕事は途絶えることはない。

 黙々とやれることをやっていく。



 喪が明けて、ミルとキアラが仕事に復帰した。

 2人に引き継ぎをして、椅子に座り込む。


 唐突に体が重たくなった。

 気が緩んだのか、深くとても重い疲労を実感した。

 そんな様子を見たミルが、俺の隣にやってきた。


「アル、ここ数日間有り難う。

今日はもう休んで。

すごく疲れているでしょ」


「そうですね…お言葉に甘えて、今日は休ませてもらいます。

緊急の用件があれば遠慮せずに、私に報告してください」


 そのまま、部屋に戻ると瞬く間に、眠りに落ちてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る