295話 けっこう良い人生

 7人だと? これは予想外だった。

 俺の驚いた様子に、満足げな顔の先生。


「教会から認定されるのが使徒なら、6人で合っている。

能力で見たなら7人だ。

第一の前に、1人いたのさ」


 厨二病的にゼロ番目か。


「その頃は、教会が人を消すなんてやらないでしょう。

そんな力のある人が、消されるのですか?」


「そりゃ第一使徒が消したに決まってるだろ」


 そうだけどさ…なぜだ。


「その番外の人が何かしたのですか? 虐殺とか」


 先生が指を振る。


「甘いな、アルフレード。

その前に、当時の世情から説明させてくれ」


 これは、歴史好きの血が騒ぐ。

 思わず、身を乗り出す。

 そんな俺を見て、先生は苦笑した。


「当時は荒廃した世界でな。

法なんてものもない。

そんな中、人々は身を守る手段として、コミュニティーに所属することを選択した。

つまりコミュニティーの誰かが、危害を加えられたら、そのコミュニティー総出で報復をする。

それで最低限の社会秩序が維持されていた。

そのコミュニティーを束ねていたのが貴族で、その上が国王さ」


「原始的ですね。

では…コミュニティーに属していない人は殺され損でしょうね」


「ああ、それで合っている。

そして当時は、面目が大事とされた社会だ。

さらに怒りの沸点が、とても低い。

シルヴァーナだったら秒単位で殺される世界だ。

笑われただけで人を殺す世界だぞ。

立ち小便を笑われただけで、集団同士の殺し合いに発展したことすらある」


「血の気が多すぎませんか」


「自分が笑われたとなると、コミュニティーが笑われると同じだ。

甘く見られたら、そのコミュニティーは滅ぼされる。

今から見れば馬鹿な話だが、当時では大真面目だったのさ」


 世紀末過ぎるだろうに。


「そんな世界が、どう関係するのですか?」


「そんなときに、その番外が出てきたのさ。

強大な力をもって、地域に安定をもたらした。

そしてもう一つやったことがある」


 そこがキーだろうな。


「それは?」


 先生が俺を指さす。

 言葉は元気だが、かすかに震える指が病状を悟らせる。

 元気な言葉もにも張りがない。

 指摘しても仕方が無い。

 先生の言葉をじっと待つ。


「『自分たちで考えて、良い社会を作る』つまりお前がやっていることと同じだ」


 それは、困ったワードだな…。

 しかし止める気はない。

 それに目立たないように、辺境でやっている。


「それだけで殺されるのですか?」


 先生が意味深な笑いを浮かべた。


「その番外が、数年かけて周囲を安定させたときの話がある。

当時から教会はあった。

だが一大勢力ではあったが、今のように…ほぼ唯一の宗教ではなかった。

教会の司祭と番外の間に、トラブルが起こったのさ」


「どんなトラブルですか?」


「教会が寄進された土地…。

と言っても、拡大解釈をして寄進されたより、広い分を領有していたが、余分な分を番外が分捕って、本来の所有者に返したのさ」


 それだけだと悪いヤツに見えない。

 教会にとっては悪だろうが。


「教会からはにらまれそうですね」


「ああ、だが…何分強い。

太刀打ちできるヤツがいない。

それとその司祭の話が広まると、他の教会の土地もいろいろなヤツから削られるようになった。

教会にとっては、存亡の危機だ。

当時の風習でナメられたら、その組織は終わりだからな。

そこで教会総出で、神に祈りをささげたそうだ」


 祈っただけで、使徒が沸いて出るものなのか?

 神の力の源泉を知らないが…。


「祈ったら奇跡でも起こるのでしょうかね?」


「さあなぁ、だが…秘術のようなものはあったらしい」


「秘術とは?」


「教会は最初から、同じ教えだったわけじゃない。

前身となる教えがあったのさ。

その古い教えで、神に祈りをささげる方法があってな」


 なんか嫌な予感がするのだが。

 古い宗教の廃れた教義…。


「まさか…生贄ですか」


 先生が、目を細めた。


「さすがだな、その通りだ。

ただし、捧げられるのは信徒でないとダメだ」


 思わず俺は、渋い顔になる。


「どんな生贄ですか?」


「神聖な山で、信徒の子供の首をかき切ってから祭壇で焼くのさ」


 おいおい…。

 人身御供って、古い宗教では確かにあったけど…。

 俺は、自然とウンザリした顔になった。


「えげつないですね…」


「ああ、それで神からの啓示が下るまで、毎週行われたのさ」


「どんな啓示ですか?」


「書物には啓示としか書かれていない。

だがな、20人目くらいだったかな。

その子供が捧げられそうなときに、突如啓示が下る。

と言うか、その子供が突如として力に目覚めた。

それが第1使徒だ」


 待てよ…。

 生まれたときに降ろして成長させるんじゃなかったのか?

 違うパターンも、もしかしてあるのか。

 俺が考え込んでいると、先生が笑いだした。


「まあ、続きがあるから聞け。

言い伝えでは、そのときに神の言葉があったそうだ。

『以降…生贄を禁ずる。

代わりに使徒を、地上に遣わせる』

そんなわけで、第1使徒が成長してその番外と戦って倒した。

番外が影響を及ぼしていた地域は、ごく一部だったからな。

教会によってそんな歴史は封印された。

これが使徒と教会の関係だ。

以降は教会が、唯一の宗教のようになったわけだ」


 教会や神によって、都合が悪いと刺客が送られるのか。

 困った話だ…。


「確かに、こんな話は伝えられませんね」


「だろ? 欲に目がくらんで、子供を作っては殺すヤツらが出てくるからな。

ともあれ、番外が地域を安定させたのは事実だ。

第1使徒がその方法をまねて、教会と協力して神の名の下に、社会を安定させることに成功したってわけさ。

そして第一の子孫が、自分たちの血を高貴だと思った理由も理解できたろ?」


「確かにそうですね…。

でも第一の親から、秘密が漏れなかったのでしょうか?」


 先生が、肩をすくめた。


「ところが第一からは、ものすごく恨まれていてな。

親だから手を出せない。

親も高をくくって好き勝手なことをしていたら、ハーレムの一員に殺されたのさ。

表向きは不摂生の上での病死だったがな」


「しかし力があるだけで、使徒の系譜になるとは思えませんが。

番外が違うルートで、力を得た可能性もありますよね」


 先生は苦笑していた。


「ちゃんと根拠はあるのさ。

その番外は、教会の別派の出身さ。

現在では異端と言われているがな。

コミュニティーの一員が害されると、コミュニティーが報復すると教えたな」


「ええ、ナメられたら終わりとも」


「その異端は少数派でな。

生贄の儀式を継承していたのさ。

その異端派がトラブルで、他のコミュニティーと抗争になった。

切っ掛けは他のコミュニティーのヤツが立ち小便をしたのを、異端派の子供が笑ったことだ。

異端派はどんどん殺されていってな。

起死回生に生贄をささげたら、1発で当たりだったようだ」


 使徒ガチャかよ…。


「何と言って良いか分かりませんよ…」


「同感だな。

つまり信じる神は同じなわけさ。

だから番外と呼んだ。

もし神が生贄に応えるとしたら、番外の行為が不都合だったからだろ。 

その後異端派は、また生贄を試したろうが成功しなかったはずだ。

歴史から消滅しているからな。

だからお前に教えたのさ」


「教わっても…どうしようもないじゃないですか」


 先生は、楽しそうに笑う。


「アルフレードなら、何とかするだろう。

知らないと対策しようもないだろ? 知っていれば、教会を刺激しないように手を打てるはずだ。

俺の後任が、教会から来るだろう。

でも頭に入っていれば間違いは犯さない」


 確かにそうだ。

 そして俺への餞別なのだろうな。

 俺は、深々と頭を下げる。


「先生、本当に有り難うございました」


 先生は照れたように、手を振った。


「たまには師匠らしいことをしないとな」


「銅像もちゃんと建てますよ」


 先生が、ニヤリと笑った。


「死んだ後のことだ、好きにしろ。

どうせ他にも、目的があって建てるんだろ」


 俺はようやく笑うことができた。


「ええ、まだまだ働いてもらいますよ」


 2人で、声を合わせて笑い合った。

 多分…これが最後なんだろうな。

 でも、笑って別れることを先生が望むだろう。

 

 先生が笑い終わってから、俺に真面目な顔を向けた。


「別れの言葉や、後事を託すことができるのはとても幸運だと思っている。

大体のヤツはそんな贅沢ができない。

だから俺の人生はけっこう良いモンさ。

じゃあな、坊主。

しっかりやれよ」


 そう言って、先生は1人で出て行った。

 俺は出て行った扉を、しばらくじっと見つめていた。

 俺の胸にこみ上げるものはあった。

 期待とは裏腹に、やはり涙は出なかった。

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