293話 6人じゃない

 周囲の反応を無視して、俺は先生を待つ。

 ミルとキアラには、今日の仕事は切り上げるように指示。


 動揺した状態では、判断を誤る。

 今の仕事を止めても、周囲に迷惑は掛からないからとの判断だ。


 手をつけているものだけは片付けるとの言葉に、俺は無言でうなずきを返した。

 

 そして先生がやってきた。

 やつれてはいるが元気なようだ。


「おう、待たせたな」

 

 軽く先生は、手をあげた。

 だが、死期が近いことを、自然と俺は感じた。

 線香のような匂いがしたのだ。

 今は、その話をしても仕方ない。


「いえ、いろいろとお伺いしたいことがありますので」


 先生は、軽くせきばらいをした。


「ちょっと別室で話せるか。

男同士2人きりだ」


 先生の目は真剣そのものだ。


「分かりました、別室でお話しましょう」



 そうして簡素な応接室に、2人で移動する。

 会話はなかった。

 気にしてみたが、先生の足取りは普通だった。


 お互い席に着いて、視線を合わせる。

 すぐに、先生が口を開いた。


「時間がねぇ。

知っていると思うが、俺は長くない。

そしてお前に、責任はない。

俺が酒を飲み続けたせいだ。

それは良いな?」


 俺は黙ってうなずく。

 先生は外に、視線を向けた。

 そして誰に聞かせるでもなくつぶやいた。


「ラヴェンナで顧問になる前はな、つまらない人生だと思っていたのさ。

何をしようが、何も残らない。

使徒学を学んで痛感していたのさ。

凡人が何をしようと、ちりが舞う程度で、意味はない

使徒がクシャミをしたほうが、世の中が動く」


 先生は静かに、視線を俺に向けた。

 俺は黙っている。

 時間がないのなら、無駄な問答は避けよう。

 そんな俺を見て、先生は小さく笑った。


「凡人が何をしても無駄。

使徒が全てを決めて、教会がそれを補完する。

ところがここに来て違う世界になった。

俺たちのやったことが、次につながる。

生きてきた意味があると思えたのさ。

そのときは、もうこの体は手遅れになっていたがな」


 そこで先生は、気だるそうに椅子にふんぞり返った。

 少しの間目をつぶって、再び口を開いた。


「アルフレードが考えていることは分かる。

付き合いが長いからな。

俺の後任だろ? プリュタニスを顧問補佐として、仕事を任せている。

アイツで大丈夫さ。

そこでアイツを、正式に顧問にしてやってくれ。

俺は補佐にまわる」


「分かりました。

元々そのつもりでしたからね」


 体のことを聞くのは無意味なのだろうか。

 聞くべきなのだろうか。

 答えを出せずにいると、先生が笑ってた。


「無理に取り繕おうとはするな。

死人に金は無意味だろうよ。

同じく下手な、同情や気遣いも俺には無意味だ。

思ったことを言え」


 こう言われては仕方ない。

 観念して思わず頭をかいてしまう。


「まだお酒は飲んでいるのですか?」


「ああ、味は全く分からないがな。

長年の癖で飲まないと落ち着かないのさ」


 今更飲むなと言っても仕方ない。


「あとは何か言っておくべきことはありますか?」


 先生は俺の困惑顔を、楽しそうに見ていた。


「そうだな…、伝承が正しいなら、使徒はどんな病気でも治せたらしいな」


 不可能ではないだろう。

 どんな、非効率な手段でも、膨大な魔力でねじ伏せることができる。

 先生は気がついているのか? 俺の正体に。


「何でもアリですね。

まさに奇跡です」


 先生は意味ありげに笑う。


「だが使徒は出てきていないな。

だから俺の体が突然健康になる。

そんな見込みはない」


「そうですね、そんな奇跡を安売りする使徒はいませんね」


 先生が苦笑して、首を振った。


「いや…高く売りつける、使徒もいない。

降臨していないからな。

そうだろ?」


 つまり、余計なことはするな…と。

 そこまで達観できるものなのか? 

 だが…俺が今までやってきたことを振り返ると…。


「そうですね、いませんね」


 俺の返事に、先生は満足そうな笑みを浮かべた。


「それによ。

使徒が助けるのは、恋人の縁者か女だけだからな。

こんなオッサンは、最初から対象に入っていない」


 そうなのだろうか。

 目立つから、話として残っているだけで、男も助けているような気もする。

 勿論、気が向けばだろうが。


「そこまで欲望丸出しなのでしょうかね」


「10対1の割合だな。

それで丸出しでないと思うほど、アルフレードは純真なのか?」


「撤回します」


「そうだろう。

それは良い。

改めてアルフレードに言っておきたいことがある」


「何でしょうか」


死んでからもだ。

こいつは約束してくれ。

俺をこんな楽しい事業に巻き込んだんだ。

拒否させる気もないが」


 今までやったことをやり通せと言うことか。

 その言葉を断る理由などない。


「勿論です。

絶対に失望はさせませんよ」


 先生は満足げにうなずいた。


「忘れるなよ。

それとだ…別室にした理由を話そう」


 先生が何か、呪文を唱えた。

 何の魔法だ?

 俺の問いかけるような視線に、先生はニヤりと笑った。


「音声遮断だ。

ミルヴァのやつとは別種だがな、効果は保証する」


「他言無用な話ですね」


 先生は意味ありげに笑った。


「その通りだ。

俺が使徒学を研究したときに、法王庁の極秘書庫を閲覧することができたのさ。

それをとりまとめて発表したわけだが、当然伏せられている事実もあるわけだ」


 それは、当然の流れだな。

 都合が悪くても、何でも情報を、集めるだろう。

 それこそ、新たな使徒の思考を誘導するときに役立つ。


「どこかに書きとどめたのですか?」


 先生が俺の疑問を、鼻で笑った。

 そして自分の頭を指さす。


「そんな証拠を残すような馬鹿をしているなら、俺は、とっくにこの世にいないさ」


 何かの拍子に漏れる危険性があったわけか…。

 意外と用心深かったのだな。


「全部覚えたわけですね」


「そうさ。

さて、ここからが本題だ。

使徒が6人いたと言われている。

だが実際は、7人いたのさ」

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