292話 暗殺者の心構え
寒いと言っても、雪が降る程でもない。
6-7度くらいかな。
操舵訓練で俺が同乗する予定も立てた。
念のため、俺のみが同乗する。
最悪事故が発生したときに、救助対象が俺だけで済むとの判断からだ。
この理屈にミルとキアラは、渋々同意。
それとは別につらい報告をさせたキアラへのフォローといった感じで、視察の休暇日をキアラと過ごすことにした。
この世の男は、俺1人じゃないのにぁ。
この件ではなぜか、ミルまでキアラの味方だ。
つまり何か、重大な合意でもあったのだろう。
それより、魔族対応で頭がいっぱいだ。
そんなわけで、今日はキアラと2人で、町を目的もなく歩いている。
視察ではないので、適当に見て歩いているだけだが。
フロケ商会のおかげで……ある程度ものは出回っている。
だが公共施設が、まだまだ足りない。
最低限公衆浴場だけは用意できている。
遊ぶ場所も少ないが、キアラを見ると俺といるだけでご機嫌のようだ。
機嫌が良いならなによりだ。
途中で、休憩がてら昼食をとる。
「キアラ、そういえばミルとお茶について話していましたけど、いい茶葉を育てられそうですか?」
「エルフがきてくれたおかげで、めどが立ちそうですわ。
ラヴェンナの名物にできると良いですわね」
何かふつうの名物がほしいなぁ。
「ウオッカの質も良いし、ワインもいいものができそうと。
飲み物ばかりですね」
キアラは少し意地の悪い表情になる。
「イノシシ料理がありますわ」
わざと触れないでいたのに……。
「そ、そうですね……。
特産品については徐々に増やしていけば良いでしょう」
キアラは俺の渋い顔を見て、小さく笑った。
「各種族が特性を生かすと、こんなにできることが増えるのですね。
正直なところ驚いていますわ」
「今までの世の中が、そんなことに無関心でしたからね」
結局……政務がらみの話になってしまう。
転生前はワーカーホリックを馬鹿にしていたが、俺がワーカーホリックになってしまった。
因果なものだ。
食事を終えて外にでると予期せぬ災厄が目の前にいた。
俺を見た
「やっと見つけたわよ! 許可頂戴! 許可!」
ダンジョンが当たりだったのか。
「支部長がこないとダメですよ。
正式な契約でないと認められません」
「大丈夫よ。
ちゃんと支部長を連行してきてるから。
こないとギルドから首にされると、脅したら快くきてくれたわ」
「シルヴァーナさん、そんなに偉かったのですか?」
「んなわけないでしょ。
交渉もできないと、アルがブチ切れて冒険者ギルドにクレームをいれたら、そうなるだけよ」
クレームより有効活用しようと思ったのだが。
なし崩し的に、ズルズル引き延ばすことを視野にいれてた。
全部ぶちこわれたが。
あまり関わっている暇がなかったから放置していた。
やはりそんなことでは、思い通りには進まないな。
「では明日にでも、仮庁舎に出頭させてください」
「今日で良いじゃな……」
いつの間にかキアラが、
「シルヴァーナさま。
お兄さまは久々の休暇なのです。
それを中断させるほど、火急の用件なのですか?」
珍しく
冒険者の本能が、危険を察知したらしい。
「わ、わ、分かったわ……。
明日にするから……その殺気を引っ込めない?」
キアラは一瞬冷たい笑みを浮かべたが、すぐに俺に向かってほほ笑みかけた。
そのまま、俺の手をとって歩きだした。
冒険者が硬直するからマジモンだろうな。
もしかして、暗殺者の家に生まれていたのか?
そんな俺の問いを悟ったのか、キアラは天使のような笑みを、俺に向けた。
「お兄さま。
暗殺者は殺気を出すようでは失格ですわ。
それだとただの殺し屋です。
目立つ殺し屋は、無用の長物ですの。
殺気は脅しや交渉のときにしか役に立ちませんから」
前世は、その手の家に育ったわけか。
思わず空いてるほうの手で、頭をかく。
「確かに理にかなっていますね。
しかし……あのシルヴァーナさんが固まるほどとは。
しかも気取られずに、背後に回ったのは、私も気がつきませんでしたよ」
俺の感心した顔に、キアラは指を立てて教師のような顔をした。
俺に何かを教えるのが、うれしくてしかたないといった感じだ。
「脅すときに、効果的なやりかたですわ。
それと人によっては、殺気の感じかたは違いますの。
冒険者は、急所や動きを止められる場所にたいして、すごく敏感ですわ」
これは、下手に怒らせないほうが良いな。
「キアラが怖いと言うことだけは分かりましたよ」
俺の言葉に、キアラが頰を膨らませた。
「それは心外ですわ。
お兄さまにそんなことしません。
それに殺気を飛ばしても無意味ですもの」
「無意味ですか?」
俺たちは歩きながら、会話をしているが、内容はとても物騒だ。
キアラが、少しため息をついた。
「ええ、殺気は絶対に死にたくないと思っている人にしか通じません。
死ぬ寸前の老人に飛ばして、意味があると思いますの?
お兄さまは、生に対しての執着が薄いと思いますわ。
明日死ぬと言われても……笑っているような感じです」
「別に自殺願望はないですよ」
「そうではありませんわ。
ご自身の生死を客観視しているように見えますの。
他人の生死は、ものすごく気にしますよね。
ふつう逆だと思いますけど」
うーん……そこまで客観視している気はない。
そもそも転生したのも、突然死んだからだ。
泣き叫ぼうが、死ぬときは死ぬとしか思っていない。
死んだから……こその発想だけどな。
だからといって死にに行く気はないが。
「考えすぎですよ」
俺の言葉に、珍しく、キアラは、曖昧な表情を浮かべただけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます