293話 政治人間は、人間にあらず

 休暇を終えた翌日のことだ。

 ダンジョンに関する取り決めを、セザール・サリニャックと交渉している。

 今回は法的な問題と、取り締まりの話もあるので、法務大臣のエイブラハムと警察大臣のトウコが同席している。


 税金などの話は、あっさり解決した。

 問題は冒険者が、罪を犯したときの対処についてだ。


 セザールは、弱々しい態度ながらギルドの立場を代弁している。

 何でもイエスとは言わない。


「冒険者の犯罪に関して、逮捕された場合は、ラヴェンナの法律に従うことに異存はありません。

逃亡してしまった冒険者の処遇に関しては、簡単にはお答えできません」


 特に、逃亡者の処遇が争点となっている。


「ラヴェンナの外に逃げれば無罪放免であれば、冒険者を受け入れることは不可能ですね」


 大体は冒険者が、領外に逃亡したら冒険者ギルドが処理することになっている。

 ギルドが領主に、謝罪金を払って終わり。

 

 俺がその理論を突っぱねたのだ。

 犯罪の逃げ得に起因する治安悪化。

 その結果として、発生する損失の計算結果を出すと、セザールの顔から血の気が引いたのだ。


「ですが、謝罪金が殺人1件につき、金貨500枚はあり得無い値付けです…」


 他の領地だと、謝罪金は殺されたのが貧民だったら、銀貨1枚もでない。

 代償として、ギルドにただ働きさせて終わったりする。

 俺からの提示額は、あまりに非常識と思ったのだろう。


 どんな理想を唱えても、食と安全を保証できない領主など存在価値がない。

 他の領地と同じような、軽い気持ちで対処されては困るのだ。

 警告として吹っかけた部分もある。

 最悪のケースとしてチンピラ冒険者が逃亡したときに、冒険者のエース級を雇ってでも逮捕か処刑をさせるつもりだ。

 

「そうですか? 治安悪化に伴う軍事費の増大、経済活動の縮小化を考えれば、さほど吹っかけていると思えませんが」


 セザールがハンカチで、冷や汗を拭った。


「1人の犯罪が領土全体に影響するなど…」


「しますよ。

ラヴェンナの治安は、かなり良いと自負しています。

その結果として軍事費の抑制と経済成長が見込まれます。

治安が悪化してから、必死に犯罪を防いでも、手遅れというものです。

そして市民1人を守るのに、領主として全力を尽くします。

私の言葉は口だけ…と思われないように」


 セザールは、同席しているおくりびとシルヴァーナに助けを求めるような顔をした。

 おくりびとシルヴァーナは、その様子に肩をすくめた。


「アル、許可は出してくれるんでしょ。

逃亡者の問題さえ確約できれば」


「ええ。

冒険者が逃げれば、OKなどと思ってもらっては困るのです。

もしくは逃げたあとで、はした金を差し出して無かったことにすれば良いと思ってもダメです。

私の領地で、犯罪のやり逃げなど絶対に許しません」


「いっそのこと決まった町だけ…出入り許可すれば良いんじゃない?

ダンジョンの近くに、冒険者用の町を作るのよ。

そうすれば、だいぶん取り締まりは楽になるでしょ。

逃亡も難しくなるわよ。

残った冒険者の肩身が狭くなるからね」


 俺はトウコに、視線を送る。

 トウコは俺の視線を受けて考え込む。


「確かにそれなら、警備は楽になる。

問題は町を、だれが作るのだ?」


 その通りだな、冒険者用の町を作るのは別に良い。

 だが俺たちが作ってやるのは、ずれている気がする。

 俺たちが来てくれ…と頼んでいるわけではないからだ。


 おくりびとシルヴァーナが腕組みして考え込む。


「ダンジョンが当たりだけど、超当たりか…までは分からないのよね。

超当たりなら先行投資で、言われなくても自治権込みでギルドが町を作るだろうけど」


 セザールも、我が意を得たりとうなずく。


「ええ…ですので、ギルドとしても町を作る資金までは…」


 少し意地悪な質問をしてやるか。


「つまり、われわれに町を作らせて、全部管理しろと言われるわけですね」


 セザールが口ごもる。

 おくりびとシルヴァーナが、ジト目で俺をにらむ。


「アル、意地悪してるわね。

町の建築費分は、税率増で分割払いってどう?」


 それを、ギルドが受けられるのか? 無難な着地点だが。


「ギルドとしてはどうなのですか?」


 セザールは、干からびそうな勢いで、汗をかいている。


「それでしたら、なんとか本部の承認を得られると思います。

念のため確認ですが、罪を犯して逃亡した冒険者がいた場合、ギルドは免責される認識でよろしいですか?」


 なぜ免責になるのだ。

 取り締まりやすくしたから、ギルドは無関係なんて認めないぞ。


「いえ、こちらとしても全力で逮捕に努力しますが、仲間などの手引きで逃亡した場合は、ギルドが責任を持って、首か身柄を引き渡してもらいます。

ギルド自身で捕縛依頼を出してくれれば良いですよ。

解決までは税率を上げます。

解決したら、上乗せ分は返却しましょう」


 俺はエイブラハムに、視線を送る。

 それを受けて、エイブラハムが小さくうなずいた。


「そのあたりなら妥当でしょうな。

本来はギルドが、町を作ってわれわれが自治権を与えて、そこ以外は立ち入りを禁止すれば楽でしょうけどね」


 それだと楽で良いな。

 市民があまり関わらないようにすれば、治安の悪化は抑止できる。


「現時点では、シルヴァーナさんの案で良いでしょう。

ところで町ができるまで、冒険者は待てるのでしょうか? 最優先で作らないから時間はかかりますよ」


 おくりびとシルヴァーナが、ニヤリと笑った。


「今雇っている冒険者たちにも手伝ってもらうのよ。

労働力が足りないなら、ギルド経由で追加の作業員を雇ってもらえる?」


「それだけで労働力が足りるのですか?」


「最低限ならすぐできるわよ。

あとはおいおい作っていけば良いでしょ」


 結局こっちが金を出す羽目になったか。

 このあたりが限界だな。

 冒険者は基本的に規制されずに活動できるのが普通だからな。


 俺は、トウコとエイブラハムを見た。

 2人ともうなずいている。


「分かりました、それでいきましょう。

サリニャックさんはそれでよろしいですか?」


 セザールは、ゴールが見えたようで露骨にほっとしていた。


「は、はい。 

それで結構です」


 そのあと、正式に契約を交わした。


 おくりびとシルヴァーナが、俺に笑いかけた。


「じゃあ大急ぎで準備するわよ」


 言うが早いか走りだしていった。

 元気だなぁ。



 あきれつつも、執務室に戻ると公衆衛生大臣のアーデルヘイトが待っていた。

 ものすごく深刻な顔をしている。

 

「アーデルヘイトさん、どうかしましたか?」


 アーデルヘイトは1分ほど、何かを言いかけては、口ごもる動作を繰り返していた。

 事態の深刻さをより想像させる。

 ようやく、俺を正面から見据えたが、少し震えていた。


「はい、ファビオ博士のことです」


 前に医療班に見てもらったよな。

 症状が、かなり悪いのか。

 しかし、報告までに随分時間がかかったな。

 事情がいろいろとありそうだ…。


「思ったより悪いのですか?」


 アーデルヘイトがうつむいていた。


「本人から口止めされましたが…。

アルフレードさまに報告をしないわけにもいきません。

今日になって…ようやく納得してもらえました。

以前から吐血をしていて、すでに手遅れになっています」


 部屋が一瞬凍り付いた。

 俺も言葉に詰まってしまった。


 先生のことは、アーデルヘイトの責任ではない。

 だが不用意な発言は、アーデルヘイトを無駄に傷つけてしまう。

 責任があるとしたら俺だろうな。


「先生はなぜ今まで言わなかったのでしょう」


「それに関してはあとで、本人から直接話したいと言っています。

ですが…一点だけ

『アルフレードさまのせいではない。

自分で選んだ結果だ』

とだけ言われました」


「本人は療養する気もないのですか」


 アーデルヘイトは力なく、首を振った。


「ファビオ博士は

『長くないなら好きなことをさせてくれ』

と言われました。

私も博士の思うようにさせたほうが良いと思います」


 どうにも手の施しようはないということか。

 酒浸りの生活だったからな…。

 何年前から節制していれば良かったのか。

 いや節制などしないだろうな。


「分かりました、私から出向きましょうか」 


 アーデルヘイトはゆっくり首を振った。


「ファビオ博士は今のところ普通に動けています。

それにご本人から

『死ぬまでは普通に接してほしい』

と言われています」


 ならば先生の意思を優先しよう。


「では、先生を呼んでください」

 

 アーデルヘイトはうなずいて退出した。



 思わず、ため息がでてしまった。


 俺自身を責めることを、先生が望まないらしい。

 こんなときは、どうすれば良いのだろうな。


 転生前も自分が異常だと思うほど、近親者の死去には淡々としていた。

 死を悼みはするが、それだけだった。

 人が死んで泣くことも、全くなかった。

 泣けないのだ。


 そして俺は、今も淡々としている。

 動揺して悲しんでいる、ミルやキアラが無性にうらやましくなる。


 なぜなら、俺は先生が亡くなったあとのことを自然と考えてしまっていた。

 どうしてもアンティウムの統治形態の手直しが必要になる。

 今後の方策などが頭を占めている。


 普通の人は悲しみが頭を占めて、そこから徐々にやるべきことに向かって歩き出す。

 それが健全だろう。


 真っ先にやるべきことを考えた俺は、領主としては正しいが、人としては失格だろうな。


 政治人間は、人間にあらず。

 人間とついていても違う生き物なのだろう。


 自嘲するしか、俺はできなかった。

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