291話 大きすぎると他人には見えない
運河の工事が再開した。
だが冬になっており、作業員に病気が広がらないように注意喚起と、そのための作業工程の調整について、開発大臣ルードヴィゴに確認をした。
やはり相当慎重になっており、抜かりはなかったようだ。
問題は慣れてきたときだな。
そのあたりは見守りつつ、緩みが見えたら指摘をすれば良い。
首都との情報伝達も、いろいろと手直しをしながら、構築が進んでいる。
わりと平穏だった日の戦略会議直前に、耳目からキアラに一報がもたらされた。
キアラの顔色がこわばっていた。
俺に報告をしようとしたが、会議直前だったので会議上での報告を頼んだ。
今のところ使徒か王位継承がらみ以外で、内密にする話はない。
キアラは不承不承承諾した。
と言うことは、俺に関しての良くない話だろうな。
どちらにせよ、内閣のメンバーには知ってもらっても良いだろう。
一通りの会議が終わったあとで、キアラに報告を指示した。
キアラが、渋々と報告書を取り出した。
珍しいな、そこまで嫌がるのは。
一同もけげんに思ったようだ。
キアラは観念したように、大きく息を吸ってから口を開いた。
「耳目からの報告ですわ。
事故と対策の公表を行った件についてです」
すごくつらそうにしていたが、俺が代わって読み上げる気はない。
報告する役目は全うしてもらう。
そうでないと後々、キアラが自己嫌悪に陥るだろう。
俺の視線を感じて、意図が伝わったらしい。
キアラが小さくうなずいた。
紙を持つ手が少し震えている。
「公表された件について、ごく一部でお兄さまを非難する声が上がっています。
内容はと言いますと…。
『事故を起こした無能な大臣に、責任を取らせずに続投させている。
結局民がいくら死んでも構わないのだろう。
人民はただの数で、いくらでも替えが効くと思ってることが、よく分かる。
慰霊碑を建てても、それは税金だ。
俺たちの金をパフォーマンスとして使っているだけだ。
謙虚に見せかけているが、言動が矛盾していて、ただの偽善者ではないか』
と一部の同調者と共に騒いでいます」
キアラは言い終えると、とても疲れた感じでうなだれた。
つらい役目をさせてしまったか。
でも情報を任せるからには、聞き心地の良いことだけを話すのは駄目なんだ。
それより、ルードヴィゴが非難されたのが、気になる。
俺がルードヴィゴを見ると顔色が悪かった。
「ルードヴィゴさん。
私はあなたが、一番の適任であると言う認識は変わっていません。
ですので胸を張って、仕事をしてくれれば良いです。
的外れな非難であれば、気に病むことはありません」
俺の言葉にルードヴィゴが力なく笑っていた。
ここで心が折れないように、守ってやる必要があるな。
それに、部下に対する非難のための非難は座視できない。
逮捕するなど公権力で抑圧する気はないが、言論には言論で対抗する。
「キアラ、私の名前で布告をだしてください。
今までルードヴィゴさんの業績を列挙した上で、大臣として適任であって余人をもっては代えがたい。
今後、根拠のない非難を浴びせるものには、根拠を問いただすとも付け加えてください」
ルードヴィゴは俺の話に驚いたようだ。
キアラは、少し元気になったようだ。
力強くうなずいた。
俺は、一同を見渡す。
「仕事をしていれば、こんな話も出てきます。
その非難が正しいときは改めれば良いのです。
的外れで非難のための非難であれば、そのことで気に病むことはありません。
必要であればまた布告をだしますよ。
余りに執拗なら、私が直接公衆の面前で問いただします」
あれ? 皆の反応が微妙だな。
『違う、そうじゃない』
そんな顔をしている。
俺が困惑していると、隣にいるミルが俺をつついた。
「アル、それは良いけどね。
アルへの誹謗中傷は放置して良いの? 皆それを怒っているのよ」
あ、そっちか。
思わず頭をかいてしまった。
「うーん内容を聞いて、ただのストレス発散か、承認欲求の発露だろうと思ったので、腹が立たないのですよね」
教育大臣のクリームヒルトが、いぶかしげな顔になった。
「確かにアルフレードさまの言われるように、ただわめいているだけのようですけど、お怒りにならないのですか?」
「キアラ、この騒いでいる御仁は、前も騒いでいた人ですよね」
キアラは黙ってうなずいた。
「その人は、どうも偽善者と言う言葉がお気に入りのようです。
それが言う前提で、話を組み立てているでしょう。
論理が明確でない話で偽善者と断言するのは、一言で言えば『お前が気に入らない』ってだけですよ。
それを認めたくないので、無理に言葉をかき集めて着飾っているのでしょう。
服の上から下着をつけるように滑稽ですよ。
だから考える価値はないと思います」
俺の他人事のような論評に、オラシオ総督が渋い顔になる。
「それならなおさら放置しておいて良いのか? 領主の権威が落ちると、おとなしい民でも、何かの拍子に図に乗る可能性があるぞ」
確かになぁ、それは一理ある。
「それは分かっていますけどね。
その話に同調する人は増えているのですか?」
キアラが、首を横に振った。
「いえ、一部だけでそれ以上は増えていませんわ。
ですが彼らが騒ぎ立てて、迷惑をしている人も当然います。
あと…調べさせたのですが、その人たちに共通点がありますの」
「それは何ですか?」
「以前お兄さまが、子供を人質に取った移民を切り捨てましたよね」
「ええ、ありましたね。
あのあとの説教のほうが…」
キアラの視線が厳しくなった。
「またお説教しますわよ。
ともかく騒いでいる人たちは、その罪人の親類と友人たちですの。
お兄さまは、完全に逆恨みされていますわ」
ああ…それはうかつだったな。
「なるほど…。
それで気に食わないと。
彼らが初めてラヴェンナに来たときに、反感覚悟で強く釘をさしましたからね。
それに処罰が加わってこうなりましたか」
警察大臣のトウコが、身を乗り出した。
「そこまで、ご領主が嫌いなら出て行けば良いだろう。
そいつらは、それだけ自由に誹謗中傷が言えるのは、ご領主が許しているからだと、気がつかないのか」
気がつくわけがない。
気がつくならもっと利口にやっている。
その程度だからこそ、放置して差し障りがなかったわけだが。
思わず苦笑してしまった。
「そうですね、ここでの生活を捨てたくはないのでしょう。
少なくとも飢え死にはしません。
ここに来る前よりは、ずっと良い生活ですからね。
ラヴェンナの暮らしは悪くない。
だが領主は気に入らないって話です」
トウコが首を振った。
「身勝手すぎるだろう。
俺ならたっぷりかわいがってやるぞ」
君がやったら半殺しだろう。
とはいえ、ここまでくると放置もできないか…。
ただ何をするにしても、法的根拠が必要だろう。
「法務大臣としてはどう考えますか?」
法務大臣のエイブラハムが、腕組みをして考え込む。
「明確な法律違反ではないですね。
ただ一般人が、迷惑をしているのであれば、警察が警告をすべきでしょうね。
本来は一般人からの告発がないと動くべきではないでしょう。
われわれから、そうするように仕向けるのも良くないと思います」
素晴らしい。
俺が見込んだとおりの筋の通し方だ。
そこに…この手の会話には、あまり加わらない建築・科学技術大臣のオニーシムが身を乗り出した。
「それなら誹謗中傷を、公衆の場で騒ぎ立てて迷惑を掛けるなと、布告をだせば良かろう。
人を集めて演説するのは、許可制にでもしたら良いだろ」
一同が、顔を見合わせた。
予想外の人物からの、的確な提案に驚いたのだろう。
ミルも久しぶりに、口をOの字にして驚いていた。
「頑固ウオッカ、やるわね…」
オフィシャルな呼び名にしたのかよ。
オニーシムがフンと鼻をならした。
「植物フレンズは堅く考えすぎだ。
迷惑を顧みずに騒ぐヤツはしつけが必要だ。
そもそも皆が暮らしやすくするための法律だろう」
ミルのあだなはそれかよ。
ちょっと笑いそうになったら、ミルが俺をにらんだので真面目くさった表情になる。
名前はともかく、見事な正論だ。
法律の本質を的確に捉えている。
感心している俺をオニーシムがジロリとにらんできた。
「ご領主はもう少し、自尊心を強く持っても良いと思うぞ。
イチャモンつけられて意に介さないと、周りがヤキモキする」
公衆衛生大臣のアーデルヘイトが首をかしげた。
「そうですか? マガリ婆は、アルフレードさまの自尊心はとんでもなく大きいから、普通の人にはないように見えるって言ってましたよ」
やれやれ…あの婆さん余計なことを言ってくれる。
オラシオが首をかしげた。
「そうなのか? あの老婆殿の言うことだから、出任せとは思えないが。
ご領主はどうなのだ?」
「私はいちいち、人を見下したり比べたりしないと、自分をたもてないほど、自尊心には飢えていませんよ」
トウコがそれを聞いて笑いだした。
「確かにそれは、でかすぎて見えないな。
それだけでかければ、小人のイチャモンは気にならないわけだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます