288話 誠実な人

 翌日は新領土での問題点などの聞き取りを始めた。

 オラシオは俺が、いろいろダメだしをするのかと緊張していたが、要望しか聞かないので、肩透かしを食らったようだ。

 視察にきて、現場がやっていたことを、乱暴にひっくり返すのはタブーだ。


 あくまで、手伝いにきたからだ。

 手に余る事態で、現場が膠着しているのであれば、話は別だが…。

 数日は視察と聞き取りに、終始するように指示した。


 首都から回せるリソースも有限だ。

 ある程度、全体をつかんでから現場と調整になる。


 転生前の若い頃は、視察なんて邪魔としか思っていなかった。

 事実セレモニーのようなものだったので、仕事の時間が減るだけ。

 

 社内政治的には意味があるんだけどね。

 

 もう一つ、馬鹿にできない効果があることに、歳をとってから気がつかされた。

 顔合わせをしていない上層部からの完璧な指示より、欠点は多少あっても、直接視察をしたあとでの指示のほうが、指示の徹底が早く、士気も上がる。


 それは、当然理由がある。

 日本は組織の下部が優秀で、幹部になるほど馬鹿になると言われていた。

 旧日本軍と基本的な体質は同じだからな。

 実務者と管理者に求められる才能は別なのだが、それを意識しない社会だった。

 俺が死ぬ前には、徐々に薄れてきていたようだが、それでも伝統の根は深い。

 同一民族だと、こんなとき伝統に足を引っ張られる。


 優秀な兵士が優秀な指揮官とは限らない。

 優秀な選手が、優秀なコーチや監督になるとは限らない。


 その違いを意識しないまま、年数がたつとどうなるか。

 教育を受けない社員が出世していき、文化になってしまう。

 管理や経営の教育…つまり理論がない世界で生き残るのは何か。

 精神論だけが生き残る。

 

 だから幹部の言うことも具体的でないか、自分の成功体験をリピートさせようとする。

 下からすれば『口を出すなら、現場を見てからにしろ』という風潮になる。

 『上は現場のことを知らない』と言われるパターンだ。

 その反動で、管理や経営の学問を信奉するケースがある。


 一見正しいようだが、日本はリバーシブル社会だ。

 中身を変えずにガワだけの価値観が、180度裏返る。


 東洋の学問万歳から、西洋の文明開化万歳。

 日本皇国万歳から民主主義万歳。

 死ぬ間際は、西欧万歳から、日本万歳に切り替わる途中だったな。

 不必要に戦後から、日本はダメだと言い続けてきた反動でもあるが。


 本質は変えずに、表向きの主張を180度変える。

 融通無碍の社会ならではの特技だが…。


 単純に裏返るから、現場を無視して、理論優先でうまくいかない。

 現場を無理に、理屈に合わせようとしている。


 どんな仕事のしかたで、どう指示伝達がされて、組織が回るかを無視。

 コンサルとかが入ると、かえって現場を混乱させるのは、そのためだ。


 現場の実情と理論を、バランスよく融合させる文化をつくらないとけいない。



 そんなわけで、現状はタダの視察と聞き取りのみ。

 それらを追えたあとで夕食となり、そこでの話題は、魔族との戦いの話に当然なる


 オラシオが骨つき肉をかぶりついたあと一呼吸いれて、俺に視線を向けてきた。


「ご領主…魔族との戦いが避けられないのだな」


 俺はミルとキアラのジト目をスルーして、骨つき肉にかぶりついていた。

 総督なので礼儀正しく振る舞って、ストレスがたまっているだろう。

 それもあって俺がいる間は、昔のスタイルで良いと明言したのだ。

 そのときのオラシオのうれしそうな、つぶらな瞳は忘れられない。


「オリヴァー殿の見立ては間違っていないでしょうからね」


「なぜオリヴァー殿とやらを、そこまで信用するのかな? ご領主は、敵や中立的な相手に関しての判断は実にシビアだろう」


 当然、理由があるのだけどね。

 ミルとキアラを見ると、2人とも実は知りたいと思っていたようでうなずいた。

 ジト目のままだけど…。

 俺は骨つき肉を片手に持ったまま、説明をすることになった。


「それは彼が誠実だからですよ。

そして誇り高い人物と感じました。

誠実で誇り高い人間は、小さな嘘はつきませんよ」


 大きな嘘は必要ならつく。

 大局観にそって、それが利益になるならばだが。

 それを見抜けないようでは、外交をする資格などない。

 それに大きな嘘は、こちらでも利用できる。


 そしてその場しのぎの、小ざかしい嘘はつかない。

 俺はオリヴァーと話して、そう感じたのだ。


 ミルはジト目のまま、首をかしげた。

 器用だな…。


「その言葉だと、大きな嘘はつくのよね。

それってどんな嘘なの?」


「例えば

『今回の戦いは、魔族全体が敵対したわけでない。

一部の過激派が暴走したものだ。

魔族はラヴェンナと対立するつもりはない』

みたいな嘘ですね。

交渉を着地させる大義名分になったりします」


「ああ…建前って大きな嘘とも言うのね。

それと誇り高いのは、話し方から分かるけど、誠実かまで分かるの?」


「彼は魔族の代表で、魔族の利益を守る態度を、はっきり表明しています。

外交の場では、とても誠実ですよ」


 世界平和のためとか、外交官が言ってきたら眉唾だ。

 話の着地点も不明になる。

 それが有効なときもあるが、捕虜交換の休戦協定を結ぶときには有効でない。

 俺の返事にオラシオがうなずいた。


「確かにそうだな。

交渉の場で、相手の利益を優先するなどというヤツは信用できないな」


 自分の共同体を犠牲にして、私腹を肥やすときは、相手の利益を重視しやすい。

 

「交渉でお互いの利益を、最大限のところに着地させたわけです。

あやふやな立場で、目先の利益を優先しませんでしたからね。

休戦協定を破るときは、魔族の利益を踏まえて破るでしょう。

立場があやふやな人が主導したら、あやふやな理由で破ります。

自分の立場を自覚していない人が主導したら、無自覚な理由で破ります。

破る理由がはっきりしない相手に、休戦なんてできませんよ」


 キアラはジト目が疲れたのか、元の顔に戻ったが…あとでお説教と顔に書いてあった。

 勘弁してくれ…。


「休戦協定を破るときは、そのほうが魔族の利益になると踏んだときですの?」


「大体そんなところです。

われわれが防備を怠っているなら攻撃したほうが、魔族の利益になると考えるでしょう。

防備が万全なら攻撃しないほうが、利益になる。

もしくは自分が、魔族をコントロールできるうちに、戦いを仕掛けて自分で終わらせます。

そうすれば、軽々しく暴発はできないでしょう」


「避けられないなら…傷の浅い終わらせ方を考えるのですわね」


「休戦協定を破るときの要素が、もう一つあります。

われわれは時間を、味方にしています」


「確かに時間がたつほど、私たちの力のほうが強くなりますわね」


 実はもう一つあるのさ。

 俺は、皆を見渡してからせきばらいした。


「魔族を率いて、われわれと戦える人材の問題もあります。

現時点ではオリヴァー殿以外いないでしょう。

もしかしたら、突然天才的な軍略家が現れるかもしれません。

ですが…それを期待するとも思えません。

オリヴァー殿は高齢ですから生きている間に、筋道をつけたいと思う可能性もあります」


 オラシオが盛大に、ため息をついた。


「新領土の整備と戦争か。

何かの罰ゲームかと思いたくなる…」


「この戦いが終われば、内政に専念できますよ。

多分」


 一同の視線が、俺に集中する。


「いえこの地方全てを知っているわけではないので、多分と言っただけです」


 俺ののんきな言葉に、ミルが頭を抱えた。


「アルが多分って言うと、大体ひどいことが起こるのよ…」


 俺のせいかよ!

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