287話 それぞれの現実

 質問タイムを繰り返しながら、ようやく、第2都市に到着した。

 

 都市名は最初にポンペイを思いついたが、不吉なのでアンティウムに変えた。

 城壁は完成しているが、内部はまだといったところ。


 チャールズの判断で、まず防御を固める方針になったようだ。

 到着時に、総督であるオラシオと先生、プリュタニスが出迎えてくれた。


 俺は、出迎えてくれた人たちにあいさつする。


「オラシオ殿、先生、プリュタニスお久しぶりです」


 オラシオは、毛に少し白いものが混じっている。

 気苦労が絶えないようだ。


「ご領主、久しぶりだな。

多少背が伸びたようだ」


 自覚はないが、そのようだ…。

 先生が俺の様子を見て苦笑している。

 少しやつれているようだ。


「アルフレードも成長期だからな」


 おや、坊主呼びはやめたのか。


「やっと坊主からランクアップしましたか。

それより少しやつれていませんか」


「さすがに18手前で、坊主はまずいだろ。

ま、いろいろ仕事が忙しくてな」


「先生はもう若くないのですから、無理はしないでください。

なんでしたら、首都に戻って療養しても良いですよ」


 俺の提案は、先生に鼻で笑われた。


「そうもいかんさ。

ここで俺が首都に戻ったら、オラシオが白狼になるぞ」


「ですが仕事が重いなら、適度に分担してください。

必要なら人員を手配します」


「子供が余計な気を回すな。

自分のことは分かるさ」


 不摂生な人間にとって、お決まりの台詞だな。

 アル中が、平気平気と言って、酒を飲むのと一緒だ。

 俺は、アーデルヘイトのほうを向く。


「アーデルヘイトさん、先生を診てあげてください」


 アーデルヘイトは、笑顔でうなずいた。


「分かりました」


 返事が終わった途端、医療スタッフに先生が拉致されていった。

 アーデルヘイトが、いくら筋肉フェチでも、先生をムキムキにする気はないだろう

 この話は置いておくか。

 プリュタニスを改めてみると、背が伸びたようだ。


「プリュタニスも背が伸びたようですね」


 プリュタニスは、照れたように頭をかいた。


「背は伸びても、中身が追いつかないと困りますからね。

日々勉強ですよ」


 実に真面目だなぁ。

 ここにいないとなると、チャールズは出張っているか。


「ロッシ卿は視察中ですか」


 オラシオがうなずいた。


「都市付近の要塞の建築と、ポンシオの守る城の整備で、ほぼ戻ってきていないぞ」


 要塞は武器の製造や、兵糧の備蓄をする場所でもある。

 ナポレオンの指摘に倣って、国境付近でなく、都市の近くに建設するように指示した。



「なるほど、そういえばポンシオ殿は、防衛戦ではなかなかの才覚を発揮したと聞きましたよ」


 オラシオが照れたように笑った。やはり子供を褒められるとうれしいのだろう。


「まだまだ未熟だよ。

だがご領主に褒められたと知ったら喜ぶだろう」


 新しい人材が出てくるのは、とてもうれしいことだ。

 功績に何か報いるものが必要だな。

 転生前なら勲章だが、ここにはないからなぁ。

 転生前は勲章を、バカにするカルチャーで育ったせいで軽視したが、どれだけ社会に貢献したかを示せるものは必要だろう。

 権威などを軽視しては駄目な立場になって、しみじみ考えさせられる。

 これは、何か考えよう。


「ポンシオ殿に報いることは、別途考えます。

明日に新領土の課題や、必要なことを伺いましょう」


 オラシオがうれしそうにうなずいた。


「では宿舎に案内しよう。

といっても、豪華な宿舎はないぞ」


「それは必要なインフラを作ったあとでも良いですよ」



 そのまま案内されたのは、大きな屋敷だった。

 

「ここは総督の官邸ですか」


 オラシオが首を振った。


「大臣たちもくると、前々から聞いていたので、要人が全員泊まれる専用の屋敷を建てた」


「別に無理に、一カ所に固まらなくても良かったのですが」


 のんきな俺の台詞に同行しているプリュタニスが苦笑した。


「建物を一杯作るほうが面倒なのですよ。

建物の配置を考えるのも一苦労ですし」


 ああ…なるほど。

 


 屋敷で俺とミルは、同じ部屋に通された。

 首都より豪華な気がする。

 ミルも気がついて笑っていた。


「アル、首都の屋敷も、そろそろ新しいのを建てる?」


「別に今の広さで困っていないよ。

必要になったら大きくすれば良いさ」


「そうね、植物も配置し直さないといけないからね。

あ…ここにも置かないとね」


 名札を思い出して、ちょっと笑ってしまった。


「そうだな…」


 ミルがふくれっ面をして、俺の腕を軽くたたいた。


「もう! あれは忘れてよ!」


「いや、あれは誇っていいよ。

よく気がついたと思う。

考えてみれば、エルフは森林地帯だと便利だよ。

敵襲も感知できるんだからな」


「そういえばそうね。

そんな用途で使うエルフはいなかったけどね」


「使徒のおかげで、大規模な戦争が無くなったからね。

あとは庶民レベルでの民度は上がったかな」


 ミルが驚いた顔になる。


「珍しいわね。

アルが使徒を、肯定的に話すなんて」


 俺は、窓から外を眺める。

 特に、何かを見るわけではないが…。


「役に立った部分はあるって話だよ。

一定の時期までは、世界のためになっていたと思う。

そうでないと簡単に、人を殺し合う世界になっていただろうね。

今は時代に合わなくなって、マイナスが大きくなっただけかな」


「そんな考えかたもあるんだ」


「子供へのしつけは、子供のときは役に立つ。

でも大人になってからも、同じようにしつけても役に立たないよ。

それと同じようなことさ」


 ミルも俺の隣にきて、一緒に外を眺めた。


「その理屈でいうと、アルのやりかたも…いつかは役に立たなくなるのね」


「そうだな。

目に見えるものなら、違いを理解して変えやすいけどね。

見えないものは難しいのさ」


「そうね、見えないものを把握して…変えるのはすごく難しいわね。

見えないから、話が噛み合わないことも多いと思うわ」


「多くの人は、自分が見たいと思う現実しか見ないからね」


 ミルは俺に、軽く寄りかかってほほ笑んだ。


「それって現実なの?」


 俺も、ミルに笑いかける。


「現実なんて人によって、受け取り方は変わるよ。

使徒の社会が、害になると思うのは、俺の現実。

使徒は正しく、人々を守る世界の担い手は、教会にとっての現実さ」


「見えないものはそうね。

でも目に見えるものは一つじゃないの?」


「それは不都合がなければね。

リンゴ1個という現実があるとする。

それが共通した現実になるのは、肯定しても不都合がないからさ」


 ミルが、少し考える顔をする。


「リンゴの数で、不都合なんてあるの?」


「そうだなぁ…リンゴを1個持っていたら、兄弟で分けないといけない決まりがあったとする。

絶対に独り占めしたい人は、どうする?」


「黙って食べるしかないかな?」


「誰にも見られていなければね。

持っているところを見られた場合は?」


 ミルはしばし考え込んだあとで、肩をすくめた。


「降参よ。

素直に分けるのが正解じゃないんでしょ」


「そのときは、熟したリンゴでないとか…食べたら、腹を壊すから分けられないとか、変な理由をつけて、1個のリンゴである現実を否定するのさ」


 ミルが俺の答えに笑いだした。


「それって、現実でも何でもなくて、ただのこじつけじゃない」


「見えているリンゴだからこそ…こじつけだと分かるのさ。

でも、独り占めしたい人にとっては、大切な現実になる。

これで見えないものだったら、どうする?」


「ああ…それだと他人から見て分からないわね。

でもこじつけだって、本人は分かるでしょ。

とても現実とは思えないけど」


 ついつい俺は、皮肉な笑いを浮かべた。


「思いたいことに飛びつけば、こじつけとは気がつかないことだってあるよ。

そうしたらその人にとっては現実さ。

見えないもので、一番分かりやすいのは恋愛かな」


「ああ、確かにそうね。

つい自分の希望が現実だと思っちゃうからね」


 さすが女性。

 こっちで例えると、すぐ理解してくれる。

 と思っていると、ミルが俺をじっと見ていた。


「大丈夫だよ。

俺たちが見ている現実は一つだから」


 その言葉に、ミルはうれしそうにうなずいた。

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