284話 あるものには無頓着になる

 ダンジョン調査は、いつ結果が出るか不明だし、延々と待っていられない。

 事故調査は、聞き取りと情報精査が初なのでまだ時間は掛かる。


 大臣、秘書と補佐官に視察を正式に発表。

 ただし首都と指示連絡の確立も課題として提出した。

 

 予行演習みたいなものだな。

 俺や大臣が、首都にいなくても、業務が円滑に実施できるようにする。

 

 問題点をまず洗いだしてもらおう。

 試行錯誤だね、実際にやらないと実感できないことは大きい。

 その経験がたまることによって、将来的にシミュレーションが可能になる。


 秘書に関しては、特段視察前にすることといえば視察先とのスケジュール調整。

 宿泊施設の手配なので、普段との仕事に変わりがない。


 比較的に秘書の仕事は楽になっている。

 今の間だけだけどね。


 そんな中、俺はミルとキアラに地図を目の前に視察のプランを説明している。

 個人のお忍びだったら、最悪、気の向くままノープランで良い。


 公的な視察だとそうはならない。

 現地でも受け入れの準備など手間が掛ける。

 

 そして、俺の視察は儀式ではない。

 問題点の洗い出しや改善。

 各大臣は新領土の認識をしてもらうつもりだ。

 新領土からの要望も、現状の把握ができないと正しい議論はできないだろう。


「強行軍にはしないつもりです。

寒い時期は第2都市での情報収集をメインとします。

各地の視察は寒さが峠を越してからですね」


 ミルが少し首をかしげた。


「それなら暖かくなってから視察すれば良いと思うけど?」


「それだと、あそこの寒さが分からなくなりますよ。

前に戦場に行ったときは、気温がそこそこ違いました。

ここは、そもそも暖かいですからね」


 そんなやりとりにキアラが苦笑していた。


「寒いのは苦手ですわ。

防寒に全力を注ぎます」


「ああ、キアラはたしか寒いのは苦手でしたね。

ズボンでいいのですよ」


 キアラが頰を膨らませた。


「そうはいきませんわ。

領主の妹が寒さに負けてズボンをはくなんて…」


 つい笑ってしまう。

 いや、視察ってセレモニーじゃないからさ。


「屋外の視察はズボンにしてください。

動きにくいところもありますからね」


「分かりましたわ。

全員のズボンを用意しないといけませんわね」


「そうですね、仕立屋は大変でしょうね…」


 ミルは修羅場を想定して笑いだした。


「大急ぎで手配したほうが良いわね。

そんな派手なズボンでないならなんとかなるわ」



 キアラは後ろの補佐官とうなずき合った。


「お兄さま、所用で席を外しますわ」


 といって補佐官を連れて出て行った。

 俺は残ったミルに質問のまなざしを向ける。

 その視線にミルは小さく笑った。


「みんな、着飾っていこうとして準備していたのよ。

私はそんな気なかったし、もう用意してあるからね。

アルがあれだけこだわる視察が、ただ見に行くなんてわけないし」


 キアラなら分かると思ったのだが…。

 思わず首をひねってしまった。


「キアラはズボンをもっていたと思いますが」


 ミルが笑いだした。


「キアラも16よ。

成長期なんだから、服なんてすぐサイズが合わなくなるわよ。

ドレスは余裕があるからいいけどね」


 ああ、しまった…。

 あれ? 俺のはきつくなっていないぞ。

 成長がとまってるのか?

 内心慌てていたが、気がつくとミルにジト目で見られていた。


「アル、やっぱり気がついてないのね…。

私が使用人に頼んで、用意してもらっていたのよ」

 

 えっ!? マジ?


「気がつきませんでしたよ」


 ミルが盛大なため息をついた。


「ほんとアルって貴族なのに、服装に無頓着よね」


 自業自得とはいえ、劣勢すぎる。

 とはいえ、有り難いとも思うけど…。


「地味な男が、懸命に着飾っても仕方ないでしょう。

相手を不快にさせなければ良いですよ。

それに、貴族が服をこだわると、すごい金が掛かりますよ。

それなら、庶民が服を手に入れやすくしたほうが良いです。

貨幣経済の浸透にもなりますからね」


 そんなぜいたくは社会が安定して、成長軌道にのったときからで良い。

 それに貴族の服とかどう考えてもコスパが悪い。

 そう思う時点で貴族失格だけどね。


 ただ、辺境で他の貴族との外交もない。

 だから後回しで良いのだ。


「それは分かるけどね。

サイズあわせて服が変わっているのに、気がつかないのはどうなのよ…。

アルは本当に遠くをすごく見てるけど、近くは全く見えないのね。

食事にしても服にしても、本当に無頓着ねぇ。

里長が驚いていたわよ」


「驚かれるのはもうテンプレです。

慣れました。

それに、そのほうが皆の不満もたまらないでしょう。

でも、ミルとキアラには行きすぎない範囲で着飾ってほしいですけど」


 質素倹約が全てとは思わないが、ぜいたくは歯止めがきかなくなる。

 あくまで、産業の基礎は、実用的なものにすべきだろう。

 文化は、そのあとにバランスよく育てば良い。


「それより、香りつきの石鹸はうまく進んでいるの?」


 そっちに興味津々か。


「いろいろと試していますが難儀しているようですね。

程よい香りが見つからないようです」


 すると、ミルが身を乗り出してきた。


「そこで、エルフの力を借りるのよ。

程よい香りの樹脂なんかは、とても詳しいわよ。」


「ああ、たしかに親和性は高いかもしれませんね。

じゃあ、あとで科学技術部に手伝いを頼んでも良いですか?」


「里で仲良くなった人がいてね。

エルフにしては、好奇心旺盛だから喜んで手伝ってくれるわよ。

特に美容と健康関係ならね」


 美容と健康への欲求は種族かわらずか。


「では、頼みますよ」


「じゃ、あとで頼んでみるわ」


 やけに乗り気だな。


「香りのない石鹸だと物足りないですかね」


「そうじゃないけどね。

変な匂いがついたときに、石鹸で汚れをおとしたあとで、香料を塗っているのよ。

石鹸だけで済むなら便利でしょ」


 これ、実用化できたら、ますます外に出せないぞ。


「じゃあ、エルフにオリーブの、効率的な栽培方法を教えてもらう必要がありますね」


「アデライダさんとは、もう話をつけてあるわよ。

協力者の選定も済んでいるわ」


 さいでっか…。

 女性陣だけでも、ここにきて良かった点があるなら良いか…。

 石鹸の開発は、全部女性陣に任せようかな…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る