285話 勝つだけでは足りないこと

 無事、視察に出発となった。

 ママンの視察用に用意した、貴人用の馬車はあるが使用を断った。

 目立ってしまい、襲撃の的になるだけじゃないし、余分に馬を使ってしまう。


 馬は貴重なのだ…。

 馬の集団管理、品種改良、去勢などのノウハウが俺たちになかった。

 

 ドリエウスの民は、騎兵運用をしていたので、馬の管理を熟知している。

 だから、彼らを畜産部に登用して、馬の管理方法を確立してもらっている。

 配下の獣人には秘匿されていて、人間のみの秘術となっていた。


 そんなことを考えながら、大型馬車に揺られている。

 前の遠征での教訓を生かして、一つ改善を指示した。

 といっても、1人ずつ、クッションを用意しただけだが。

 前は尻が痛かったのだ…。

 それは良いのだが、俺とミル、キアラと補佐官に囲まれている。



 女ばかりでは息が詰まるの…。

 と考えていると、ミルに腕をつつかれた。


「どうしました?」


「私とキアラは、アルの考えをしっているけど、補佐官たちはまだ理解できてない人もいるのよ」


 そりゃねぇ。

 俺から補佐官に、直接指示をだしたり、説明はしていない。


「質問タイムでも作りますか? 移動中は暇でしょうから」


 それを期待していたのだろう。

 ミルが補佐官に、視線を向けると、補佐官たちがうなずいた。

 魔族の1人が挙手した。

 金髪、ライトグリーンの目、白い肌で、やや大柄。

 ディートリンデ・クライだったかな。


「ディートリンデさん。

どうぞ」


 ディートリンデは、少し緊張気味に、口を開いた。


「アルフレードさまは、見たところ敵なしといった感じで、勢力を広げています。

そのわりには、すごく慎重に見えます。

なにか理由があるのでしょうか」


 単純に見たらそうだろうな。

 古代ローマが、蛮族に連戦連勝するのと似たような感じだ。

 勝って、当然の状態。


 人によっては、俺が一方的に勝っているようにも見えるのだろう。

 ラヴェンナ地方にだけ限れば、一面的には正しい。

 それでも一面的にすぎない。

 

 他人がそう思い込むのは、ある程度仕方ない。

 首脳陣が、そう思い込んでは困る。

 無敵の日本軍のような勘違いをして、俺が死んだ後に第二次世界大戦のような状態に突入されては、余りに情けない。

 それに勝つだけでは、俺の最終的な目的には足りないのだ。


「その疑問は正しいですよ。

勝つだけなら、勝って当然でしょうね。

部族社会に対して、整備された社会と武装がある訳です。

馬鹿なことをしなければ、負けないでしょう」


 まだ、質問には答えていない。

 俺はせきばらいして、回答をつづける。


「ただし、勝つことだけでは足りないのですよ。

それは最低条件にすぎません。

例えばディートリンデさんが、空腹だったとします。

それを解消するには、何か食べないといけません。

何でも良いから食べますか?」


 ディートリンデは、すぐに首を振った。


「腐っていたり、毒入りは食べられません。

生きるために食べるのですから」


「その通りです、例えとしては正確ではありませんがね。

勝った後で、社会に毒になる勝ち方は正しくないのですよ」


「毒とはどのようなものを指すのでしょうか」


 俺は、ちょっと苦笑気味になった。

 たとえが悪かったか…まだまだ、俺も未熟だなぁ。


「勝った後で、治安が悪化するか、外部勢力に敵視される状態です。

治安は人体でいえば健康状態です。

外部勢力はそのままの意味ですね」


 秘書官たちはお互いを見合わせた。

 社会だって、人が作るものだ。

 だから、人体と似たようなものさ。

 

 ディートリンデが考え込んだ。


「勝った後の治安を考えて、そこまで慎重になっているのですか」


「ええ、治安は大事ですよ。

治安が悪いと維持するために、軍事力を内部に振り向けないといけません。

そうすると予算が、大きく掛かります。

そのためには、増税が必要になる。

税金が高くなると、治安がさらに悪化します。

破滅への悪循環です」


 不摂生を繰り返しておいて、健康を維持するために、高額な医薬品を買いあさる。

 そして金がなくなる。

 そうなると、法律なんて守っていられない。

 博打でも犯罪にでも、手をだすさ。

 生きるためが最優先だからな。

 結果として、寿命を縮める。

 

 俺は考え込んでいる補佐官たちに、笑顔を向ける。


「税金は運動みたいなものです。

何かをするための力ですね。

ですけど、自分の体に見合わないほど、体を動かそうとすれば結局、健康を害します。

運動は必要ですが、やり過ぎてもダメです。

まったくしないのも、健康を悪化させます。

生きるためには、食べるにしても、体を動かしますからね」


 ディートリンデが、少し納得したような顔をした。


「以後の治安を考えて、慎重に手段を選択されているのですね。

そこまで困難なものなのでしょうか」


 負けたからといって、敗者がそれを飲み下すとは限らない。

 そもそも人の心を負かすのは、ほぼ不可能だ。


 折り合いをつけられるようにするのが限界だろう。

 戦後処理を失敗して、次の戦争を招く例は、枚挙にいとまがない。


「ちょっとたとえが飛躍しますが…。

ディートリンデさんが友人と喧嘩したとして、喧嘩に負けたときに、全て自分が悪い。

行動を全部改めようと考えますか?」


 ディートリンデは首を、横に振った。


「仕方なくだったり…多少は、私が悪いと思うことはありますけどそこまでは…」


「負けた側は、そんな心理ですよ。

そこで、不満をいたずらにため込ませないように勝った側も、注意が必要になるのです。

負けた側も、体の一部になる訳ですからね。

人間関係なら縁を切るとか可能ですが、社会ではそうはいきませんよ」


 喧嘩の話で、ようやく合点がいったようだ。

 ディートリンデは納得したようにうなずいた。


「それだとすごく理解できます。

だからアルフレードさまは、人の悩みを解決するのが得意なのですね。

でも普通、その…年配の方でないとできないと思いますが…」


 仕方ないだろ…そうしないと、目的を達成できない。

 だからこの能力は隠していない。


 キアラが、突然笑いだした。


「お兄さまは…お兄さまだから…お兄さまなのですわ」


 訳が分からねぇよ…そう思ったら全員納得したようにうなずいてやがった。

 解せぬ。

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