283話 人を試すときはご用心

 やはり、少しとげとげしくなっていたようだ。

 自分でも気がつかなかったが…。

 ミルは俺がいらついていると、俺にひっつく時間が明らかに増えるのだ。

 俺も気がつかないサインでもあるのだろうか。

 聞いても笑って答えてくれなかった。


 おかげで少し頭が冷えた。

 どうにも頭が上がらないな。

 悪い気はしないけどね。


 そんな中、ちょうどイザボーがこちらにきたとの報告があった。

 急ぎ呼び出してもらう。


 今回は耳目の派遣が必要なので、キアラに同行してもらう。

 応接室で待っていたイザボーと、軽くあいさつを交わす。


「お越しいただいて有り難うございます」


 イザボーが営業スマイルを俺に向ける。


「いえ、大事な取引先からの呼び出しとあれば、喜んでお伺いしますよ」


 無駄話で時間を掛ける気はない。


「幾つかお願いがあるのですよ」


「当商会にできることでしたらなんなりと」


「まず一つ、魔族がラヴェンナの奥地にいることはご存じですよね」


 イザボーの目が少し細くなる。


「はい、勿論」


「別に魔族と取引をしてスパイしてほしい…なんてやぼなことは言いません。

その魔族は商人と付き合いがありましてね。

どんなものを取引しているのか、などの情報を仕入れてほしいのですよ」


 イザボーが少し目を閉じた。


「正直言って難しいですね。

商人でしたら取引先の情報を、そう簡単に渡しません。

当商会が他のお客さまに、ラヴェンナの情報を漏らさないのと同じです」


 それは分かっている。

 ある意味…予想どおりの反応だな。


「分かりました、無理なお願いですし、この話は引っ込めましょう」


 俺があっさり話を引っ込めたので、イザボーは少し驚いたようだ。


「もしかして、私を試されたのですか?」


 俺は首を振った。

 そんなことで相手の信用を損ねる気はない。

 人によっては激怒される。

 

 戯曲『番町皿屋敷』で、お菊さんが斬られたのは皿を割ったからじゃない。

 愛情を試すために、皿を割ったからだ。

 試された不快感と、大事な皿を割られた怒りが増幅して青山播磨が激怒した。


 うかつに人を試すものじゃないさ。


「いえ、商人の信義はあるでしょう。

その商人が商売敵だったり、違法なことをして商売を妨害するような敵対勢力だったら、可能性はあったかなと思っただけです」


 イザボーは少し考えこんだ。

 内心ヒヤヒヤしながら見守っていると、やがて納得したようにうなずいた。


「なるほど。

残念ですが…そのような関係ではありません。

ご期待に添えずに申し訳ありませんが…」


 不快にはさせてないようだ。

 俺が領主だから、危ない橋を渡ったが…。

 俺が庶民だったら絶対しない。


「いえ、実はもう一つあるのです。

こちらが本題です」


 イザボーは警戒する顔になった。


「どんなお話でしょうか」


「世界情勢に、目を向ける必要がありましてね。

当家のものを数名、そちらで雇っていただけないでしょうか。

商人の目で世界を見せたいのです」


 イザボーは表情を消した。


「情報でしたら、私のほうでも集められますよ」


「その都度、いろいろ頼むわけにもいかないでしょう。

あと、商売を始める気は全くありません。

それと、イザボーさんも、私と直接パイプを持てるのは、悪い話ではないと思いますよ」


 イザボーはしばし考え込んでいたが、俺を見てうなずいた。


「分かりました。

アルフレード様にはかないませんね。

では、当商会の仕事を手伝ってもらえるのですね」


「ええ、読み書きなどはできますので使ってやってください。

キアラ、派遣する人はイザボーさんと相談してください」


 キアラはにっこり笑う。


「分かりましたわ」



 あとはキアラに託して執務室に戻る。

 ミルが戻ってきた俺に笑顔を向ける。


「無事終わったの?」


「ええ、最低限はクリアしました」


「魔族の情報をもらえたの?」


「直接は無理ですね。

よその商人でも、取引先の情報は話せないと断られました。

ですが、考える鍵は引き出せました」


 ミルは首をかしげた。


「そうなの? 聞けなかったのでしょ?」


「ですが、なんとなくは理解できます。

魔族との交易は隠していない。

違法なこともしていない。

同じラヴェンナ地方で、商売を始めたフロケ商会に敵対もしていない。

そして、その商会はこちらに接触をしてこない」


 ミルはうなずいた。


「そうね、そこまでは分かるわ」


「そこまで大きな額の取引はしていないでしょう。

していたら他の商会が参入しそうなものです。

魔族がその商会以外との交易を拒否したとしたら、他の商会はわれわれに目をつけます。

取引している商会も魔族が大事な相手だったら、フロケ商会をけん制くらいするでしょう。

もしくは、こちらに接触して情報を得ようとします」


「そう考えるのが普通ね。

でも、隠れて高価なものを取引しているとかないの?」


「その場合は、われわれのことも調べます。

領地が隣接したのですから、探りくらい当然いれるでしょう。

大事な取引先ですからね」


 ミルがあきれた顔になった。


「つまり、そこまで豊富な資金も強力な武装もない。

前に戦った時と個人の戦力的には同じくらいと思っているのね」


「御名答。

恩があって付き合っている。

そんな感じじゃないですかね。

その程度の情報だからこそ、イザボーさんも商人の信義を優先したと思います。

もし、もっと重大な情報ならもう少し悩むと思います。

私の質問に驚いていましたからね」



 ミルはたまらずに苦笑した。


「イザボーさんも大変ね。

アルにかかったら黙っていても、情報を引っこ抜かれるんだもの」


「不意打ちだからこそ通用した技ですよ。

予想されていたら読み切れません。

とにかく、必死に魔族の情報を探り出さなくても良いと言うことです。

警戒とは別の話ですけどね」


 なにか新兵器でも持っていたら、意地でも探る必要がでてきた。

 それをしなくて良くなっただけでもよしとしよう。


「じゃあ、予定どおり再来週に視察ね」


「ええ、よほどの事件がない限りは決行します」


「そうね、事故調査のアルへの聞き取りも終わったしね」


 やはり、俺への聞き取りは緊張していたな。

 仕方ないけど。


「不思議とこの事故のあとで、皆が自主的に提案をしてくれるようになったのですよ」


 ミルが笑いだした。


「ああ、あれね。

どこまで失敗したら、アルが不快になるかはっきりしたからね。

今までは、私も犠牲がでたらダメだと思っていたもの」


 そんなつもりはなかったのだが…。

 犠牲を嫌うのが表に出すぎたか。


「なるほど…うまくいかないものですね。

自主的な提案を歓迎する社会も、めったにないですからね。

どうしても、足踏みをしてしまいますか」


「あと、アルが怖いくらい、新しいことを成功させるからね。

皆も同じくらいの提案でないとダメか、と思って尻込みしてたのよ」


 俺はぐうの音もでなかった。

 本当に人の上に立つのは難しい…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る