271話 隠し場所は世界共通

 一体ママンはいつになったら帰るのだろうか。

 兄たちがきて、カオスになるとまた娯楽の種にされる。


 そんな思いと裏腹に、ミルとママンはそれなりに打ち解けているようだ。

 むしろミルが領主夫人はどうあるべきか、を聞きまくっているかんじか。


 あれだけ熱心に聞かれたら、悪い印象は持たないだろうな。

 それ以外でちょっと盲点だったことがあった。


 ママンの付き人の料理人からの話だ。

 ラヴェンナのイノシシ料理は実に多彩で美味しいから、レシピを教えてほしいと。

 その言葉を聞いたときに、あの肉まみれを思い出して古株は全員遠い目をした。

 勿論、俺もだが…。


 断る理由もないので承諾した。

 ある意味、名物料理なのかね。

 ラヴェンナ名物、イノシシと筋肉…。


 いかんいかん、不穏なイメージを必死に頭から振りほどく。

 

 あと、石鹸もすごい勢いで食いつかれた。

 ママンには事情を説明したので、デッラ・スカラ家での機密にすると決着。

 結局、石鹸を定期的に送ることになった。

 製法を教えたら、確実に漏れるからな。

 見なかったことには、してくれないようだ。

 他家への贈答品にはしないようにと、釘だけは刺しておいた。


 発明に頑張った、オニーシムと子供たちへのご褒美を要求しよう。

 高純度のウオッカとお菓子を送ってもらうことになった。



 そんななか、兄たちの乗った船が到着した。

 来てしまったか…。


 俺は腹をくくって、出迎えに行く。

 出迎えは家族一同だ。

 2人は仕事も落ち着いて楽になったのだろか。

 やつれていないと良いが。


 アミルカレ兄さんとバルダッサーレ兄さんが、元気に船から下りてきた。

 行政改革はうまくいったようで何よりだ。


 ママンが2人の前でほほ笑んだ。


「アミルカレにバルダッサーレ、随分早かったのね」


 アミルカレ兄さんが満面の笑顔でうなずいた。


「あのアルフレードのお嫁さんですよ。

どんな人なのか興味津々ですよ」


 バルダッサーレ兄さんは苦笑ぎみでうなずいた。


「ええ、アルフレードに人並みの性欲があったのか、と驚きましたが」


 ひどい評価だ。

 ともかくせきばらいして、2人の前に立つ。


「お久しぶりです、アミルカレ兄さん、バルダッサーレ兄さん」


 キアラも苦笑して、俺の隣に立つ。


「お久しぶりですわ、アミルカレお兄さま、バルダッサーレお兄さま」


 2人は失礼にならないレベルでミルをチラチラ見ていたので、俺は苦笑しつつミルを隣に呼ぶ。


「紹介します。

私の妻です」


 ミルはニッコリ笑って一礼した。


「妻のミルヴァです。

義兄さまたちにお会いできてうれしいです」


 アミルカレ兄さんが俺とミルを交互に見てうなずいた。


「なるほど、アルフレードはエルフが好きだったのか。

それで人間の女に興味を示さなかったと。

しかし、美人だな。

単にアルフレードはとんでもない面食いだったのか。

どちらにしても、新たな発見だな」


 バルダッサーレ兄さんが首を振った。


「いえ、それ以上にキアラが認めたほうが驚きですよ。

キアラがアルフレードの結婚を認めるより、徴税官が庶民に金を配るほうが、まだあり得ると思っていました」


 キアラはほほ笑んでいるが、目が笑っていない。


「バルダッサーレお兄さま。

お部屋の本棚の上から3番目に…」


 突如、バルダッサーレ兄さんが慌てだした。


「ま、待て!キアラ! 一体何の話だ」


 キアラは済ました顔だ。


「本に隠して大事にしまっていましたよね」


 ああ、エロ本か。

 この世界にも似たようなものはある。

 欲望の力は強い。

 この手の隠し場所は世界共通。

 成人しているのだから、愛人でもつくれば良いのに。

 へんに生真面目だな。


 バルダッサーレ兄さんは目に見えて狼狽している。


「人の部屋に勝手に入ったのか?」


 キアラは表情を変えていない。


「何のことでしょうか?」


 ママンが笑いだした。


「キアラ…暴露したらダメじゃないの。

もう、在庫が増えないじゃない」

 

 そう、大体こんなのはバレているのだよ。

 バルダッサーレ兄さんが膝から崩れ落ちた。


「終わった…来るんじゃなかった…」


 それを見たアミルカレ兄さんが爆笑した。


「バルダッサーレ、墓穴を掘ったな。

せめて飢えた猛獣が、獲物を横取りされたと言えよ」


 どうして、自分から地雷原に突っ込むのか。

 これ、天然でやってるんだよな…。

 政治や戦闘指揮ではとても有能なのに、素は残念さんだ。


 キアラはアミルカレ兄さんにほほ笑んだ。


「アミルカレお兄さまは机の3番目の引き出しに…」


 アミルカレ兄さんが硬直した。


「ま、待て! 引き出しは鍵が掛けてあるはずだぞ!」


 キアラはピッキングくらい余裕だろう…。


「鍵は本棚の下から3番目に…」


 鍵のあたりつけてたのかよ。

 しかし、2人とも3が好きだな。

 ママンがまた笑いだした。


「キアラが全部ばらしちゃったから、また探さないといけないわ」


 アミルカレ兄さんが崩れ落ちた。


「終わった…来るんじゃなかった…」



 ミルは目が点になっていた。


「アルの家族って…個性的なのね…」


 それは否定しない。

 アミルカレ兄さんが立ち直って俺に指を指した。


「アルフレード! 人ごとみたいにしているが、お前はどうなんだ!」


 そんなこと言われても、俺はそれに興味なかったし…。

 だから、性欲がないと誤解されていたわけだが。

 キアラが笑いだした。


「お兄さまの部屋は探せませんでしたわ」


 ママンも笑っていた。


「ええ、アルフレードの部屋って隠す場所がないのよ。

それに、罠のように日記帳が机の上においてあるのよ」


 キアラがうなずいた。


「あれは巧妙なトラップでしたわ。

動かしたら分かるように、仕掛けがあるんですもの」


 ああ、だれか引っかかるかと思って興味本位に仕掛けたけど…空振りだったな。

 女性陣には回避されていたのか。

 ここで、そんなことをしていると周りに聞こえるだろう。


「ともかく屋敷に案内しますよ」


 ミルが俺を軽く肘でつついた。


「アル…こんなときは、どんな顔をすれば良いの?」


「笑えばいいと思うよ」

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