272話 隣の芝は青く見える

 どうにもしまらない再会だったが、屋敷に戻って一息ついた。

 アミルカレ兄さんとバルダッサーレ兄さんは町の視察にでかけたようだ。


 ミルが2人の案内役になった。

 視察の話になったとき、兄たちにこっそり耳打ちされた。


『キアラに案内されたら、心が休まらない』

 

 さすがに、本人の前では言わなかったが…確実にバレているぞ。

 キアラが白い目で2人を見ていたからな。

 

 執務室に戻って、少し考え込む。

 家族総出で視察したことが気になる。


 視察は口実なのではないかと思う。

 不在にすることで、なにかの変化を期待している。

 多分そんなところだろうな。

 

 好奇心や息抜きの面も、確かにあるのだろうが…。

 ラヴェンナが本家の騒動に巻き込まれる可能性があるか、が問題だな。

 あれば今晩にでも説明があるだろう。


 考えすぎても仕方ない。

 そう結論づけたときに、キアラは悪戯っぽい顔を俺に向けた。


「お兄さま、アミルカレお兄さまと、バルダッサーレお兄さまの秘密には無関心ですの?」


「人のプライバシーを探る興味はないですから。

探られたくないので、探る気もないです」


 キアラはバツの悪い顔になった。

 見たくなる気持ちは分かるけどね。

 それは堂々という話じゃない。


「変にコソコソして、挙動不審だと気になってしまいましたの」


 俺は苦笑して手を振った。

 家族間で一時期だけなら、目くじらたてる必要もないだろう。


「ほどほどにね」


「その…話を振ったのは、ちょっとだけ気になることがあるのですわ」


「気になることですか?」


 キアラは俺の隣に来て、周りに聞こえないように耳打ちした。


「アミルカレ兄さんは兎人族の裸体画で、バルダッサーレ兄さんは猫人ですの。

ラヴェンナの娼館にいますから、フラフラと吸い寄せられないと良いのですが…」


 思わず吹き出してしまった。

 さすがに2人とも大人だし、分別はあるだろう。

 うん、きっとそうだ。


「大丈夫でしょう。

それに余り気にしすぎても仕方ないですよ」


 女はそんな感じで、男のことを心配するのか?

 このあたりは理解不能だ。

 やはりキアラは2人への評価が辛いな。


「なら良いのですが…」


「母上までいるのに羽目を外すと思いますか?」


 キアラは納得したようにうなずいた。


「確かに、大丈夫ですわね」



 そして、夕食時に家族がそろうことになった。

 ミルは気疲れしているようだな。

 ミルはかなりの常識人だしもいろいろ気遣いをしたろう。

 今日は早く寝たほうが良さそうだ。

 食事中に俺はママンに視線を送る。


「母上、家族一同が本家を離れたのはなにか狙いがあるのですか?」


 ママンと兄2人が目を見合わせる。

 ママンが小さく笑った。


「相変わらず察しが良いわね。

主人がいないと粗相する飼い犬がたまにいるのよ」


 アミルカレ兄さんは人の悪い笑顔をする。


「その飼い犬がさ、よそから餌をちらつかされて、そっちに尻尾を振りたがっているのさ」


 バルダッサーレ兄さんは苦笑していた。


「よその人は餌をあげるつもりはないんだけどね。

当家の飼い犬が、留守の家を散らかせばラッキーだからね」


 役人の不満がまだくすぶっているのか。

 大掃除を狙ったのか、それだけの理由でそんなことはしないな。

 他にまだ大きな理由が潜んでいるな。

 複雑にいろいろ絡んでいるからなぁ。

 

「その他所さまは何軒あるのでしょうか」


 ママンが小さく笑った。


「そうね、今は王家がいろいろ大変よね。

影響範囲が広すぎて数えるのは無理ね」


 やはりそうなるのか。

 思わずため息がでた。


「当家を機能不全にして、王位継承の発言権を封じ込めたいのですか。

なんともご苦労な話ですね。

そんなに当家ばかりに注目していたら、後ろから殴られるでしょう」


 アミルカレ兄さんが楽しそうにうなずいた。


「面白いだろ。

のぞきに夢中な御仁は自分の背中がお留守なのさ。

肩に手を置かれるまで気がつかない」


 お人よしや無防備では大貴族でいられない。

 このあたりの陰謀はお手の物だな。

 罠を仕掛けて掛かったところから、元をたどる。

 直接的に黒幕に攻撃を仕掛けないが、適度に脅しておけば良いと。


 バルダッサーレ兄さんは首を振った。


「粗相した飼い犬をお仕置きするのは当然さ。

ただ、縁戚関係が広すぎてね。

これを機会に生きている関係をはっきりさせておきたい」


 さらに縁戚関係があるとはいっても、関連があるかは別の話。

 それ故に不仲と言うこともあり得る。

 誰も理解していない縁戚関係の一部でも把握できれば、有力なカードになるな。


 それなら俺が直接かかわることはないな


「分かりました、やはり面倒な話になりましたねぇ」


 キアラも苦笑していた。


「普段社会が固まっていますからね。

動けそうなときは張り切るのですわ」


 ともあれ、俺はそっちに首を突っ込む余裕はない。


「では、家のお掃除を頑張ってください。

私はこっちで手一杯ですよ」


 ママンが悪戯っぽい笑いを浮かべた。


「ラヴェンナは単なる辺境ではなくて…すごい場所みたいね」


 アミルカレ兄さんは不満そうな顔をした。


「私たちが陰気な役人とチークダンスを踊っている間に、アルフレードは冒険譚か。

しかもこんな美人な嫁さんまでついてきている」


 バルダッサーレ兄さんまでうなずいた。


「外は脂まみれで中は真っ黒な役人と、美人なエルフ妻。

あまりに不公平ですよね。

たまには私たちだって息抜きしたいですよ」


 冒険なんて楽しい話じゃねぇよ! 隣の芝は青く見えるだけだ。

 何か文句でも言ってやろうと思ったが、キアラが静かにほほ笑みを浮かべていた。

 

「アミルカレお兄さま、バルダッサーレお兄さま。

息抜きは結構ですが、ラヴェンナにいる兎人、猫人に手をだししてはいけませんよ」


 2人がピタりと固まった。

 ママンは優雅に笑ってた。


「キアラ、大丈夫よ。

2人は大人ですから、そんな粗相はしないわよ」


 キアラも天使のようなほほ笑みを浮かべた。


「そうですわね、飼い犬の粗相をしつける飼い主が、粗相なんてあり得ませんわね」


 ミルはできるだけ会話に参加しようとしていたが、この会話に困惑して固まっている。

 これに割り込むのは無理だよ。

 真面目なのかふざけているのか、流れが見えないからな。


「そうだ…ミル。

今日はいろいろ案内して疲れたでしょう。

明日は、キアラが兄さんたちの案内をしてくれるから、ゆっくり休んでください」


 アミルカレ兄さんとバルダッサーレ兄さんが硬直した。


『なん…だと…?』


 久々のハーモニーが聞けた。

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