270話 模擬戦闘訓練の意義

 ああ、その話か。


「そうだよ、ミルと結婚すると決めたときにもう考えていたし」


「いいの? そんな簡単な話じゃないでしょ」


 といっても、子供ができたらハーフエルフで寿命が長い。

 そうなると、継承権とかいろいろ横やりが入る。

 だから、切り離して文句がでるのをシャットアウトしただけだ。


「俺にとっては継承権はどうでも良いことだよ。

ミルと結婚すると決めたときに、そっちは捨てただけさ」


「何で教えてくれなかったのよ!」


「それで、自分のせいとか悩んでほしくなかったし。

それなら正妻は人間で良いとか言われたくなかったのさ」


 教えると、そうやって悩まれるのが嫌だったんだよ…。

 そう思ったけど、かえって傷つけたのか?


 俺の目をじっと見ていたミルはやがて視線をそらして、ため息をついた。


「アルが私のために言わなかったのは分かるのよ。

でも、ちゃんと教えてほしかったのよ」


 しまったなぁ。

 俺の独りよがりだったか。

 思わず頭をかく。


「ごめん、傷つけるつもりはなかったんだ」


「ここで私が怒っても良いことないし…今回は許してあげる。

今度から、そんな大事なことはちゃんと教えてよ」


「分かった。

これでもミルのことを考えてたんだけどね」


「それは分かってるから、許してあげるって言ったのよ。

どうせ私が正式な結婚しなくて良い、とか言い出すと思ったんでしょ」


 さすがにバレているか。


「まあね、それは俺が嫌だったからね」


 そこまで怒っていないようだ。

 それには少し安心した。


「お義母さんに、アルのことをよろしくって言われたわ。

私がエルフだから、継承権返上の理由が分かったと言っていたの。

返上の話を聞いたら、どんな話がでるのかって不安が吹き飛んでしまったわよ」


「実のところ、ミルと出会わなくても返上するつもりだったけどね」


「ええっ、そうなの?」


「王位継承のときに、よそから口を突っ込まれるのが嫌だからね。

それにバルダッサーレ兄さんは優秀だし、俺のでる幕はないよ」


 ミルはため息をついた。


「ああ、王家が口を突っ込んでくるって話ね。

ほんとアレは面倒くさいわよね。

あ…それで、お義母さんが義兄さん2人も視察に来るって言っていたわ」


 はぁ!? 何で来るんだ。

 スケジュールが狂わされるだろうが。

 俺の驚いた顔を見て、ミルが笑い出した。


「予想してなかったの? 私は来てもおかしくないと思ったけど」


「いや、領主の一族が本家の領地から、全員離れても駄目だろう…」


 ミルは俺にウインクした。


「本当に敵対しない人への注意はあっさりしてるのね。

私はお義母さんにちゃんと認めてもらったから、安心して会えるわ」


「早く視察に行きたいのに…」


「ああ、そうそう。

結婚祝いに必要な物資を申告してって言われたわ。

私がアルに必要なものをあげてほしいって言ったから、大盤振る舞いしてくれるみたいよ」


 思わず頭をかいてしまう。


「ドレスとかもらっても良かっただろう。

物資は俺のほうでせびる予定だったし」


「着る機会ないでしょ。

それに、そんなに服がありすぎても困るわよ」


 ああ、エルフはそこまで物欲はないからな…。


「分かった、有り難く頂戴することにするよ」


 そんな話から、無し崩し的にイチャイチャモードに突入したのであった。

 暗号は明日で良いや…。



 翌日の視察は、ミルがママンのお供をすることになった。

 仲良くなれたのか。

 ミルが言い出したから、そのまま任せよう。

 執務室で、暗号の続きをせっせと作る。


 一通りできたので、キアラにアイコンタクトを送る。


「お兄さま、何かご用ですか?」


「ええ、これを模写してほしいのです。

あと、耳目でもこれをたたき台に暗号を作ってください」


「分かりましたわ。

あと、お兄さまにご報告があります。

オディロン殿に講義を頼んでいますよね」


「ええ、それが何か?」


「講義内容に、疑問を感じている人たちがいるようなのです。

説明内容が行きすぎではないか、との話ですの」


 ふむ…今、講義している時間だな。

 ちょっくら見に行くか。


「では、ちょっと私も見学してきます」


 行きすぎと感じるのは実感がないだけか。

 実際に講義を聞いてみないと駄目だな。

 

 護衛をつれて、オディロンが講義している部屋に入る。

 入った瞬間、下を向いていた生徒たちが驚いた。

 オディロンは俺にけげんな顔を向けた。


「アルフレードさま、どうかしましたか?」


 講義しても今一手応えがないのか、少しいら立ちの表情が見える。


「いえ、私も講義を聴かせていただいてよろしいでしょうか。

内容にずっと興味がありましたけど、ちょうど手があいたのですよ」


 オディロンは自分の経験を買われて張り切っている。

 そこに生徒の反応が今一でいら立つ。

 俺が内容に疑問など呈したら、かえって感情的になる。

 それは誰も得をしない。

 オディロンは俺の言葉をうのみにしたわけではないが、俺が気を使ってることは察したのだろう。

 笑顔で俺にうなずいた。


「そういうことでしたら、ぜひどうぞ。

質問などもありましたら遠慮なく」


「ええ、勿論です」



 オディロンの講義は確かに、過激な要素はある。

 だが、俺はこれが行きすぎには思えなかった。

 講義内容が一段落したときに、俺が挙手する。


「オディロン殿、質問があります」


「アルフレードさま、どうぞ」


「模擬戦闘訓練で切りつけられても死亡扱いせず戦い続ける。

負傷離脱扱いにもしない。

これはどのような意味があるのですか? 切られたら、ほぼ死ぬか戦闘不能になると思いますが」


 俺はあえて生徒が疑問に思っていることを質問する。

 オディロンはうなずいた。


「確かに、ほぼ死ぬか戦闘不能になります。

ですが確実ではありません。

そして大事なのは、そんな訓練をつむと切られた瞬間に体が動かなくなります。

そして確実に次の一撃が飛んできます。

冒険者が生き残るのは切られて終わり、と思わないからです。

そして、切られて死ぬ訓練をしたものは、切った瞬間相手は死ぬと思い、油断します」


 なるほど、これは冒険者ならではの発想か。


「つまり、体が動く可能性があるなら反撃ができると」


「その通りです。

切られた瞬間に諦めては生き残ることは困難ですからな。

訓練生を敗者のまま訓練場から出してはいけません」


 思わず俺は拍手してしまった。


「素晴らしい! 私が思った以上の人でした。

ぜひこの方針で教育を進めてください」


 俺の拍手に一同、あっけにとられていた。

 オディロンは一番早くわれに返った。

 肉食獣のような笑みを俺に向けた。


「有り難うございます。

ご期待には必ず応えて見せますよ」


 俺はうなずいて、生徒たちを見回す。


「オディロン殿の授業は、あなたたちにも絶対に役立ちます。

しっかり学んでください。

私の目標は、あなたたちの教え子が1人でも多く生き残ることです。

この内容に賛同できないなら違う仕事をしたほうが良い、と思います」


 生徒一同は力なくうなずいた。

 俺がこの授業に全面的に賛同したので、仕方なくといったところか。

 もし賛同できないなら本当に辞めてもらう。

 俺はオディロンに視線を戻す。


「大変有意義な授業でした。

私もたまに受講しに来て良いでしょうか?」


 そんな暇はめったにないが本音でもある。

 知らない知識に触れるのはとても楽しい。

 そして、俺の抜き打ちがあると知ったら生徒も、面従腹背とはいかないだろう。

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