267話 値段交渉
大筋の合意をひっくり返すつもりはないだろう。
だが、何を考えているのか今一つかめない。
どちらにしても、話を続けていくしかないだろう。
焦っても仕方ない。
「オリヴァー殿はそれだけ、冷静にものが見えていても、ヴァレンティーン殿を止めることはできなかったのですね」
オリヴァーは声をださずに笑った。
「お恥ずかしながら、威勢の良い言葉ほど耳に心地よいのです。
ニクラウスも乗り気ではなかったのですが、若手の突き上げを抑えきれなくなったのですよ。
部族全体のドリエウスへの不満は爆発寸前でした。
メヒティルデの件がありましたから、弱腰と非難囂々でしたからね。
加えて…ヴァレンティーンはメヒティルデに恋慕していたので、熱を込めて周囲をたき付けたのですよ」
ああ、役満で俺を敵視していたのね。
だが、私情で他人を巻き込んだ時点で同情する余地はない。
「確かに、情熱が暴走すると手がつけられませんね。
これで冷静に戻ってくれれば良いのですが」
オリヴァーは俺を興味深そうに見ていた。
「アルフレードさまは随分と冷静ですな。
正直なところ驚いています」
俺は苦笑してしまった。
「トップが冷静さを失っては失格でしょう。
それに私は冷静でなく臆病なだけですよ。
短慮の結果の失敗を恐れているだけですからね」
「臆病などの分類にあまり意味はないでしょう。
ただ結果が問題になるだけです。
無謀でも成功すれば勇敢と言われます。
臆病でも、成功に導けば慎重と言われます」
「おっしゃる通りですね。
ですが、妻からも後ろ向き過ぎるとたまに怒られます」
いきなりボールが飛んできたミルは驚いた顔になった。
「お、怒ってないわよ。
1人で抱え込み過ぎないでとは言ってるけど…」
オリヴァーは再び声をださずに笑った。
「お熱いですな…年寄りにはうらやましい限りです。
おかげで、アルフレードさまの人柄を少しは理解できました」
やはり、俺の性格を知りたかったのか。
「私の性向は今までの業績で理解しておられるかと思いましたが」
「領土は主君が方針を決めるでしょう。
アルフレードさまは特に信じられないくらい、丁寧に統治をされています。
それだけの丁寧さを続けられるのか…多くの権力者は飽きるか燃え尽きるかします」
最初名君、最後暴君になるケースは多い。
今まで礼儀正しかったが、ここで非礼にもとれるほど率直にものを言ってくるな。
印象づけたいポイントか。
「確かに、その通りですね。
それで、どう見られたのですか」
オリヴァーは興味深そうに俺を見た。
「無理をしているように見えません。
張り切っているようにも見えません。
実にまれながら、自然にやることが丁寧になっていると思います。
さらに自分の権限を委譲して、負担を減らそうとしていますな」
えらい褒めるな。
「そうでしょうかね。
負担を減らそうとしているのはご明察ですが」
「アルフレードさまの持続する意思が、どれだけのものかを知りたかったのです。
持続する意思がなくなると、安易な解決策に走りがちになります。
そして力むほど意思は早く切れます。」
将来を妙に気にしているな。
オリヴァーが死んだ先の将来だな…そこにポイントがあるのか。
「将来の何を気にされているのですか?」
「アルフレードさまが、この地の平定を目的とされているのか。
話し合いで共存できるなら、それで良しとされているのかです」
今一意図が読めないな。
わざと回りくどい話をして説得力を増すつもりか。
「勿論、話し合いで共存できるなら、それに超したことはありません。
相手にその気があれば…ですがね」
オリヴァーは俺を見て苦笑した。
「私としても、アルフレードさまと争うことは避けたいのです。
勝てる見込みがありません。
共存でお互いの意図が一致しても、持続できなければ、意味がありません」
そこまで神経質に問題を避けようとしても、将来など御し得ないだろう。
将来どんな状況の変化があるのか分からない。
何か重大な懸念事項があるようだな。
「それはそうですが、必死に制御しようとすればするほど、砂は手からこぼれ落ちますよ」
「それは理解しています…してはいるのです。
少し話を変えて説明をさせてください」
そう言って、オリヴァーは茶に口をつけた。
俺はじっと次の言葉を待つ。
「アルフレードさまは、われわれ魔族がこの地方の奥地に住むか。
魔物の発生源の近くに、なぜ居座り続けていると思いますか?」
そこは疑問に思っていた。
増える前に退治するのは確かに効果的だ。
だが、魔族だけがそれを担うのが不思議で仕方なかった。
「何か理由がある、としか分かりませんね」
「われわれには言い伝えがあります。
ある存在と盟約を結んだ。
魔物を退治し続けて、すみか付近の平穏を維持する限り、本拠地に攻められた場合は守護すると」
いきなりファンタジー満載な話になってきたな。
政治ばっかりしていたから、すっかり忘れてるよ…。
「ある存在ですか? 山の主ですかね」
オリヴァーが小さく笑っていた。
「似たようなものですが…ドラゴンです」
おいおい…突拍子もない話がきたなぁ。
とはいえ否定する根拠がない。
転生ものだとドラゴンは噛ませ犬扱いで弱い。
強い強いと周囲が恐怖するが、出た瞬間退治される。
ある種のフラグ扱い。
バースの再来といわれて、開幕したらダメダメだった、助っ人を見ているかのようだった。
あのノリは忘れよう。
ここだと使徒でもないかぎり、倒すのは難しいはずだ。
「ドラゴンは使徒に狩りつくされて、姿を見ないと聞きましたが」
「そう伝えられていますね。
今の世代で、姿を見たものはいないのです。
ですが、われわれはそれを守ってあの場所にとどまっています」
「そんな強大な存在がいたら、エルフに存在を感知されると思いますけど」
「ドラゴンがいると言われる山は、植物がない山です。
エルフの感知外です」
いきなり盤上に変なものがでてきたなぁ…。
ドラゴンでなくても、何かはいると考えた方が良いのか。
「そんな強大な存在がバックにいるのに、ドリエウスには不平等的な扱いを受けていたのですか?」
「あくまで、本拠を攻め込まれたらです。
基本的に人の争いには加担しない、と伝えられています」
つまり、あまり存在を知られたくない…でも魔物は邪魔なわけか。
「ドラゴンがいる前提で話をしましょう。
それが将来の争いにどう関係があるのですか?」
「本拠地に引きずり込んで、ドラゴンに敵を殲滅させれば良い、と言い始めたものがでてきました。
しかし、そんな盟約のあらをつくような行為は、絶対に破滅が待っています」
確かになぁ。
そんな浅知恵は痛烈なしっぺ返しが大体待っている。
「われわれが挑発されて、魔族の本拠に攻め込むと双方が破滅しかねない。
そう言うことですね」
オリヴァーは静かにうなずいた。
「その通りです。
アルフレードさまと私の意図が不戦にあれば、その事態は避けられます。
私は無謀な行為が行われないよう手を尽くします。
ですのでアルフレードさまには…」
「容易に挑発できないよう、隙を見せないでほしいと…」
「ご明察です。
普段姿を見せない存在が、姿を見せるときは危険だと思います」
その推察には同意する。
単に目立って、使徒に狙われたくないと思っているか。
使徒はドラゴンとか強そうなものを見ると、無邪気に倒したがるからな…。
ドラゴンは俺たちを殲滅したあとで、魔族に制裁を加える可能性がある。
「分かりました。
言い伝えを無視する理由もありません。
お互いに時間が必要な件も理解しました」
「ええ、ですので捕虜返還を兼ねた休戦協定を結ぶ際に、アルフレードさまのご配慮を頂きたいのです」
そうきたか。
魔族を抑えるためには成果がないと発言力が低くなると。
手土産をくれと言っている。
なかなか食えない爺さんだな。
「では…捕虜1人あたり金貨10枚の値段は引き下げます。
ですが、下げ過ぎても本来の意図を損なうでしょう」
一般兵なので捕虜の身代金は大してとれない。
辺境だからそこまで金はないだろう。
下交渉で、1人あたり金貨10枚、合計2000枚で手を打つことにした。
キアラからはこれで良いのかと言われた話だが、むこうの懐事情からかなり厳しい額ではある。
辺境って人の値段は安い…。
魔族の領土をもらおうにも隘路だから利点はない。
マジックアイテムは自前でつくれる。
超レア級のアイテムがあっても、族長の親族を捕虜にしないかぎりは引き出せない。
捕虜は一般兵だけだ。
つまり、金しかないのだ。
その金額もこっちが弱腰だと思われると、主戦派が騒ぎ出す。
オリヴァーが身を乗り出した。
「では、金貨3枚でどうでしょう」
そら下げすぎやろ。
「金貨9枚ですね。」
「いえ、そこは4で…おまけで魔物の素材もつけます」
お前はアラブ商人かよ!
ミルは、急に値段交渉を始めた俺とオリヴァーをあきれたような目で見ていた。
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