268話 当たり前のことをしただけ
値切り合戦が終わった。
結局一人頭、金貨6枚で妥結。
すごく負けた気がする。
そしてミルはあきれ顔からジト目になっていた。
いや、この爺さん…絶対楽しんでるぞ。
代わりに大事な情報を伝えるとの言葉を信じた。
この期に及んで小ざかしいまねはしないだろう。
「その情報とは何でしょうか」
オリヴァーが静かにほほ笑んだ。
「われわれが領土を広げようとしている真の理由です」
「何か、別の目的があるのですか」
「そうです。
今までは忘れられていました。
ところが、ヴァレンティーンがスザナにたき付けられて、この話題を持ち出したのです。
結果その土地を手に入れるべき、との声が大きくなってしまいました」
ほんと余計なことしかしないな…さすがに始末しないとダメか?
「なにか特別な土地であると」
「その通りです。
アルフレードさまが建設した第2都市の付近に、我が部族の開祖が亡くなった場所があるのです。
部族としての聖地とも言える場所です」
勘弁してくれ、そんな理屈の通らない話は地雷じゃねぇか。
「知っていて都市を建設したわけではないのですがね」
「最初はアルフレードさまが狙ったのかと疑いましたが、その意図がないことはすぐに分かりました。
話は先祖が安住のすみかを求めて、放浪していた時にさかのぼります。
開祖が立地条件を調べて、良い場所だと思ってたのがそこなのです。
ちょうどそこで魔物との戦いになって、開祖は命を落としました」
「放浪していたから、まずは安住の地を探すために、断腸の思いでそこを放棄したわけですね」
オリヴァーは静かにうなずいた。
「そうです。
一度はそこに都市を造ろうとして、ドリエウスの先祖とも戦いました。
死の山付近の戦闘で敗れて断念。
それ以降、不平等とも言える条件で関係を続けていました」
「ああ、それもあってヴァレンティーン殿は死の山に布陣したのですか」
オリヴァーはうなずいてから嘆息した。
「本人は妙案だと思ったでしょう。
成功すれば、本人の名声は頂点に達したでしょう」
「聖地を狙う可能性があるということですね。
巡礼であれば許可できますが」
気休めにもならないだろうな。
そんな話で済むなら、十字軍がエルサレムを奪いにいかない。
オリヴァーはため息をついた。
「アルフレードさまは既にご存じでしょうが、それでは簡単に済まないのです。
なんとか時間をかけて風化させるしかないでしょう」
それも難しいな…。
だが、値引きに値する情報だ。
戦いになったら敵の狙いが分かる。
「こちらも、できるだけ刺激しないようにしたいのですが…。
墓標のようなものがある、と報告は受けていませんね」
「場所が伝えられているだけです。
知らない人に配慮などできないでしょう。
そして、場所が不明確なのが問題なのです」
だよな、いくらでも拡大解釈ができる。
「そんな爆弾を抱えて押さえ込めるのでしょうか?」
オリヴァーは小さく笑った。
「そこは大丈夫です。
アルフレードさまに値引きしていただけましたから。
発言力は十分に確保できます」
「では、短気を持て余した若者に、後ろから刺されないように気をつけてください」
「お心遣い感謝します。
ところで個人的な好奇心を満足させる機会を頂けないでしょうか」
なにか知りたいことでもあるのか。
「何でしょうか」
「アルフレードさまです。
アルフレードさまの戦略は、使徒兵法にのっとっています。
それどころか使徒兵法に欠けている部分まで補われています。
どこでそれを学ばれたのですか?」
さすがに、転生前に知っていましたとは言えないな。
とはいえ、どんなものかは知っている。
ごまかすのは難しくないだろう。
「簡単な話です。
使徒の兵法のことを私は知らないのですよ」
オリヴァーの目が細くなった。
「ご自分でお考えに?」
俺は笑って手を振った。
「生き残るために、ただ当たり前のことをしただけですよ」
兵法は要約すれば、当たり前のことをかいてあるだけだ。
それが難しいから兵法が存在するわけだが…。
オリヴァーはしばらく硬直したが、やがて笑い出した。
「なるほど…至言です。
ヴァレンティーンは相手が悪すぎましたね。
無形に勝る形はないのに、見栄えの良い形にこだわって自滅してしまいましたが」
「私の本分は軍事でなく政事ですから、形なんてどうでも良いのですよ。
間に合わせでも偶然でも利用して、犠牲を抑えて目的を達するだけです」
オリヴァーは上機嫌にうなずいた。
「これはますます勝てる気がしませんな」
俺は肩をすくめた。
「なにをおっしゃいますか。
先ほどの交渉で、私はやられっぱなしでしたよ」
「それは、アルフレードさまにとって身代金は、大事な話ではないからでしょう。
それこそ、和平が確約されるならタダでも良い、と思っていたのではありませんか」
「買いかぶりすぎですよ。
私はそんな気前はよくありません。
それより、一つ私からも好奇心を満足させてもらってよろしいですか?」
オリヴァーが静かにうなずいた。
俺は少し前のめりになる。
「辺境に流れ着いて、最悪2000枚払えるくらいの金貨は、どこで手に入れたのですか?」
オリヴァーは声を立てずに笑い出した。
「われわれの領地にも海があって、以前そこに商船が漂流したのですよ。
われわれが救助して出港できるように、手助けをしました。
それ以降40年ほど、交易を続けているのですよ。
われわれの土地は魔物の発生源に近いので、貴重な魔物の素材を集めることができます。
40年やっていれば、金貨の2000枚くらいはたまりますよ。
私は若い頃からずっと、その商人と交渉をしてきたのです」
それで、あの値切り交渉かよ…いろいろ納得がいった…。
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