266話 交渉ゲーム

 2-3日、マガリ性悪婆の使いとやりとりを繰り返す。

 俺は結構楽しんでやっていた。

 話の通じる人との交渉は楽しいものだ。


 通じない人とのやりとりは交渉とは言わないが…。

 大筋での合意が成ったので、正式な交渉の日取りを決める。


 そのやりとりを横で見ていた、キアラが興味深そうに俺を見ていた。


「お兄さま、珍しく上機嫌ですわね」


「ある意味ゲームみたいなものですよ。

皆の生活が掛かっているから不謹慎ではありますがね。

ただ、今回のやりとりで皆への危険が増すわけではないので気楽です」


「やりとりをしていた条件で良いのですか?」


 俺はキアラに笑いかける。


「あっちの国力が明確に分かりません。

だから時間によるプラスの効果がどちらに大きいか…判断できないのです。

私としては、こっちは時間が欲しいですからね。

骨組みしかない体制に、肉付けをするのには時間が必要になります。

こちらの足下を固めないと話になりませんよ」


 ミルは俺の言葉にほほ笑んでいた。


「アルって時間の捉え方が上手よね。

里長も感心していたわよ。

それに、今回の話も感謝していたわ」


 感謝? そんなことあったか?


「感謝されるようなことしましたっけ?」


 ミルが驚いた顔をしていた。


「えっ!? アルのことだから全部計算していたと思ったわよ」


「一体なんの話ですか?」


「自然の持続的な維持のために、エルフの協力を求めたでしょ? ドリエウスと戦ったときに種族平等のために戦うなら、信用して良いって里で話がまとまったみたいよ。

でも、ドリエウスに勝って有利になってから合流の話はあからさますぎる。

私がアルのお嫁さんになってる関係で、地位が保証されるから合流するのはずるい。

そんなふうに思われそうだと足踏みしていたのよ」


 マジか? まったく気にしてなかった…。


「そんなことで悩んでいたのですか?」


 ミルにジト目で見られた。


「あのねぇ、エルフって名誉とか正しさにすごくこだわるのよ? 

だから、ある人の庇護を拒否して辺境に移住するんだから…。

そんなときに合流する立派な理由をくれたって、感謝していたわよ。

今、最後の詰めをしているから、もう少し待ってとだけ、アルに伝えたんだけど…」


「あーいや、本当に手助けが欲しくて言っただけなのですけど…。

敵対しない人たちの動向は、そこまで慎重に探っていないのですよ」


 キアラが笑い出した。


「お兄さまは深謀遠慮の人で知れ渡ってますから、良い方向に話が進むと、周りが勝手に解釈してくれるのですね」


 思わず頭をかいた。


「ミル、私が考えていなかったことはできれば内密に…」


 ミルにため息をつかれた。


「分かったわよ、私もアルのことだからそこまで考えてるって里長に伝えちゃったから…共犯よ」


「助かります。

うーん、結果オーライってことで」


 こうやって勝手に評判が積み上がるのか…。



 そんな気恥ずかしい日の2日後、いよいよ会談の日である。

 応接室で相対したのは、60歳を超えている老人の魔族だ。

 色黒で髪も目も黒い。

 イメージ的にはインディアンの長老のような、独特の雰囲気がある。

 服装は西洋なのだが…。

 

 オリヴァーが静かに一礼した。


「お目通りをお許しいただき感謝致します。

使者として参りましたオリヴァー・アーリンゲです。」


「ようこそいらっしゃいました。

領主のアルフレード・デッラ・スカラです。

そして…」


 隣のミルが一礼した。


「妻のミルヴァです」


 オリヴァーが静かにほほ笑んだ。


「すてきな奥さまですな。

うらやましい限りです」


 ミルが照れたように笑っていた。

 弟子との違いがすごい…。

 俺はせきばらいをした。


「ええ、私にとってこれ以上ない素晴らしい妻です。

失礼ですがオリヴァー殿に細君は?」


「ええ、元気に帰りを待っております」


 亡くなっていたらちょっと気まずいが…。

 元気だからあえて話題を振ったのか。

 だとしたら、結構手ごわいか?


「それはなりよりです。

早く戻れるように、交渉をまとめてしまいましょう」


 オリヴァーはほほ笑んだままうなずいた。


「ええ、まず個人的なお話からよろしいでしょうか」


「どうぞ」


「まず、先だっての弟子の非礼をお詫び申し上げます。

師たる私の不徳の致すところ。

お詫びすることしかできませんが…」


 そう言ってオリヴァーは頭を深々と下げた。

 ミルはびっくりしていた。

 ペースを握られかかってるな。

 これは結構な難敵だな…下交渉して助かったのは俺の方か?


「どうか頭をお上げください。

師弟と言っても、無限の責任を負う必要はないでしょう。

オリヴァー殿が謝罪なさる筋ではないと思います」


 オリヴァーは頭を上げた。


「感謝致します。

ですが、アレがああなってしまったのは私にも責任の一端があります」


「何かあったのですか?」


「ヴァレンティーンの前で、アルフレードさまのことを称賛したのですよ。

私から見て、ヴァレンティーンは未熟すぎて褒めたことはなかったのです。

それがヴァレンティーンの劣等感に火をつけてしまったようで…」


 ああ、それであんなにヒートアップしていたのか。


「それで己を見失うなら、本人の資質でしょう。

ですので、責任を感じる必要はありませんよ」


 このソフト路線は手ごわいな。

 しかも、ミルはすっかりオリヴァーに同情している。

 俺の判断に口を出すことはないが、しっかり脇の好感を得ているだけでも抜け目ない。

 マトモどころか、こっちが賢者じゃねぇか。

 あのババア…酷使してやる。


「重ねて感謝致します。

小さい頃は利発で、目を掛けたのですがかえって、自尊心だけが肥大化してしまいました。

躾けるつもりで厳しくしたのですが、他人を見下して自分の心を守ってしまいました。

育てるとは…難しいものですな」


「弟子をとるのは賭けでしょう。

結局、本人の資質次第ですよ。

師は手助けしかできませんからね」


 オリヴァーは静かに笑った。


「なるほど、さすがマガリが一目置くだけのことはありますね。

人の心をよく分かっておられる。

心を攻める達人だ、と思っていましたが噂以上ですな」


「たまたま、うまくいっているだけですよ。

部下たちが優秀ですから、随分助けられています」


 オリヴァーは静かにうなずいた。

 このご老人は年のせいもあるが、動きが静かだ。


「どんなに優秀な部下がいても活用できる主がいなければ、手入れのされていない剣です。

なまくらな剣では役に立ちますまい。

やはり立派な領主さまですな。

放浪のスザナがアルフレードさまの、悪い噂を広めていますがでたらめばかり。

あまりに大袈裟なのと実績とかみ合わないので、私は取り合いませんでしたが…。

ヴァレンティーンは信じたいあまりに食いついていました」


 あの猫まだ生きていたのか…しぶといな。

 すぐに本題に入らないのは、何か考えてのことだろうな。

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