265話 ヘビーな問題
いつものように執務室で考え事をしている。
ママンの視察でいろいろスケジュールが狂うな。
若干余裕は持たせていたが…何日拘束されるか分からない。
最悪、お帰り願うか…。
正直に話せば理解はしてもらえるだろう。
ママンがおバカだったらお手上げだがな。
マトモなのは知っている。
本当は早く第2都市を視察に行きたかったのだがなぁ。
いや、いっそママンの視察を逆手にとって金品をせびるか。
俺個人のためじゃない、ラヴェンナのためだ。
がっつりたかれば視察にも来ないだろう。
うん、そうしよう。
と考えていたら、ミルに頰を突かれた。
「アル、なにをニヤニヤ笑っているのよ…。
何か変なことたくらんでないわよね」
「いえ、母がきたときにかわいい息子の結婚を祝福する名目で、ラヴェンナのために金品をたかろうかと思ったのです」
ミルは微妙な表情になった。
「すごくコメントに困る悪巧みね…」
「無駄遣いなんてしてませんからね。
たまには我が儘を言っても良いでしょう」
と視察対策の話をしていると伝令が入室してきた。
「ご使者が到着しましたが、日を改めて交渉をお願いしたいとのことです。
加えて、旧知のプランケット殿を訪問する許可も求めています」
「許可します。
宿泊施設などの手配はこちらでします」
伝令が出て行ったあとで、俺はキアラに目配せする。
キアラはニッコリ笑ってうなずいた。
「では、長老さまの宿泊施設の手配をこちらで行いますわ」
「ええ、お願いします」
そのうち外務省が必要になる。
害務省はいらん。
まだまだ先の話だが。
長老さんは確かにマトモだな。
こちらの条件とどう折り合いをつけるか…お手並み拝見といこうか。
この話は1日で片がつく話ではないだろうな。
考え込んでいると、珍しくエイブラハムが入室してきた。
法律の運用で問題がでたのか。
珍しく難しい顔をしている。
「何か問題でもありましたか? オールストン殿」
「ご領主さま、法律で決め忘れていた箇所があったのです。
それについて内部で議論しましたが、結論がでません。
ぜひご領主さまの見解を、伺いたいと思いまして…」
わざわざ俺の所に相談を持ちかける、となればよほどの問題だな…。
「お伺いしましょう」
「生まれた子供についてです。
今までは部族の長が、赤子が健康に育つかを判断して部族の子と認知します。
つまり…四肢に欠陥があったりしたものは、認知せずにそのまま殺してしまいます。
その子供を支える余裕は部族にありませんでしたから。
ですが、それでも子供を育てたいという親がいたのも確かです」
あっちゃぁ…ヘビーなのきたわぁ…。
確かにこれは決められないな。
デルフィーヌの出産で皆気がついたのか…。
思わず腕組みをして考え込む。
気がつくと、全員俺に注目していた。
「障害を持った子供を育てるのは、とんでもなく大変です。
もし、その重荷を負えないのであれば、その判断は尊重すべきでしょうね。
だが、その重荷を負ってでも育てたいのであれば、同じようにその判断は尊重すべきでしょうね」
エイブラハムはしばし考えてからうなずく。
「決められるようにするのですな。
育てることを選んで、後になって重さに耐えきれなくなったらどうしますか?」
なかなかいい突っ込みだな。
やはり、ここを任せて正解だった。
「判断は生まれた直後で、最初の1回のみです。
認知して都合が悪くなってから殺すのは絶対に認めません。
認知した場合は、行政として金銭面での支援は必要でしょう」
細かなケアや助け合いに関しては、地域社会に任せたい。
原始的な社会である、相談役みたいな人が地域にいてほしい。
その人を地域行政に関わらせれば、良いか。
あまり、行政が介入しすぎると確実に不都合がでる。
行政は平等に対処するのが基本だ。
だが、困難に陥る人はそんな平等では助けにならないケースが多い…。
と思っていると、エイブラハムはせきばらいをした。
「あと一点あります。
育ってから障害が発覚した場合です。
各部族のしきたりでは、そのまま部族から追放しています」
なるほど…それこそ転生前の価値観で判断できない話だな。
「親が育てられないと判断した場合、行政で彼らを世話しましょう。
施設のような形になりますね。
そこで育てて、自立できるように手助けをするくらいですね。
犯罪を犯したわけでもないのに、追放や殺害は認められません。
障害が罪と認識するのは論外ですね」
そこで俺はいったん周囲を見渡す。
皆考え込んでいるな。
余りに重たいテーマだからな。
だからこそ、完全に俺が決めてしまうのは避けたい。
無論決まったことに関しての責任はとる。
俺は再び口を開く。
「先ほど言った生まれたばかりの赤子に関してですが…境界が曖昧です。
議論してみてください。
新生児が市民になるのは親が認知してからでしたね。
この問題のために認知をずらすケースだってあり得ます。
生まれた瞬間から市民とする、のであれば殺すことは認めません。
その場合の戸籍などの問題を含めて、さまざまな人と議論してください。
私が言えることは、市民になった瞬間から殺すことは許さないの一点だけです」
「つまり、省庁を問わずにですか?」
「そのくくりはお任せします。
必要なら議論するための、新しい制度をつくっても構いません」
公聴会のようなものをしてもいい。
ここはどう判断するかを見守りたいな。
議論の大筋は俺がもう決めた。
エイブラハムが苦笑した。
「分かりました、とにかく考えろということですな」
「ええ、ただ一点だけ補足します。
障害を持った人の生きる権利を奪う気はありません。
ですが、障害を持った人が特権を持つことは望ましくありません。
それこそ、種族の差のようなものです。
できること、できないこと、得意なこと、不得手なことの差として扱ってください」
障害者を特権階級にすると、それに便乗して甘い蜜を吸おうとする不届き者がでてくる。
そして、一般の人に障害者に対する憎悪や軽蔑が蓄積される。
そんなときに扇動者が現れると虐殺や迫害が始まる。
未来に爆弾を仕込む気になれない。
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