264話 弟子の尻拭い

 国の面倒な説明を終えた数日後、予想外の場所から矢が飛んできた。

 見事な不意打ちだ…。


 手紙をもってきたキアラに俺は再度確認してしまった。


「母上が視察に来られるって本当ですか?」


 キアラにジト目で見られてしまった。


「お兄さま、無駄な抵抗は止めてください。

3年がたとうとしていますし、母として息子の仕事ぶりを見たい、と言われてしまったら断れませんわ」


 デスヨネー。


「仕方ありませんね…」


 ミルが困った顔でため息をついた。


「義母さんかぁ…大丈夫かな…。

アルといい、キアラといい…いろいろ普通のレベルじゃないからね」


 キアラが頰を膨らませた。


「お姉さま、私とお兄さまを同列にするのは納得がいきませんわ」


 ミルがジト目でキアラを見た。


「あのねぇ…1から見たら、1万も1億も差がないのよ」


 キアラが珍しく言葉に詰まった。


「上手いこと言いましたわね…。

でも、お姉さまも私と同じくらいありますわよ」


 その不毛な数値争いは悲しい。


「2人ともそのくらいにしてください。

ともかく隠すことはないので大丈夫でしょう。

ミルを紹介する良い機会です」


 この件はちょっとおいておこう。



 ママンのチェックは大して問題ではない。

 ただ、親のチェックというのは後ろめたいことがなくても気が重いのだ。


 そして数日後、伝令が入室してきた。


「魔族の使者が、捕虜の引き渡しについて交渉を申し出ています」


「通行の許可を出します。

ちなみに使者はどんな風体ですか?」


 賢者さまだったら笑えるが、普通はそうならない。


「老人でした。

族長の代理で長老格だそうです。

オリヴァー・アーリンゲと名乗っていました」


「分かりました。

必要なら、こちらから馬車を出してあげてください」


 長老か…本気と見るべきか捨て石か…会ってみないと分からないな。


 キアラが人の悪い笑みを浮かべていた。


「残念ですわね。

賢者さまが自分の失態を解決しろ、と使者に選ばれれば良かったのに」


「捕虜がどうなっても良いなら、そうするでしょうね。

ですが、普通の組織なら敵前逃亡は処刑ですよ。

戦争を主導して、作戦を誤って、自分で失敗の対処をせずに逃亡。

これで生かしたら、族長の首が物理的に飛びますよ」


 キアラは少し残念そうな顔をした。


「ですよね。

お兄さまは既に処刑済みと見ているのですね」


「ええ、逃げ場はありません。

不可侵条約を結んだ他部族は全て人質を提出済みです。

かくまう利点はありません。

自分の名声を過信しているなら戻るでしょうね。

あとはコレです」


 そこで俺は首を切るゼスチャーをした。


「そうなると、族長は賢者さまよりマシなのでしょうね」


「マシの度合いは分かりませんね。

プランケット殿に聞きますか。

呼んでください」


「分かりましたわ」


 キアラが補佐官に指示して、マガリ性悪婆を呼びにいかせた。


 長老ねぇ。

 普通なら理知的なんだけど、賢者がアレだったからなぁ…。


 ミルが俺を見て苦笑した。


「魔族の称号は当てにならないからね」


 やっぱりミルも同感だったらしい。


「1人だけ例外かもしれませんし…決めつけるのは早計でしょう」


「アルとしてはどっちが良いの?」


「正直なんともいえないですね。

情報もないのに推測しても仕方ありません」


「相変わらず慎重ね」


 俺は苦笑するしかなかった。


「私が物事を軽視したり、思い込みに走ると大勢の人に、影響がでますからね。

慎重すぎてもダメですが、最初のとっかかりは慎重で良いと思ってますよ」


「たまには息抜きしたほうが良いわよ。

アルはスランプになると長いんだから」


「返す言葉もない、できるだけ気をつけますよ」


 そこからは他愛もない世間話になった。

 


 やがて、補佐官に連れられてマガリ性悪婆がやってきた。

 マガリ性悪婆が席に座って面倒くさそうに俺を見る。


「魔族の長老の話を聞きたいのかね」


「ええ、オリヴァー・アーリンゲと名乗っています。

ご存じですか?」


 マガリ性悪婆が俺を手で制した。


「か弱い婆を呼びつけたんだ。

酒の一杯でもだしなよ」


 昼間から酒かよ。


「キアラ、薬湯を出してあげてください。」


 キアラは笑いを堪えてうなずいた。


「分かりましたわ」


 マガリ性悪婆が俺をにらみ付ける。


「酒がなんで薬湯になるんだよ」


「私が酒はダメといっても、百薬の長だから薬だと言うでしょ。

なら薬湯でも大差ありませんよ」


 マガリ性悪婆がため息をついた。


「話が飛躍しすぎだろうに…」



 マガリ性悪婆はブツブツ言いながらも、キアラに出された薬湯はしっかり口にした。


「で、オリヴァーの話だったね。

一言でいえばマトモだよ。

ヴァレンティーンに使徒の兵法を教えたのもアイツさ」


 賢者さまの師匠か。


「弟子がアレだとマトモってのも、当てにならないのですが」


 マガリ性悪婆がフンと鼻を鳴らした。


「師弟関係ってのは、師匠と弟子がかみ合わないと成功しないだろ。

坊やなら先刻承知だろうに。

惚けるんじゃないよ」


 どちらかと言えば、アウトプット側…弟子の比重がでかいな。

 アウトプット側が優秀なら、インプットはなくても勝手に育つ。

 

「まあ、賢者さまがアレでしたからね。

誰が教えてもダメだったでしょう。

頭が回りますが、メンタルが弱すぎて、客観性を保てませんでしたから」


 ペーパーテストでは無類の強さを誇るだろう。

 実戦ではダメなタイプ。

 転生前ならテレビの評論家だな。

 評論家に実務をやらせるとどうなるのか…。


「師匠だって万能じゃない。

弟子を選ぶのだって博打さね。

ガキのころから、利発なら賭けてみたくなるもんだろ」


「プランケット殿がそこまで言われるなら、マトモなんでしょうね。

では、今回は弟子の尻拭いをさせられたわけですね」


 マガリ性悪婆が苦笑した。


「だろうさ。

だから交渉をする気で来ている、と思ったほうが良いさね。

それで、交渉の場にでてほしいから呼んだのかね?」


 俺は首を振る。


「いいえ、その必要はありませんよ。

プランケット殿にはこちらの条件を伝えておきますよ」


 マガリ性悪婆が笑い出した。


「はいはい、やっぱり坊やは楽しいねぇ。

これでアタシを酷使しなければ最高の領主なんだがね」


「そうしたら、どうせ暇になって首を突っ込むのは目に見えます。

ずっと世話人をしてきた人が、急に隠居なんてできませんよ。

私から先達に敬意を表してのいたわりです」


「全く、どこからそんな知恵を仕入れているのやら。

いいさ、じゃ条件を教えておくれよ」



 マガリ性悪婆は条件について、いくつかやりとりをしてから退出した。


 ミルがふくれっ面になってた。


「アル、マガリさんと2人だけの世界で会話しないでほしいんだけど」


 2人だけの世界の言葉に、悪寒を感じて身震いした。


「おぞましいことを言わないでください…」


「だって、私たち蚊帳の外よ? またアルの悪い癖がでたのね…」


 思わず頭をかいてしまった。


「ああ、すみません。

ちゃんと説明しますよ」

 

 その言葉に一同姿勢を正す。

 いや、いちいちそんな姿勢とらなくて良いから…。

 俺は一同を見渡して、口をひらく。


「交渉役がマトモであって、交渉先にコネがあるなら、まずそこと接触しますよ。

相手の考えや条件を探って下交渉をするのです」


 キアラが理解した顔でうなずいた。


「それで、長老さんはマガリさんの所に最初にいくと考えたのですね」


「ええ、いきなり本交渉なんて、よほどの自信があるか決裂させるつもりでないとしませんよ」


 ミルが首をかしげていた。


「待って、エイブラハムさんたちが合流するときはいきなり来たわよ?」


「あれは、こちらの条件を既に提示済みだからです。

双方に合意の意思があるならトップ会談が有効です。

あとは細かい話になりますが、相手の立場も考慮して条件が良くなります」


「マガリさんやアーデルヘイトのときは、条件は分かっているから下交渉なしできたのね」


「その通りです」


「じゃあ、イザボーさんのときは?」


「あれは本家の紹介状を持ってきた段階で、交渉はほぼ成立したも同然ですからね。

条件をつめるだけの話ですよ。

よほどの賢…バカでなければ、コネを介して下交渉をしないとか、紹介者の顔をつぶす行為はしません」


 ミルは苦笑しつつ納得したようにうなずいた。


「条件が分からないときは、コネって大事なのね…」


「ええ、エルフとの交渉もミルというコネがあるから話ができているのですよ。

ミルを介しての下交渉が始まりますよ」


「里長に橋渡しするといったけど、コネとも言うのね」


「そういうことです。

人の世は結局、コネが強いのですよ」

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