260話 閑話 賢者さま渾身のパフォーマンス

 翌日になっても魔族の動きはない。

 プリュタニスが俺の隣にやってきた。


「ロッシ卿、考えたのですがヴァレンティーンは魔力が強大です。

雨を降らせたり、魔法で水を作り出せるから、山にこもっているのかもしれません」


 ああ、そんな手もあったな。


「以前、御主君に魔法で、兵站の負担軽減が可能か聞いたことがあるのさ」


 プリュタニスがあきれた笑いを浮かべた。


「さもありなんですね。

アルフレードさまの好奇心は、あきれるくらい徹底していますね」


「昔に好奇心で試したそうだ。

食い物はできなかったから水で試したと言っていた」


「それで渇きを癒やせるのですか?」


 意地の悪い笑みが自然に浮かんだ。


「駄目だそうだ。

御主君いわく

『魔法で水を生み出して飲んだとします。

水を飲んだ感覚は残ります。

実際には体内に吸収されるまでイメージし続けないと消えてしまいます』

だそうな」


 プリュタニスはあんぐり口を開けていた。


「はあ…すごいんですけど…あきれました。

つまり、魔法で水を生み出しても渇きを癒やすことはできないと…」


「そう、水や食い物を生み出しても、体内に吸収される形までイメージしないと駄目ってことだ。

ただ、例外は一つあると言っていた」


「抜け道があるのですか」


「ああ、使徒の膨大な力で具現化すればイメージをしなくてもかなり持つと言っていた。

使徒が食い物を生み出したことがあったらしいからな。

それでも、完全に水や食糧の代用にならない。

脱水症状は確実に襲ってくる」


 プリュタニスはひきつった笑いを浮かべていた。

 俺の最初の反応と一緒だな。


「それならヴァレンティーンはしっている可能性がありますね」


「それなんだが…半日水を抜いて御主君は自分で確認した。

乾きにあえいでいないと、水が消えることは分からない…とのことだ」


 プリュタニスは天を仰いだ。


「アルフレードさまは何者なんですか…」


「気にするな。

考えても無駄だぞ」



 気がつくと、敵陣のある山頂に雲が集まっていた。

 プリュタニスは首をかしげた。


「雲を集めて、雨を降らせたらどうなんでしょう」


 この回答までしっているのが、御主君の底がしれないところだ。


「雲を呼び寄せるのは、使徒級の魔力でないと無理だとさ。

それ以外の人の雲は魔法で作り出している。

だから、雨が降っても渇きは癒やせない。

魔法で雨を降らせて、土砂崩れが起こると土砂は崩れたままだ。

魔力が失われると、水だけが跡形もなく消える」


 プリュタニスは笑い出した。


「ロッシ卿が魔法使いのように見えますよ」


「御主君の回答をそのまま言っただけさ」


 山頂に降っている雨を見て喜んでいる魔族が、少し気の毒になるな。

 プリュタニスも雨を見て苦笑していた。


「ヴァレンティーンの策も、普通であれば通用したのでしょうね。

普通なら将軍は保身を考えます。

水に関してはうかつとしか言いようがないですが」


「御主君に聞くまでは、俺だって魔法で水を出せば良いと思い込んでいたさ。

バカではないがうかつすぎる。

思いついた時点でゴールと錯覚している。

そんな賢者さまは、薄氷の上で華麗なステップを踏んでいるがな」


 プリュタニスは腕組みをして考え込んでいた。


「アルフレードさまは山の上で踊るのをしっていたのですかね」


「さすがに具体的には分からないだろうよ。

ただ、自分を賢いと信じているなら複雑な策を考えて客観性を失うだろうな。

それで踊ると表現したのだろうさ。

俺たちが空を飛べないように、賢者さまには客観視ができない。

だから…あれが賢者さまにできる最善ということだな」



 翌日、有翼族に敵陣を遠見で確認させたところ、兵士たちがへたり込んでいるとの報告を受けた。

 なかなか深刻なようだな。

 そう思っているとまた山頂に雨が降り出した。

 気がついていないのか。

 ここまでくると笑う気にもならない。


 そろそろ無理にでも下山する可能性が高い。

 俺は警戒のレベルを上げるように指示した。


 現時点でほぼ敵兵は戦えない。

 あと1-2日もしたら動けなくなるだろう。

 3日目以降は死者まででそうだ。


 無理に下山したとして、水場を死兵になって奪いにくるか。

 体が動かないから死兵にすらなれない。

 やはり無理があるだろうな…。

 

 夜に数名の魔族が水場に降りてきて降伏した。

 完全に脱水症状だ。

 

 筋肉がけいれんしていたり、うわごとを言う者までいる。

 水と食糧を与えて、明日情報を聞こう。


 御主君に仕えてから、実際に剣を交える機会が随分減ったな。


 指揮官が苦労するほど、兵士は楽になる。

 領主が苦労するほど、領民は楽になる。

 上司が苦労するほど、部下は楽になる。


 合理的に考えても、良いことだと御主君が言っていた。

 だが、それを真面目にやるとシンドイし、理解されにくいから皆やりたがらない。

 そう言って笑っていた。


 同意はしたが、この苦労の質はなかなかハードだ。

 自分一人で考えると途中でどうしても妥協したくなる。



 翌日、症状が落ち着いた魔族に尋問を行う。


 案の定、賢者さまは

 『指揮官は保身を考えて、部下を山に突っ込ませる。

  そうすれば、失敗しても力及ばずと言い訳ができる。

  何もせずに失敗すれば、言い訳のできない失態で名声も地に落ちる。

  仮に日和ってにらみ合いになっても、魔法で水は補給できるのだ。

  自分の言う通りにすれば、勝利の女神は媚びを売ってくる』

 と豪語していたそうだ。

 

 陣中の空気は最悪で、誰かが賢者を殺すかもしれないと。

 捕虜はそう吐き捨てた。


 遠見をさせてさらに敵陣の様子を確認させる。

 どうも兵士の様子が怪しいらしい。

 かなり動揺していると報告を受けた。


 賢者さまが殺されたか? そうなったら敵兵が逃亡を図るかもしれない。


 ここは逃がすわけにはいかない。

 逃げて城を攻めている部隊と合流されても面倒だ。

 俺は部下に今夜の指示を出していると、プリュタニスがやってきた。


「ほぼヴァレンティーンは詰みでしょうかね」


「ああ、ただ…うかつにこちらから攻めて被害を増すのもバカバカしい。

まだポンシオは持ちこたえるだろう。

賢者さまの軍が瓦解したら、城攻めをしている部隊も引き上げるさ」



 その日の夕方に散発的に魔族が下山を始めた。

 必死に逃げようとしたのか下山途中で、足を踏み外して転落死するものも多かった。


 結局その日は200名ほど討ち取って、60名ほど捕虜にした。

 捕虜に事情を聞くのは翌日だな。


 もしかしたら夜に逃亡を図る者が出るだろう。

 御主君に倣って篝火を派手に焚いて、山を包囲したように見せる。

 一部分に篝火を焚かずに、兵隊を伏せておいた。


 脱水症状でまともな判断力を失っているなら、簡単にひっかかるだろう。

 


 予想どおり、逃亡を図る魔族がいたが全て討ち取った。

 暗がりで捕虜をとるのも困難だからだ。

 人数は翌日に確認をしよう。

 数名に逃げられたかもしれないが、数名なら問題ない。



 翌日、戦いのあとを見ると300名ほどの死体があった。

 数名、息があったので捕虜として治療を施す。

 捕虜の扱いは御主君に任せよう。


 この戦いが、ラヴェンナ軍として初陣となるドリエウス配下だった獣人は、犠牲を強いられない戦いが信じられないらしい。

 部隊長に犠牲が少ないが大丈夫なのかと聞いたようだ。

 これで社会が変わったことを実感すれば良いだろう。


 こんな話を御主君にしたら不快な顔になりそうだ。


 そして、捕虜を尋問すると、衝撃的な内容に俺とプリュタニスは顔を見合わせて硬直してしまった。



 プリュタニスが自分の顔をたたいて、もう一度捕虜に聞き返した。


「ヴァレンティーンが側近と逃げたのですか? 他の兵士を全て置き去りにして」


 賢者さま渾身のパフォーマンスにさすがの俺も言葉が出なかった。

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