259話 閑話 踊る賢者さま

 御主君から賢者さまへの対応を、俺ことチャールズ・ロッシは一任されている。

 賢者さまが勝手に踊り出すのか分からないが、御主君が言うなら可能性は高いのだろう。


 新領土の中央に軍事基地を造って、俺はそこに駐屯している。

 元ドリエウスの獣人なども兵士として編入したので、新領土に配置されている兵数だけで1200人近くになっている。

 気がつけば大きくなったものだ。

 とはいえ、魔族の国境沿いにある城にも駐屯させている。

 現状手元で動かせるのは900人弱だ。


 有事でないときは、プリュタニスには総督であるオラシオの補佐をさせた。

 オラシオもいきなり総督だから、この土地の知識を持っているプリュタニスは助けになるだろう。

 冷遇されていたとはいえ、権力中枢にいただけに統治のノウハウもある。



 賢者さまからそろそろラブコールが届いても良い頃だ。

 思ったときにくるわけではないので、ここ一週間は待ちの状態だ。


 欠伸をかみ殺していると、伝令が駆け込んできた。


「ロッシ卿、魔族が動き出しました! 国境近くの城を包囲しています!」


「分かった。

プリュタニスを呼んでくれ。

あとは出陣の準備も伝達してくれ」


「はっ!」


 伝令が出て行った。

 城からつぶしにきたのか…思ったより普通だな。


 御主君は神じゃないからたまには外すこともあるだろう。

 城の守将は、オラシオの息子のポンシオだったな。

 

 急いで助けにいかないとな。



 プリュタニスに出陣を告げる。

 城の包囲を聞いて、プリュタニスが意外そうな顔をした。


「城攻めですか…ヴァレンティーンは口癖のように城攻めは下策だと言っていましたが…」


「ほう、陽動のセンもあるか。

だが城も整備中で十分な兵糧は運び込めていない。

こちらは急ぐ必要がある。

1月もつかどうかだな。

そこを狙った可能性もあるな。

道中に伏兵か、行軍を妨害できる場所はあるか?」


 プリュタニスは考え込んでから、顔を上げた。


「森林はありません。

行軍を妨害できるポイントはありますね」


「移動しながら教えてくれ」


「ええ。 

ヴァレンティーンにはあれだけの醜態を見せられましたが、少し気後れしますね」


「油断してやられるより良いさ。

今のところバカはやっていない」



 基地の防御に兵士を残さないといけない。

 800人程を率いて出発する。

 


 急ぐ必要があるので、こちらの勢力圏は強行軍になる。

 2日ほど行軍して野営中にプリュタニスがやってきた。


「ロッシ卿、明日あたり危険な場所に到着します」


 新領土も全て勢力下にできていない。

 飛び地のような形で、魔族の侵攻を抑えるために旧ドリエウスの城を確保している。

 ここから先は実質的に中立地帯のようなものだ。


「地図だと盆地の真ん中に、小さな山があるのか。

この山はなにかあるのか?」


 プリュタニスがうなずいた。


「死の山と呼ばれています」


「物騒な名前だな」


「私の先祖が昔、魔族と戦ったことがあります。

高地を巡って激戦を繰り広げて、双方あわせて半数の死傷者がでました。

そこを抑えられていたら、うかつに進軍できません。

無視して進軍して補給線を絶たれてもまずいです。

山に向かって攻撃すると損害は多数です」


 双方がぶつかるってことは、戦略上の要地か。

 抑えられている可能性は高いな。

 城の兵糧が少ないことを見越しているなら、足止めだけで十分な成果が得られる。

 そして新領土は大きく動揺する。

 そんなにバカには思えないな。


「つまり、有利な地点か。

ほかの情報はないのか?」


「このあたりは、森林がなくて荒れ地なのですよ。

盆地にでるのに隘路があり、複雑な地形です。

水も少ないので、水場の確保が最優先ですかね」


「まあ、明日いってみるか」


「そうですね。

アルフレードさまの見立てが的中していることを祈りましょう」


 俺も苦笑が多くなった。

 御主君の癖が伝染したか。


「あまり御主君だのみも良くないだろう」


 その日の話はそれで終わった。



 翌日、隘路を斥候に探らせても敵がいない。

 隘路を抜けると盆地にでた。

 その盆地の中央に山がある。

 確かに、付近の土質は乾いていた。

 

 ある程度近づいたところで、一度行軍停止をする。

 ここで、有翼族に遠見で周辺を調査してもらう。

 森がないから、遠見だけでほぼ全ての情報が得られる。


 遠見の結果が俺にもたらされた。

 山に予想どおり防御陣地が構築されている。

 兵数は1000人程度とのことだ。


 山から外れたところに水場がある。

 水場に、魔族の兵士が水をくみに降りてきているようだ。

 水の手がないのに山に布陣か? それともないと思わせているのか。

 そして、兵士が水をくむ前に自分で飲んでいると報告があった。


 どのみちやることは一つだな。

 水場を占拠して陣地を造る。


 相手の意図が不明だな。

 いや、一つの可能性があるが…まさかなぁ。

 

 山の中に水場があるのか、あたりの土の乾燥からしてその割合も低い。


「プリュタニス、この時期雨は降るのか?」


 プリュタニスは首を振った。


「この時期は降りません。

冬に降りますけど、降雨量は少ないですよ。

ヴァレンティーンの意図は不明ですね」


「俺たちが急ぐあまりに、山に突っ込むと思ったのか?」


 プリュタニスはしばらく考えていたが不思議そうな顔をした


「ロッシ卿はアルフレードさまからの処罰を恐れませんか?」


「御主君に処罰されるとしたら、兵士を私物化して俺個人の浅はかな保身を図ったときだな」


 その確信はある。

 御主君はなんでも受け入れるように見えるが、私欲を優先して保身を図るタイプは忌避するだろう。


「アルフレードさまはかなり特殊な方ですからね。

ヴァレンティーンも読み切れないと思います。

いえ、理解ができないタイプですね」


 なんとなく、ヴァレンティーンの意図が見えてきた。


「つまり、山で踊っている賢者さまにしてみれば、将軍はみな保身に走ると思うわけだな」


「ええ、ここで持久戦をして仮に失敗したら処刑されると考えますね。

攻撃をすれば少なくとも将軍は言い訳ができます。

アルフレードさまの論法を借りると、保身にたけているから、どうすれば責任が問われるかに敏感だと」


 ほう、御主君がプリュタニスのことを天才と言っていた。

 考えてみれば、この年でそこまで考えられるなら確かに天才だな。

 近くに御主君という化け物がいるから、天狗になる余裕もないのが結果良い方向に転んでいるか。

 

「山に水がある可能性は低いな。

水の手を切って包囲をする。

完全に包囲は無理だが、下山したところを狙い撃ちはできる」


 プリュタニスは黙ってうなずいた。


「しかし、アルフレードさまは話を聞いて一度面会しただけで、そこまで人のことを見透かせるのですか?」


「御主君を理屈で考えたら駄目だぞ。

俺はとっくに諦めた」


 どんな素性だとか…とんでもない天才だの、そんなものは関係ない。

 納得のいく主君の下で働けるのはとても充実している。

 ほかのことは蛇足というものだ。

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