258話 兎さんは共通化がお好き
執務室に戻ってから訓練について、ミルとキアラにいろいろ詰問されてしまった。
俺は悪くないぞ。
詳しく説明したら納得してくれた。
ミルがちょっとバツの悪そうな顔をしていた。
「兵士って大変なのは理屈でしっていたけど、そこまで過酷なの?」
「短期で決着がつくなら良いのですよ。
長期になるとまた大変です。
戦争がおわって兵士が精神を病んでしまったら社会問題ですよ」
中世は主にデモンストレーションで派手な殺し合いは少ない。
異教徒や異端相手はそもそも人間と思わないし、兵士への負担は少ない。
それでも、司祭が随行して戦う騎士のメンタルケアをしている。
徹底的な教育を施された騎士のみで戦うから、メンタルケアの要素はそこまで重要でない。
騎士の誓いと義務が心を守ってくれる鎧になる。
だが、市民を兵士として計算する俺たちの社会ではそういかない。
キアラもバツが悪そうな顔をしている。
「騎士の戦いは教わっていましたけど、兵士の戦いはお兄さまに教わるのが初でしたわ。
それだけデリケートなのに戦力として使うのですか?
傭兵でも良いと思いますわ。
給料未払いのときは略奪が発生しますが、支払われる分にはおとなしいでしょう」
折角の提案だが、それは駄目なんだ。
俺は首を横に振った。
「他人任せだと、真剣に自分たちの生命を守ることを考えなくなります。
そうなると、現場にたいしてむちゃな要求をします。
最後に抑止力を無駄金と考えたり、傭兵を捨て駒のように扱った揚げ句に、裏切られて破滅の確率が上がります」
そこでいったん言葉を切って、皆を見渡す。
特に質問は無いな。
俺は口を開く。
「自分たちの社会は自分たちで守る、そうでないとまともな未来を子孫に渡せませんよ。
なにより、自分たちの安全に無関心な人は醜悪極まりないですよ。
自分の主義主張のため、他人の生命を気軽に道具にして、悪びれません。
自分の痛みに無関心な人が、他人の苦痛を気にかけますか? そんな人を生み出すために、苦労なんてしたくないですよ」
キアラは慌てたように手を振った。
「別にお兄さまの政策を批判したわけじゃないですわ」
謝ったり訂正する話じゃないだろう。
俺はキアラに笑顔を向ける。
「根拠のある批判があって、それに根拠をだして回答する。
それこそ望ましいですよ。
討論で腹を立てる位なら、自分でものを考えろなんて言いませんよ」
そこにミルが少し身を乗り出した。
「じゃあ、ちょっと聞かせて。
兵士が恐怖を感じるのは分かるわ。
それでもずっと恐怖にさらされないでしょ。
長いこと戦場にいると、精神を病むものなの?」
どう説明したものかな。
通じると良いが…まずは話してみるか。
「人は命令があれば人を殺すことができます。
ですが、自分の判断で殺人を実行できる人はそう多くないのです。
戦場では命令なしでも戦う状態もあるでしょう。
ふとした瞬間に、相手にも家族がいると想像することもあります。
そうなると、心がさいなまれて病みますよ」
ここは理解が難しいかなぁ。
転生前ですら、大きく広まっていない戦士の心理学だ…。
だが、皆は俺の言葉を待っているようだ。
ちょっと通じるか自信がないが…そのまま説明を続けよう。
「そんなストレスは心の毒みたいなもので、すぐには解消されません。
毒に犯された状態に長期間を身を置くと、心が中毒症状になります。」
「一体どんなことがおこるの?」
「人によりますけどね、嫌な幻覚を見たりしますね。
平時に戻っても幻覚にさいなまれます。
手足が無くなったり、仲間を殺したりする幻覚ですね」
ミルが重いため息をついた。
「自分たちの身を守るためでも、ひどい目に遭うのはつらいわね」
「攻撃の選択権は相手にありますからね。
できるだけその可能性は避けますし、武器を交えずに勝つことを主眼にしているのですよ」
あ、そうだ。
今のうちにやっておきたいことがあった。
俺はキアラに目で合図を送る。
キアラは俺からの指示のサインと理解して背筋を伸ばす。
「キアラ、本家に貧民層の受け入れ100世帯ほど要請してください」
「構いませんけど…、今で良いのですか? 食糧の余裕はありますけど」
俺は苦笑した。
「切羽詰まったときに、受け入れ要請がきたら困るんですよ。
まだ本家も貧民の飢饉問題で、綱渡りをしているでしょう。
今ある程度受け入れたら、しばらくは言ってこないことを見込んでいますよ」
「確かにそうですわね、魔族と激戦中に要請されても困りますわね」
「ええ、あとルードヴィゴ殿とアレンスキー殿を呼んでください」
「分かりましたわ。
何かまた考えさせるのですね」
まあ、させるのは間違いない。
暫くして二人がやってきた。
俺にまたとんでもないことを言われるのでは、とビクビクしている開発大臣ルードヴィゴ。
何かを期待している建築・科学技術大臣オニーシム。
実に対照的だな。
「お二人に相談したいことがありましす」
ルードヴィゴは警戒心バリバリで腰が引けている。
「は、はい…できればお手柔らかに…」
オニーシムはキラキラと目を輝かせていた。
「浪漫に少し行き詰まっていたからな。
気分転換にちょうど良い」
「現状、開発が急ピッチで進んでいますが、馬車での輸送に遅延が見られますよね」
ルードヴィゴは渋い顔になった。
「道路の複線化のアドバイスを頂いていますが、手が回っていません。
運河を広げすぎてもそのあとのメンテナンスコストが掛かります」
コストまで考えてくれるのは実に有り難い。
「通常の道路と別に検討してほしいことがあります。
馬車の輸送量を単純に上げたいのです」
オニーシムが腕を組んだ。
「兎人のように馬をムキムキにするのか?」
ちゃうわ! 筋肉から離れろよ!
「重さを感じないようにすれば良いと思います。」
ルードヴィゴとオニーシムが顔を見合わせた。
そしてオニーシムが俺を白い目で見た。
「魔法で浮かせるのか? 無理があるだろう」
俺は笑って手を振った。
「いえ、馬車の重さは変わらないのにときによって重さが変わりますよね」
摩擦の概念はしらないだろう。
だから別の概念で説明するしかない。
ルードヴィゴは腕組みをした。
「確かにありますね。
ぬかるんだ道は重たいです。
ラヴェンナの道路は世界一安定していると思いますが」
オニーシムもうなずいていた。
「つまり、その道路を使わないのだな」
「ええ」
「当然ヒントはあるのだろう?」
そろそろなしでやってほしいのだが…これは急務だからヒントを出すか。
「まあ、一応あります。
以前に連弩で共通規格を決めましたね」
オニーシムが遠い目をしていた。
「それで馬車の仕様も決めさせられたな。
便乗して兎たちが片っ端から、ありとあらゆるものを共通化しようと暴走したなぁ」
兎人族は共通化とか大好きそうだな…。
「ええ、そこで馬車専用の一方通行の道を造ってほしいのです。
道幅は共通化されていますから問題ないでしょう」
ルードヴィゴの片眉がピクっとあがる。
何かエンジニア魂に火がついたのか。
「どんなものを想定しているのですか?」
「鉄のわだちのようなものを敷設します。
そこに車輪をはめ込みます。
道路より引っかかりが少なければ、馬が感じる重さも減るでしょう。
車輪がはまってスムーズに動けば、どんな形でも良いです。
鉄に関しては、新領土のほうに鉱脈があったそうですし、そちらでなんとかなるかなと。
やってみてもらって良いですかね」
本当は鉄道だが、まずわだちからイメージしてもらおう。
科学技術部の兎人たちは張り切って共通化を生かしてくれるだろう。
彼らの扱いが難しいが、とても活躍している。
オニーシムがニヤリと笑った。
「分かった、いろいろ試してみよう。
子供たちからも、何か新しいことがしたいと催促されているからな」
娯楽と科学技術の結合は有り難いな。
将来が楽しみだ。
各地で一斉に開発が進められている。
町や基地ができあがると、さらに輸送量が増える。
パンクしてからでは遅いからな。
余裕があるうちに着手したい。
ドリエウスからのあぶく銭は全部、インフラにぶっ込んでやる。
これ、財宝で一発当てて楽になりたがる気持ちがよく分かるわ…。
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