256話 敵にいてほしい俊才

 愉快なのか不快なのか不明な会談が終わった。

 ヴァレンティーンにお引き取り願ったあとに、部屋に3人が残された。


 俺の視線はプリュタニスに向かう。


「プリュタニス君、彼に知恵比べで負けたのですか?」


 プリュタニスが目に見えて取り乱した。


「ほ、本当ですよ! 昔会ったときは、あそこまでバカじゃなかったんです! 信じてください!」


 自然と俺の目がジト目になる。

 冷や汗を大量にかくプリュタニス。

 半泣きになっていた。


「別人かと思うくらいですよ!」


 そこにマガリ性悪婆の笑い声が響いた。


「プリュタニスの言うことは本当さ。

前会ったときは空回りしていたけど、あそこまでバカじゃなかったさ」


 俺は腕組みをして考え込んだ。


「同一人物であることは間違いないのですよね」


 プリュタニスとマガリ性悪婆が顔を見合わせてうなずいた。


「間違いありません」「本人だね」


 そうなると幾つかパターンが考えられるのだが。


「比較的マシだったころは、誰か背後に頭脳がいたのですかね」


 マガリ性悪婆が顔をゆがめて笑い出した。


「なるほど、なるほど。

人形が自分を人と勘違いして、一人歩きしたと」


 プリュタニスも腕組みをして首をかしげた。


「うーん、断言はできませんが……彼は人から意見されることを嫌います。

操るのも一苦労ですよ」


 マガリ性悪婆がプリュタニスにウインクした。

 ばあさんのウインクは食事中に見たくないな。


「坊やだったら操れるだろ。

坊やと同格のヤツがいるかもしれんよ」


 黒幕とか面倒なんだけど……。

 俺はため息をついてしまう。


「暴走しては手遅れでしょう。

制御不可能ですよ。

もう一つ、彼はホームグラウンドでないと余裕が無くなる。

内弁慶ですかね」


 マガリ性悪婆は少し考え込んだ。


「ふむ、そのセンが強いかもしれないね。

ヴァレンティーンは内心、坊やの功績に嫉妬している。

坊やの対応は塩が甘いくらい素っ気ないから、傷心になって自制が効かなくなったのかね」


「どちらにしても、判断材料が少ないですね。

それにしても、あれで賢者ですかぁ」


 俺はプリュタニスをチラ見した。

 プリュタニスがまた慌てだした。


「いえ、元々魔族で一番の魔力を持っていますよ! それで賢者と言われ始めたのです。

そのあとで知識アピールが強くなって、現在に至っています」


 ライト賢者から、勘違いしたのか。

 マガリ性悪婆は俺を面白そうな目で見ていた。


「坊やはどう対処するね?」


「どうもこうもありませんよ。

攻撃してくるなら……撃退するしかないでしょう。

問題は彼が魔族の主力なのかです」


 マガリ性悪婆はアゴに手をあてて口を開いた。


「族長のニクラウスは、そこまでバカじゃないはずだよ。

あれに主力を預けるとは思えないね」


 プリュタニスを見る。

 プリュタニスは俺の視線を受けて、記憶を探るような顔になった。


「ニクラウスさんですか。

直接の面識はないのですよ」


 楽になるわけではなさそうだなぁ。


「やることは変わらないですね。

ただ、賢者さまを撃退して終わらないでしょう」


 マガリ性悪婆はニヤニヤ笑いを俺に向けた。


「ヴァレンティーンは眼中にないかい?」


 俺は気のないそぶりで肩をすくめた。


「どう攻撃を仕掛けてきて、どう対処するか。

その後どうするか。

私の関心は最初からそこだけですよ」


 プリュタニスは微妙な表情をしていた。


「ヴァレンティーンが間抜けなままだと、私の人を見る目が疑われます。

でも、本当は有能でも困ります。

どうしてこうなった……」


 俺は笑って、プリュタニスの肩をたたいた。


「私も驚くおバカでしたよ。

予想外の落差なら仕方ないでしょう」


 保身の力だけは本物だろうなぁ。

 一体何人が責任をなすり付けられたのか。

 味方にしたいとは思わない。

 敵にいてほしい俊才だ。

 こっちにはくるな。


 プリュタニスは力なくうなずいた。


「思えば昔から、ハッキリとした予測は立てない人でしたよ。

表現はぼかしていましたね。

気がつくべきでしたよ。

見事にだまされました……」


 そう言って両手で頭をかき始めた。

 つい苦笑してしまう。


 自信満々で獲得した助っ人が、ロクに働かずに『神のお告げ』と言って帰国。

 ファンから罵声を浴びた某球団社長のようだ。

 あっちは獲得前の実績は本物だったから、まだマシだが。


「ぼかした発言って、不思議と頭がよく見えますからね。

それに、そのころのプリュタニスは10代なりたてくらいでしょう。

仕方ありませんよ。

無能と思っていたが実は有能だった……よりずっとマシです」


 マガリ性悪婆が笑い出した。


「そうさね、それは間違いないよ。

ヴァレンティーンには特別な対処はしないんだね」


 俺はちょっと人の悪い顔をした。


「彼は私に最善を尽くさない、と力説していましたね。

でも、自分自身にとっての最善を尽くしても、駄目な人がいるのですよ。

だから特別な対処は不要です。

こちらが余計なことをして、被害を増やすのは得策ではありません」


                  ◆◇◆◇◆


 2人と別れて執務室に戻って、チャールズを呼んでもらう。

 攻撃に対するレスポンスは素早くする必要があるだろう。


 ミルとキアラは会談の内容を知りたがったが、チャールズとの話が終わってから教えると伝えた。


 そして、すぐにチャールズがやってきた。


「うわさの賢者さまは、お帰りになりましたな」


「ええ、近いうちに攻撃があります。

ロッシ卿は新領土に駐留して、防衛作戦の指揮をお願いします」


 チャールズは期待を込めた目で俺を見ていた。


「承知しました。

ところで、今回はなにか作戦がありますか?」


 部屋の全員が聞き耳を立てている。

 俺は軽く息を吸う。


「がんばれ」


 部屋は沈黙が支配した。

 チャールズはあぜんとした顔だった。


「御主君、子供の運動じゃないんですよ。

がんばれ……はないでしょう」


 いや、あまり言うことないのだよね。

 俺はせきばらいをした。


「いえ、彼は実行不可能な作戦を立てて、派手に勝ちたがりますよ。

勝手に目立つところで踊る人にあわせて、こちらも無茶なな体勢で踊りますか?」


 チャールズがニヤリと笑った。


「正攻法でいけとのことですな」


「ええ、余計な策を講じるとかえって傷口が広がります。

頭を使いたがる相手には正攻法が1番ですよ」


「でも、頭でねじ伏せることはできるのでしょう?」


 俺は肩をすくめた。


「指揮系統が完全で、部隊が手足のように動くならば……ですね。

実行できない作戦は害悪ですよ。

賢者さまに個人的に勝つ必要を感じませんからね。

1人でも犠牲を減らす方針は変わりませんよ」


「確かに、新兵も多いですからな。

では、安んじてお任せください。

まあ、ご主君をあまり前線に引き出すと、奥方や妹君から苦情が出ますからなぁ」


 いや、2人は分かっているから大丈夫だよ。

 と思ったら、ミルとキアラは露骨に視線をそらした。

 おいおい……。

 俺は真面目な顔でチャールズを見た。


「では、簡単なアドバイスを。

ロッシ卿には不要なアドバイスかもしれませんけどね」


 チャールズが苦笑した。


「がんばれだけ言っておいて、今更何を遠慮するのですか」


 それもそうだ。

 俺は苦笑してしまった。


「失敗したときの保身を考えた作戦を立てないでください。

何かあったときの責任はこちらで取ります。

犠牲を少なく敵を撃退すること。

この一点のみ考えてください」


 チャールズは不敵な笑みを浮かべた。


「確かに不要ですな。

そんな器用なまねができるなら、過去に冷や飯を食わされていませんよ。

それに、ご主君に叱責などされたくないですからな。

叱責するときは、よほどの醜態をさらしたときでしょう」


 負けたことだけで責任を追及する気は全くない。

 俺は黙ってうなずいた。

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