255話 そうですか

 ついに不快な交渉当日。

 魔族の使者が到着したと報告を受けて、俺は不快を分かち合う仲間をつれて応接室に向かう。

 ミルとキアラには外してもらっていた。

 2人を不快なことに巻き込む気は無い。



 マガリ性悪婆が白い目で俺を見ていた。


「珍しく坊やからお声掛かりかと思ったら、巻き添えが欲しかっただけかい」


 プリュタニスは苦笑しきりだった。


「私は特等席で見物だから構いませんけどね」


 俺は2人に笑顔を向けた。


「何事も分かち合うべきでしょう。

特に苦難を前にしては」


 マガリ性悪婆は盛大にため息をついた。


「坊やとのやりとりは楽しいけどさ、あの賢者サマと話をしても詰まらないんだよ。

あれなら僧侶の説教のほうがまだマシさ」


 このマガリ性悪婆のへきえきとした顔を見られただけでも、成果はあったろう。

 そんな現実逃避をしつつ応接室に到着した。



 応接室で待っていたのは20代前半の男性。

 豪華な服装で、装飾品をジャラジャラさせた魔族だった。

 金髪碧眼、色白で細身の美男子。


 魔族が立ち上がって一礼した。

 立ち振る舞いは優雅だ。


「お初にお目に掛かります。

私はヴァレンティーン・ヘルヘーニル・バルシュミーデです。

を委任されて参りました。

私のことは賢者として、お耳にされていると思います。

お好きなように呼んでくださって結構ですよ」


 全権を強調して賢者を自称か。

 イキり族か。

 どんな世界にもイキりの輪は広がっている…。


「こちらこそ、お初にお目に掛かります。

領主のアルフレード・デッラ・スカラです。」


 お互い着席する。

 ヴァレンティーンは俺を見定めるようにジロジロみていた。

 表情から落胆の色が見て取れる。

 俺の見た目は地味だからな。

 表情を消してヴァレンティーンが口を開く。


「私の用件はご存じでしょう。

返答をお聞かせ願います」


使者なのに私か。

駄目な子フラグが立ちまくっている。


「拒否しますよ」


 ヴァレンティーンは微笑を浮かべた。


「よこせと言われて、はいと言う人はいませんからね。

ですが、アルフレードさまは兵士の損害を嫌うでしょう。

われわれの間には遺恨があります。

それを水に流すのに、支配の及ばない土地を差し出しても良いのではありませんか?」


 本気で俺が承諾するとは思っていないだろう。

 値踏みかな。

 

「遺恨とは初耳です。

なにかありましたっけ?」


 俺のとぼけた発言に、ヴァレンティーンは眉をひそめた。


「最初のドリエウスとの戦いで、族長のいとこであるメヒティルデが戦死しました。

お忘れですか?」


 やはりそれか、本気で信じているのか分からないがな。

 俺はせきばらいをした。


「われわれを殺そうとした敵方の指揮官が戦死。

遺恨にならないでしょう。

殺されないといけない理由もありません。

命のやりとりの場で、特別に手加減する理由もありませんよ」


「魔族1人なら目立つでしょう。

生け捕りの指示をだすなどの配慮は無いのですか?」


 ばかばかしいな。


「圧倒的な戦力差で戦う兵士に、そんな余計なこと指示する気はありませんよ。

こちらが圧倒的に有利なら話は違いますけどね」


 ヴァレンティーンが、俺を少し軽侮するような顔になった。


「指示すれば可能でしょう。

既に勝てると思っていたのは分かっていますよ。

それに兵士は死ぬものです。

その後の戦いを避けられるなら、そこで数人減ったところで収支は黒字になるでしょう」


「必ず勝つとは思っていませんよ。

戦いの場で殺しに来る相手に配慮自体が筋違いです。

それならまだ、水を掛けられて豪華な服が汚れたことに腹を立てた。

それが遺恨だ、と言ってくれた方が理解できるのですがね」


 ヴァレンティーンは不機嫌な顔になった。

 この人ユーモアのセンスはなさそうだ。


「あの水攻めですか。

残念ながら、私は水を浴びてはいませんよ」


「そうですか、それは何よりです。

では、存在しない遺恨に配慮する必要がありません。

その点は理解していただけますよね」


 どうもこの人は何がしたいのか分からない。


「つまり、われわれと戦っても構わないとおっしゃるのですね」


 俺は頭をかいた。

 もしかして、犠牲を嫌うから脅せば良いとか思ったのか?

 賢者…とは? 絶対に勝てる秘策でもあるのだろうか。

 それならぜひ見たいものだ。


「不思議な理屈で勝手に譲歩を要求してくる。

そんな人が、武器を振り上げてきたら応戦せざる得ないですね」


「勝てると思っているのですか?」


「勝てる勝てない以前の話ですよ。

それこそ、圧倒的差がある大国からの要求でもないですし」


 ヴァレンティーンは自信満々に俺を見ていた。


「アルフレードさまが今まで勝ち続けてこられたのは、運が良かったからでしょう。

幸運はいつまでも続きませんよ。

己の能力が必ず問われます」


 つまり、次は負けるから譲歩しろと。

 もう少し頭の良い会話を期待したいのだが。


「幸運なのは否定しませんよ。

次も運が味方してくれるかもしれませんね。」


「プリュタニスの亡命も長雨も運でしょう。

相手が予想していないから、有効に活用できただけです。

使徒がもたらした兵法を全て、そらんじることができる私には通用しませんよ」


 暗記ってねぇ。

 俺は特に感慨もわかなかった。

 もしかして、皆それで恐れ入って賢者と持ち上げたのか?

 使徒ブランドの戦争の必勝法って触れ込みか。

 あれは原理原則で、暗記が勝利の要因じゃないのだが…。

 

「そうですか」


 ヴァレンティーンは俺の素っ気ない返事に、不快な表情をした。

 肯定する気もないが、否定するのも面倒だ。

 この手の人たちは、少しでも自分が否定されるとムキになる。

 自分の全人格を否定されたかのような、ヒステリックな反応をする。

 全肯定か全否定、判断基準が二極化している困ったちゃんの相手は面倒だよ。


 そこに笑い声が木霊した。


 マガリ性悪婆だった。


「ああ、スマンねぇ。

余りに滑稽で堪えきれなくなっちまったよ」


 ヴァレンティーンがマガリ性悪婆をにらみ付けた。


「何がおかしいのですか」


マガリ性悪婆が小ばかにした顔をヴァレンティーンに向けた。


「いやね、アンタ机上では立派な説を述べるけどさ。

兵士を指揮したのは、この前の水遊びが初じゃないか。

実際の戦闘はまだ未経験の戦争童貞がねぇ。

実戦を勝ち続けてきた、坊やに優位を主張しているのがおかしくってさ」


 はぁ? 実戦経験ないのかよ。

 俺はため息をついた。


「プランケット殿、使者殿に対して失礼ですよ。

兵法を暗記しているのは大したものです」


「ああ…すまないねぇ。

確かに暗記は大したものだねぇ。

やっぱり坊やは見ていて飽きないよ」


 どうして俺の話題になるんだよ。

 ヴァレンティーンが怒りに震えていた。


「実戦経験など、本物の才知の前には無関係です。

偉大な天才は最初の戦闘から勝ち続けるでしょう。

それにアルフレードさまは実際に指揮を執っていない。

後ろで見ていただけですよ。

アルフレードさまは自信が無いから、卑屈とも言える態度で謙遜し続けているのですよね」


 見ていただけってのは正しいな。

 この賢者さまは、匿名掲示板でマウントを取りたがるヤツと似ているな。


 俺の態度は卑屈でも謙遜でもない。

 頭を使って勝っている。

 それは神様からもらった能力ではなく、俺自身の能力なのはしっている。


 だが転生というズルをしている。

 有利なのは当然だ。

 ある意味チートだよ。

 そんな条件で成功しても自慢する気になれないだけさ。


 俺が転生していなかったら、調子に乗っていたろうな。

 そして手痛い失敗をする。

 容易に予想がつく。

 

 俺が目指す目標のため、転生という優位点は存分に生かす。

 だが俺への個人崇拝は絶対に避けたいから、自己アピールはしない。

 俺が調子に乗ると神格化されて、言行が法律になる。

 自分たちで歩くことを止めてしまう。

 そして、未来の足かせになる。


 それを避けたいだけだ。


 この賢者さま、残念すぎる。

 もう少し頭が良いと思ったのは勘違いか?


「そうですか」


 コピペした俺の返事にばかにされたと思ったのか、ヴァレンティーンの表情が険しくなる。


「アルフレードさまに一つ教えて差し上げましょう。

あなたは勝利をたぐり寄せるために、最善を尽くしていない。

運任せで、状況が良くなるのを待っているだけだ。

消極的な相手にのみ通じる手ですよ」


 興奮してきたのか、敬語すら無くなっている。

 だが、言っていることはそう的外れではない。

 確かに俺は強引に勝利をつかむ選択を避けてきた。


「そうですか」


 あ、しまった。

 ついまた同じ返事をしてしまった。

 プリュタニスまで吹き出した。

 ヴァレンティーンが顔を真っ赤にして立ち上がった。


 護衛が警戒態勢をとったが、俺は手で制した。

 ヴァレンティーンは芝居かがったしぐさで両手を広げた。

 クジャクの示威行動かな…。


「よろしい。

勝利の女神はねじ伏せないとこびを売らない。

そのことを教えて差し上げますよ! その若さからくる短慮さを学ぶときがくるでしょう。

勝利は勇敢なものにしか訪れません! プリュタニスも頼る先を間違えた、と思い知ります」


「そうですか」


 所々正しいことを言っている。

 だから純朴な辺境民はだまされるのか。

 堪えきれずに、マガリ性悪婆が爆笑し出した。


「坊や、アタシを殺す気かい…」


 一つだけ彼を評価したい。

 俺を若造扱いしたことだ。

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