253話 事実の列挙

 不愉快な会談にはまだ日数がある。

 少し片付けたいことが俺にはあった。

 

 その件で奥さまに断りを入れることにする。


「明日、キアラと1日過ごして良いかな?」


 ミルが少し首をかしげた。


「ああ、今日のキアラの話ね」


「そう、話がうやむやなまま終わったからね。

今のうちにちゃんと、話をしたほうが良い気がしたのさ」


 ミルは優しい目をしてほほ笑んだ。


「良いわよ。

1日アルをキアラに貸し出してあげる」



 ミルの許可をもらったので、翌日キアラを連れ出して町にでている。

 兄離れは錯覚だったのか。

 俺に腕組みして、大変上機嫌である。

 

 これといった目的も無く、町を2人で見て回る。

 交わされる会話はただの世間話だ。


 キアラなりに、町の人たちへの愛着はあるようだ。

 最初は俺のまねをしていただけで、割と町の人たちと距離間があった。

 最近は領主の妹と領民の立場ではあるが親しい感じで接している。


 そして、見た目が美少女なだけあって、男の子たちに結構人気がある。

 最初は困惑していたが、今は笑顔で手を振るくらいはできている。

 


 休憩がてら茶店に入る。

 俺たち行きつけの店だ。

 

 最初から行きつけでなかったが、キアラの好みの茶があるのでよく行くようになった。

 何度も通ううちに、内密の話ができる個室まで用意された。


 個室で一息つくと、キアラは俺を真剣な目で見ていた。

 護衛は別室に控えていて2人きりだ。


「お兄さま、昨日の話の続きですよね」


「正解、昨日はうやむやで終わったからね。

皆に身分問わずに接していたけど、ここ最近になってキアラはそのことを気にしているだろ。

なにか理由があるのかなと」


 キアラはしばし目を閉じていたが、やがて手元のカップに目を向けた


「まだ、お兄さまに報告をしていませんけど、耳目から報告が幾つか上がっていますの」


「報告をしていないのは、単発で何かの兆候でもない。

そんな話かな」


「ええ、お兄さまを非難する話や落書きが、まれに見受けられると報告を受けていますの」


 なるほどねぇ。


「どんなことをしても、全員を満足させることは無理だよ。

非難は何をやってもでるさ。

その非難に説得力があって…改善すべきならするだけだよ」

 

「それは分かっているつもりですわ。

その非難がただの甘えや、ストレス発散のこじつけばかりだったら良い兆候とは言えません」


 それで増長させていると心配していたのか。


「そこは、自分たちで考えて行動しろと言っている以上、仕方の無い話さ。

下手な対応は反対や批判を封じ込める方向に簡単に転んでしまう。

境界線が曖昧な規制は考えることを奪うようなものだからね。

下手をしたら言葉狩りになってしまう。

根拠が無い悪口でも罪に問われないなら、自由に発言して考えることができるだろ」


 キアラは頰を膨らませた。


「それで済んでいるなら、私も問題にしません。

その悪口を垂れ流している人が、周囲に相手にされないことに怒ってエスカレートしていますわよ。

そこまで必死に悪口を言うなら、本当ではないかと疑う人まで現れますわ」


 俺はカップに視線を落とす。

 ウソも100回言えば真実になる。

 敵対勢力からは利用しやすく危険因子になりえる。


 ただ、取り締まりは難しいのだよね。

 逮捕時にその悪口が虚偽であり、社会に害をもたらす。

 こちらが立証しなくてはいけない。

 それを怠ると、独裁国家にありがちな監視社会になる。

 だが、人によってはその悪口に共感するかもしれない。

 

 この問題に対するキアラなりの回答が俺に威厳が足りないと。


 これは簡単に片付く問題ではないな。


「なるほど、ただ言論を統制する方向は無しですね。

だけど、キアラの懸念を無視するのも賢いやり方じゃない」


「お兄さまには、なにか秘策がおありですの?」


「うーん、言論には言論で対抗するしか無いかな…」


「言論ですの?」


「どんな政策を決定したとか、何を予定しているか官報のような形で町に張り出すか。

少なくとも俺たちが何をして、何をしようとしているか分かれば、多少状況は変わるんじゃないかな」


 キアラが首をかしげていたが、静かにほほ笑んだ。


「つまり、事実無根の話が広がらないようにするのですね」


「無理にそんなことを規制しようとすると、かえって泥沼にはまるからね。

自分たちで考えろ、と日頃から言っている以上、過度の介入は避けないといけない」


「事実無根な話を執念深く広めようとする人に対しては、それだけで良いのですの?」


「ただウソを言うだけで、罪には問えないよ。

抑止力として、道徳の話が大事になってくるのさ。

自分の意見を無理に他人に押しつける人は、マトモに見られないだろ。

それまでは、注視だけして放置すれば良いよ。

暴走して他人に害を及ぼしたら、さすがに有罪だけどね」


 敵の工作員と接触していれば話は変わる。

 日本じゃないから、スパイへの取り締まりは法で可能だ。

 俺の穏健な対処法にキアラは苦笑していた。


「お兄さまは強引な手を使わずに、穏便に済ませようとしているのですけどね。

それが偽善的と言う人もいるのですわ。

首を飛ばされた方が満足なのか、と思いたくもなります」


 俺もキアラを見て苦笑してしまった。


「俺のことをどう見るかはその人次第だよ。

人は見たいと思う現実しか見ない。

問題はそれが多くの賛同を得ているなら、俺のやり方が駄目なんだろう。

そうでないなら、その意見に何か見るべき点があれば参考にすれば良い。

それすら無いなら放置するのが良策だろう」


 キアラは困ったような顔をしていた。


「出回っている誹謗中傷は、他の領主だったら簡単に首が飛ぶ代物ですわよ」


 そんなレベルの話が出回っているのか。

 不敬罪のような罰則を作る気が無い俺は、肩をすくめるしか無かった。


「一応聞くけど、誹謗中傷にはどんな話があるんだい?」


 キアラは心底憤慨した顔になった。


「お兄さまは犠牲がでるのを嫌って、戦没者の碑にいるところを見せつけるけど、結局戦いを選んでいる。

犠牲を嫌うのはただのフリで、領民は使い捨ての道具にしか思っていない。

ただの偽善者で、行動が矛盾している。

そんな話ですわ。

ひどい言い掛かりだと思いません?」


 俺はたまらず苦笑してしまった。

 極端に白か黒で割り切りたがるタイプの批判者だな。

 このケースは大体、単に好き嫌いか自分の好む結論が最初にあってそこに誘導しようとする。

 本人は冷静を装っているが、感情的になっているのがすぐに分かる。


「その人は私が全くの無抵抗か、犠牲をいとわずに戦い続けないと納得しないようだ。

そのときはまた別の非難をするだろうけどさ。

ただ、全くの事実無根ではないだろうね」


 キアラのふくれっ面は変わらない。


「一体どこがですの?」


「事実を都合よくつなぎ合わせて、推測を入れている。

犠牲を嫌うのも、戦没者の碑にいることも事実だよ。

戦いを選んでいるのも事実さ」


「それって、前後の事情も考えずに都合よく、つなぎ合わせているだけじゃないですの。

自分の望む結論に無理やり誘導を意図していますわよね」


 その御仁はジャーナリストの才能があるのかもしれないな。


「大衆を誘導か扇動するときの手法だよ。

表向きは事実を語っていますと言うのさ」


 都合の良い事実だけを列挙して誘導する方法。

 この世界でもあるのだな。

 転生前でも、事実のみを列挙していると述べている話があった。

 だが、その事実を抽出する基準は決して述べられない。

 公正中立を装うのに不都合だからな。


 公正中立なんて存在しないのだが…。


 キアラはひとごとのような俺を、ジト目でにらんでいた。


「お兄さまに降りかかっている火の粉なのですよ?」


 そうなんだけどね。

 これは必要経費だよ。


「法治を大前提にしている以上、強引に排除できないよ。

排除されないのを知っているから、好き勝手言っているのかもしれないけどね。

それだけ悪知恵が回るなら、たまにいい意見を言うかもしれないだろ」


 キアラはあきれ顔でため息をついた。


「本当にお兄さまは人が良すぎですわ…」

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