252話 苦行は分かち合うべき
組織改編で皆が右往左往していても、物事は遠慮せずにやってくる。
前線に出張っているチャールズが珍しく戻ってきた。
「おや、ロッシ卿。
何か相談事でも?」
チャールズが黙ってうなずいた。
軽い調子だから、そんな厄介な話ではないはずだ。
「以前から話題にあった海軍の適任者ですよ」
「ああ、お眼鏡にかないましたか」
「なかなかの癖者ですけどね。
ご主君なら御せるでしょう」
チャールズが癖者と評すると、一周回って素直なのか。
それとも同類なのか。
どちらにせよ買いかぶりすぎだよ。
「紹介していただけますか?」
「そのつもりで連れてきていますよ。
いいぞ! 入ってこい!」
のっそりと入ってきたのは、さえない顔の中年だった。
だが、体は鍛えられて日焼けしている。
黒髪で茶色の目、眼光は鋭い。
何とも面白い御仁だな。
その男はのんびりした動作で一礼した。
「お初にお目に掛かります。
タルクウィニオ・テレジオと申します。
海軍を作りたいと物珍しい話を聞きましてね。
しかも、あのチャールズが敬愛する上司なんて見ものです。
見物がてら、雇っていただければと思います」
チャールズがジロリとタルクウィニオをにらんだ。
「人のことがいえるガラかよ」
似たもの同士か。
仲も良いらしい。
「では、ロッシ卿が認めたのであれば私も異存ありません。
以後、よろしくお願いします」
タルクウィニオが少し拍子抜けをした顔になった。
「なるほど、これは楽しくなりそうですな。
よろしくお願いしますよ」
やや慇懃無礼気味の態度だが気にもならない。
むしろ、チャールズと同じ穴のむじなだと分かってつい笑ってしまった。
タルクウィニオは驚いた顔をした。
俺は手を振った。
「おっと失礼、ロッシ卿の同類と分かってついおかしくなったのですよ」
チャールズが苦笑した。
「タルクウィニオ、止めとけ。
へんに品定めしなくても、じきに分かる」
タルクウィニオは気取ったそぶりで肩をすくめた。
「やれやれ、条件反射ってやつですよ」
困った中年たちが出て行った後、キアラがあきれた表情で俺を見ていた。
「お兄さまは、無礼だったり図々しい方にとても寛大ですわね」
腹が立たないだけなのだが…。
「別に目くじらを立てる必要もないでしょう。
図に乗らなければ良いのですよ」
キアラがため息をついた。
「威厳を持てとまでいいません。
ですがお兄さまは領主なのです。
多少は立場を理解してもらう必要があると思いますわ」
その話にミルは肩をすくめた。
「偉そうな人だったら、私はアルを好きになってなかったわ。
アルは今のままで良いと思うわよ」
キアラは頰を膨らませた。
「私やお姉さまに親しいのは当然ですわ! 身内にはそれで良いのです。
部下に対してまで気安い態度だから、名前が増え続けるのですよ」
ある意味あっているけどね。
1から新しい思想で社会を作る場合の必要経費だよ。
「平等をアピールするのに、一番説得力がある方法を選んだだけですよ。
私の名前程度済むなら安いモノです」
キアラがジト目になった。
「その気安さが甘えになったら、どうされるのですか。
結果として、お兄さまがご自身を責めることになるでしょう」
最近突っ込みが厳しいなぁ。
間違ってはいないけどね。
そのときは何とかするしかないだろう。
器用なまねで説得が可能なら、世の中ずっと楽だよ。
極端ともいえる、分かりやすいポーズでないと説得は難しい。
「そのときはそのときです。
そのリスクは私が負いますよ」
処置なしといった顔でキアラは天を仰いだ。
最近、少し兄離れができたのか。
何でも肯定するリアクションはなくなってきたな。
それを思うと成長したのかな、と優しい目で見てしまう。
俺の表情がご不満なのか、キアラの頰がさらに膨らむ。
今度フォローするか。
俺の心配をしてくれているのは間違いないからな。
そんなときに、扉が開いて伝令が入室してきた。
「ご主君、ご報告します。
魔族の使者が境界線の策定の件で交渉を求めています。
自らを賢者と名乗っております」
境界が現状維持なら、総督であるオラシオに承認権限を与えてある。
それ以外であれば、別の話し合いが必要になる。
「境界線の要求は何と?」
「ドリエウス側の領土を一部割譲するようにとの要求です。
ドリエウス側とは条約を締結済みだといっています」
同じ国で政権交代した訳ではないのだがね。
思わず苦笑してしまった。
無理筋だが、まず吹っかけるつもりか。
それとも何かの口実か。
「事情は分かりました。
話だけはしてみましょう。
こちらへの通行許可を出してください」
絶対不愉快な会談だ。
こんな苦行は仲良く分かち合うべきだよな。
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