251話 生活の基盤

 道徳の話はそれで良い。

 次の話を片付けよう。


「プリュタニスに一つ頼みがあります」


 これまた、指名を予想していなかったプリュタニスが驚いた。


「はい、何でしょうか」


「あなた方の過去の歴史をまとめてください。

図書館に収納します。

われわれがいない前提で書いてくださいよ。

勝手に忖度なんて興ざめですから」


 プリュタニスが渋い顔になった。


「それは構いませんが…どんな意図があるのでしょうか。

かえって昔にすがりませんか?」


 なくてもすがるさ、それなら見えるところですがってくれた方が良い。

 だが、それとは別の答えをする。


「プリュタニスの民が積み重ねてきた歴史まで消す必要はないでしょう。

われわれが勝手に過去を書いていたら、文句の一つも言いたくなりますよね。

だから、それぞれの視点で過去を書けば良いのです」


 俺の趣味って部分も大きいのだがな。

 頭から自分たちの過去を否定される、よりは良いだろう。

 それと、彼らの歴史から何か役に立つ情報があるかもしれない。


「分かりました。

完成次第、アルフレードさまに承認を頂きます」


 それじゃあ駄目だよ。

 俺は手を振った。


「提出は不要です。

完成したら勝手に図書館に収蔵してください」


 俺に見せたら、お墨付きはもらえるが慣習化される。

 そうしたら勝手に自主規制を始められる。


 プリュタニスは明確に反論する論拠もないので、素直にうなずいた。


「承知しました。

執筆をすすめさせます」



「では、それでお願いします。

次はメルキオルリ卿に依頼があります」


 チャールズは新領土の防衛体制の構築で不在なので、副将であるロベルトが出席している。


「はっ! 何なりと御命令ください」


「われわれに無関心な他部族と不可侵条約を結んでください。

軍を背景に圧力を掛けるように。

条件として次世代の指導者層を人質としてこちらに送ってください」


「承知しました。 傘下に入るといった場合はどうされますか?」


「その場合は傘下にいれましょう。

分散して住んでもらいますが、代表者の席は用意します。

同じ集落に住み続けたい場合は、同じ条件で人質を出してもらってください。

攻撃を仕掛けてきたときの処置は一任します」


 ミルが少し心配そうな顔で俺を見ていた。

 突然の宣言に強引さを感じたのだろう。


「良いの? 放置しても平気だと思うけど」


「いえ、目立っていませんが、われわれの社会体制は脆弱です。

魔族との抗争中に蜂起か、そのフリをされるだけでも厄介なのですよ」


「可能性を防ぐのは良いけど、人質はどうするの?」


「首都で皆と勉強させて、文明化のメリットを十分教え込みます。

代替わりのときには返しますけど、代わりの人も出してもらいます。

2-3代後には平和裏に併合できるでしょう」


 ミルがあきれた顔になった。


「アルはエルフと気が合うわよ。

時間の捉え方が似ているわ」



「だと良いのですけどね。

本日の最後の議題です。

農林省のオレンゴ殿に指針を出したいのです」


 最後の指名で、ウンベルトが飛び上がった。

 罰ゲームかよ。


「人口も増えて、農地の拡張や森林の伐採を行うと思います。

ただし、生活の基盤となる自然を破壊しないでほしいのです。

足元を削って立てなくなるのもばからしいですからね」


 ウンベルトが俺に伺うような視線を向けた。


「どのあたりが目途になるのでしょうか?」


 そのあたりは明確でないが、マヤ文明のように伐採フルパワーで滅亡ってのは勘弁したい。


「農業は兎人族に頼ります。

私が知っているのは豆の連作を避けるくらいでしょうか。

伐採は最低限で、植林も必要ですかね。

そのあたりは手探りでやりましょう。

一度、バランスが崩れると回復までとんでもなく時間が掛かります」


 さすがにエルフでも伐採からの回復は見極められないだろうなぁ。

 ミルは腕組みをして考え込んでいた。


「森の健康ならある程度分かるわよ。

回復力が減った分を補えるかだけどね」


「分かるのですか?」


「理論では無理よ。

森と接してって感じ取るだけだから。

増減が分かるレベルだけどね。」


 とはいえ、全部ミルに任せるのもなぁ…。

 俺が考え込んでいると、ミルに腕をつつかれた。


「里おさに聞いてみても良い? エルフとしても森が無駄に減るのは嫌だからね。

持続的に自然を残す考えなら賛同してくれるわよ。

断って森がなくなったら困るからね」


 それだと助かるな…聞いてくれるかは不明だが…。


「では、頼んでもらっても良いですか?」


 ミルはニッコリほほ笑んだ。


「任せて頂戴」


 これが通れば有り難いな。

 過度な期待は禁物だが。

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