250話 道徳のお時間
次の日の代表者会議で、俺から市長への任命を受けたラボ・ヴィッラーニが卒倒してしまって一騒ぎあった。
民生省の仕事は市長とかぶる部分が一番多いので、前から決めていた。
卒倒しようが撤回する気はない。
新しい代表者とともに、市の運営に当たってもらう。
担当は現在の市の運営と、俺からの指示を遂行する。
完全に断絶ではなく、相互に情報のやりとりを続けるのもあって何とか納得したようだ。
秘書補佐官の一部を、市長つきの秘書として派遣することも通達してある。
町としての基本的な作りは終わっているから、創造的な能力より堅実な保守性が望ましい。
俺の屋敷で行われる代表者会議と、市の代表者会議は別になる。
市庁舎の建設を始めることになったが、現時点では民生省のある庁舎が市庁舎として運用される。
封建制度で貧民から市長なんて狂気の沙汰だからなぁ。
だが、実力があれば要職につけるといった象徴でもある。
いろいろ考えていると、隣に座っているミルに腕をつつかれた。
「アル、皆そろったわよ」
新しく始まる領主直属の代表者会議である。
内閣みたいなものだな。
一同を見渡す。
各省庁の大臣、不在なら副大臣が出席。
オブサーバーとしては、プリュタニスが参加。
プリュタニスは正式に代表者に選出している。
市の代表者会議と両方出席する形だ。
人数的には結構減ったかな。
俺は全員を見渡して、せきばらいを一つした。
「では、戦略会議を始めます。
領地全体を考えた采配を必要とします。
まず、デルフィーヌ夫人に提案があります」
デルフィーヌがいきなり指名されて慌てだした。
「は、はい!」
「教育省として、読み書きなどの基本的なものを現在教えています。
加えてもう一つ重視してほしいものがあります」
露骨にほっとした表情になった。
もしかして、筋肉祭りを指摘されるとでも思ったのか。
「はい、はい。
何を重視しますか?」
「道徳です」
別に教育勅語のようなものではない。
単純に南米やアフリカのように、人工的に近代化させた国は汚職がデフォルトになる。
今やろうとすることも、あそこまで極端ではないがそんな要素も含んでいる。
汚職を撲滅することはできないが、軽減することはできるだろう。
デルフィーヌは眉をひそめた。
ピンとこなかったのだろう。
「道徳…ですか?」
「大仰にいっていますが、今まで家庭で教えていた社会で生きていくための知恵ですよ。
多民族なので、家庭だけで教えるのは無理があります。
社会規範のようなものを集約して教えてほしいのです」
デルフィーヌが俺を疑うような目で見た。
「他に何か仕込んでいませんか?」
これに関して、他意はない
「いえ、将来の困難をできるだけ軽減するためですね」
「御領主さまの将来は遠すぎて、私たちにはイメージが湧きません。
もう少し分かりやすく教えてください」
思わず頭をかいてしまう。
そんな遠いことを見ている気はないのだが。
「教育が大事なのは、多くの人が知っています。
どんな教育が大事か、そこは知られていないでしょう」
全員が顔を見合わせる。
俺はガラにもない話をしている自覚は十分ある。
ちょっと気まずくなってせきばらいをする
「考えてみてください。
読み書きはできて、頭も良いが、他人をだまして利用する人。
読み書きはできないし、頭も良くはないが、他人を利用せず助け合っていける人。
どちらが隣人として望ましいでしょうか」
デルフィーヌが昔を思い出したのか渋い顔になる。
「後者に決まっているじゃないですか」
「本来は親なり社会が、前者にならないように教えるわけです。
前者だらけでは、社会が成立しないですからね」
ところが、腐敗する国家は近代的な教育最優先で信仰にまでいく。
先進国に追いつこうと焦るのは、仕方がない部分はあるのだが。
そうしないと、先進国にいいように利用され尽くされてしまう。
代償として、人としての基本的教育がおろそかになる。
やったもの勝ちの世界になる。
汚職もそれが悪いこととして怒るのではない。
自分がおいしい思いができないから怒る。
汚職をしている政治家でも、自分たちに金をくれるなら良いヤツだという。
そんなことを公言できる社会になったら、手の打ちようがない。
建前であっても、社会的な通念であればそんな公言はできなくなる。
法律での罰則も建前と一致すれば、説得力が増す。
建前と異なる法律の運用にも歯止めをかけたい。
デルフィーヌが考え込んだ。
「ですが、御領主さまは読み書きだけでなくて、いろいろと新しい知識を得ることに力をいれています。
矛盾しませんか?」
「後者だけでは社会が発展しません。
時間は止まっていません。
環境は変わっていきますからね。
何事もバランスですよ。
道徳などの社会規範をベースに知識を伸ばしていく。
これが妥当かと思います」
「おっしゃりたいことは分かりました。
ですが、なかなか難しいですね」
余りに真面目な考え方に、俺は苦笑してしまった。
「そこは先人の知恵を借りましょう。
物語にいれておけば良いのですよ」
「物語ですか?」
「絵本や劇にそんな教訓をいれるのですよ。
英雄譚も勇敢で、無私の行為をたたえるためのものです。
各種族の昔話や教訓を編さんして、カリキュラムにしてください」
デルフィーヌが机に突っ伏してしまった。
「ああ、御領主さまにかかれば、どんな話も何かの意味があるように思います…」
大げさやな。
「とにかく、何かに利用する意図ではないです。
社会基盤が安定することは、悪意を持つ人以外には利益になりますよ。
それにプリュタニスの民の通念は、われわれのそれとは違います。
大人は社会を見て合わせることはできます。
子供には難しいでしょうし、孤立化を招いた結果、将来がつらくなります」
悪事を行って責められない。そんな社会は確実に破滅する。
汚職で分け前をもらえないから怒る、そうなったら立て直すことがほぼ不可能だ。
強力な外部の力で強引に変革されない限りはな。
内部で変革しようとしても、味方をするヤツは自分が得をすることが前提になっている。
味方と思っていたヤツが、不利益をこうむった瞬間に敵になる。
そうなると、恐怖政治なりで押さえ込まないといけない。
そして、疑心暗鬼のとりこになる。
そんな社会で生きていたら、たたいてホコリのでないヤツはほぼいない。
そして、自分が告発される前に他人を告発する。
あとは負のスパイラルだ。
理想だけで社会は運営できない。
困ったことに、ノウハウを持っているものは汚職まみれな世界で生きてたものだ。
最初の一手を間違えると手がつけられなくなる。
デルフィーヌが天を仰いだ。
「来年の謝肉祭楽しみだなぁ…」
現実逃避するんじゃねぇ。
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