248話 謝肉祭
イザボーが応接室についた報告を受けたので面談に向かう。
同行しているのはキアラと直属の補佐官たち。
「お兄さま、一体何の用件なのでしょうね?」
「さすがに分からないですね…」
商売関連の話だなんて返事は余りに当たり前すぎる。
どの商売に関する用件かは全く分からない。
応接室に入ると、イザボーといつもの護衛がいた。
お互い軽い挨拶を済ませる。
「イザボーさん、今日はどんなご用件でしょうか」
「はい、第2都市と運河の建設を始めたと耳にしました。
第2の都市だけでも魅力がありますが、運河まであると価値は跳ね上がります。
できれば協力をさせていただきたいのです」
運河と都市のセットの価値は当然知っているよな。
先行投資ができるくらいに、イザボーの立場は強化されているか。
小規模の商会が、土木建築に協力するのは結構な負担だ。
「協力は有り難い話です。
ですが、その返礼に何を望むのですか? 商売の独占であれば首肯できません」
独占があると、必然的に商人の力が強くなりすぎる。
行政と癒着だけでも面倒だが、最悪のケースで主導権を奪われる可能性もある。
イザボーはわきまえていても、周囲や次世代がそうである保証などない。
イザボーは小さくほほ笑んだ。
「アルフレード様相手に、そんな無謀なことは望みません。
経済を理解している領主さまは希少です。
そんなお方の不興を買う商人など生きていけません。
当商会の税率を下げていただくこと。
運河の使用料の引き下げ。
加えて、新都市に建設する商店の立地を相談させていただければと思います」
イザボーは今のところ信用できる相手だ。
その力を保持できるように少し、手を貸すのが得策か。
イザボーの配下で、欲張るものが出てくるかもしれない。
それを制御できるのか、手腕を確認する役にも立つか。
若干リスクも伴うが…やってみよう。
何事もNOとばかり言っていては始まらない。
「税率と立地は異存ありません。
運河の使用料ですが…運用開始から50年間無料にしましょう。
代わりと言ってはですが、商会で一定数の市民を雇ってください。
加えて一つ内密の取引をしていただきたいのです」
市民の雇用はただの念押しだ。
恐らく自主的に雇用してくれるはずだ。
もしくは、商会の人間を市民にしてくれと要望するかもしれない。
どちらにせよ、イザボーの意図は見えてくる。
これは言葉を直接交わさない会話だ。
言葉で化粧をしないぶん、お互いの人格が浮き出る。
運河の使用料ゼロは予想もしていないだろう。
話がうますぎる、だから相応に危険な依頼だと警戒したな。
イザボーの目が細くなる。
「内密の内容によりますね」
俺は笑って手を振った。
「そこまで警戒しなくて良いですよ。
大規模な戦闘が以前あったことは御存じですよね」
損害だけを見れば、おおげさに聞こえるだろうな。
見た目の損害で計ると、小競り合いにしか見えない。
「あったことくらいですが」
「そこで、相手がためこんでいた財宝があったのです。
収集する趣味はないので、それを金に換えてほしいのですよ。
ただし、ここにあったことは絶対に内密です」
イザボーは少し考え込んでから、俺に目を向けた。
そして小さく苦笑した。
「冒険者が押し寄せて、宝探しを始められては困るのですね」
「御名答、そうするとトラブルだらけで治安が悪くなります。
百害あって一利なしですよ」
トレジャーハンターが話の通じる連中なんて空想の世界だ。
行儀良くては生きていけない。
そんな連中はトラブルしか招かない。
「そうなると一度に処理はできませんね。
多少時間が掛かりますがよろしいですか?」
若いけど、よく気が回る。
補佐役が優秀なのかな。
「構いません。
相当の手間は掛かるでしょう。
売り上げの20分の1を手数料でどうですか?」
イザボーの目が再び細くなった。
気前が良すぎると思ったろう。
俺がただのお人よしでないことは熟知しているからな。
「随分と寛大ですね。
いえ…寛大すぎると思いますけど」
「ちゃんとした理由があります。
節度があって信用できる商人がいるなら、力を持ってもらう。
そうすれば先々こちらの利益になります」
警戒するのもコストが掛かるのだよ。
どうせ、あとあと商人が多数新規参入してくる。
そんな中、ある程度は味方と計算できる商人は確保しておきたい。
イザボーはクスクスと笑い出した。
「有り難うございます。
商人を口説く台詞としては、なかなかのものですよ」
口説くの言葉にキアラがピクっと動いた。
いや、男女の口説くって意味じゃないから。
その気があれば、愛人関係に進めるから、まるっきり的外れじゃないけどさ。
その気は全くないのだよ。
「財宝の量はそこそこあるのですよ。
まず、価値の査定など手続きを進めてください」
「かしこまりました、協力させていただきます」
「ええ、頼りにしています」
俺とイザボーは握手をして交渉成立となった。
話が通じる人との交渉は気が楽だ。
言葉は分かるけど、話の通じない人との交渉は時間の無駄だけどな。
逆の方が万倍も価値がある。
後事をキアラに託して、俺は執務室に戻った。
ミルと秘書補佐官、いつもの護衛が残ってた。
「キアラの仕事が済んだら、今日の仕事は終わりにしましょう
折角の祭りですからね。
皆さんも楽しんできてください」
秘書官たちは一様にうれしそうにしていた。
今日はずっと秘書官たちがソワソワしていたのだ。
祭りで何かあるのだろうな。
女性たちが楽しみにしているなら、ミルとキアラを連れていこう。
キアラとイザボーとの打ち合わせが終わって、今日の執務は終了になった。
補佐官たちは慌ただしく出て行った。
俺はミルとキアラに顔を向ける。
「今日はなにかイベントがあるのですか?」
2人は顔を見合わせる。
ミルが首を振った。
「有志で出し物をしたい、と申請があって許可したけど、詳細は知らないわ」
キアラもうなずいた。
「でも彼女たちはすごく楽しみにしていましたね」
「せっかくですから、私たちも見に行きましょうか」
どんなものか当然興味はあったろう。
2人がうれしそうにうなずいた。
屋敷を出ると、マノラとアルシノエがいた。
2人が手を振ったので、こちらも振り替えして挨拶をする。
珍しくアルシノエが俺をチラチラ見ていた。
「アルシノエ、どうかしましたか?」
「りょうしゅさまにね…お礼がいいたかったの」
「何かしましたっけ?」
アルシノエがコクリとうなずいた。
「あのね、きのうパパとママに『弟か妹がほしい?』って聞かれたの。
ほしいっていったら、りょうしゅさまが赤ちゃんを運んできてくれるって。
だからお礼がいいたかったの」
お、おい…俺はコウノトリじゃねぇぞ。
マノラが俺にニッコリと笑いかけた。
「領主さまが人妻ハンターだから、ジラルドさんが頑張るって言ってたよ」
目の前が暗くなった。
おい、冤罪だよ! だが…子供相手に声を荒らげることもできない。
ミルとキアラは大笑いしていた。
俺はかがんで、アルシノエと視線の高さを合わせる。
「赤ちゃんはね、私じゃなくてパパとママが連れてくるんだよ。
だから、お礼はパパとママにしてね」
アルシノエは首をかしげて考えていたが、元気にうなずいた。
「うん!」
そのあと、ひきつった笑顔のまま2人と別れた俺はどっと疲れていた。
「何でこうなるのですか。
そのうち視線が合っただけで妊娠させるとか、デマが広がりますよ…」
ミルが俺の肩にポンと手をのせた。
「大丈夫よ、祭りで羽目を外しているだけだから」
キアラもうなずいている。
「お祭りですから大目に見てあげてくださいな」
俺はため息をついた。
「だと良いのですけどね。
ところで出し物はどこでやるのでしょう?」
ミルが町の広場の方を指さした。
「広場でやるって言っていたわ。
少女像のところね」
広場に行くとステージが設置されていた。
いや、頑張りすぎだろ。
でも、常設の劇場も必要かな…俺が娯楽にされないように。
よし…これは優先度を上げて対応しよう。
出し物の見物人は女性が圧倒的に多い。
しばらくして、高らかにラッパが鳴り響く。
ステージに空からアーデルヘイトが降り立ってきた。
飛行能力の無駄遣いしてやがる。
全員から歓声が上がる。
デルフィーヌもステージに登ってきた。
アーデルヘイトが全員を見渡す。
俺の姿を見つけてウインクをした。
そのあとで、大きく息を吸い込んでメガホンのような拡声器を口に当てた。
あれは、工事の指示を届かせるために作らせた道具じゃないか。
「皆さんお待ちかね! 第1回、ラヴェンナ・謝肉祭を開催します!
司会は抱かれるならたくましい人が良い! アーデルヘイトと!」
デルフィーヌも持っている拡声器に口を当てる。
「ロベルトのことは世界一愛しています。
でも筋肉は別腹! のデルフィーヌと2人でお送りします!」
ウチの大臣2人が何してるんだよ! しかも謝肉祭って意味が違うだろ!
女性たちの黄色い歓声と、まれに男性の黄色い声が飛び交う。
壇上に、上半身裸のビキニパンツをはいたマッチョたちが整列した。
アーデルヘイトがハイテンションで拳を天に突き上げる。
いつもは病的に色白なのだが、今日は紅潮している。
「では、皆さん! 『今年は誰が一番の肉体美を持っているか』審査を始めます!」
デルフィーヌも拳を天に突き上げた。
「参加者の皆さん! 日頃から鍛えた筋肉を皆さんに見せつけて! メロメロにしてください!」
歓声がすごい。
「キャーキャー!」「兄貴―!」「ステキー!」「ブラザー!」
頭の中で超兄貴の「Sexy Dinamite」がエンドレスで流れ出した。
まじかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
誰だよ! こんなの許可したヤツは! ミルだった…。
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