247話 勝手に思い込んだルール

 俺の出費の話はいったん棚上げだ。

 軽い話ではないが…ちょうどクリームヒルト嬢から紹介された魔族がやってきたからだ。

 

 小柄な魔族の女性だった。

 魔族は戦うことは男の役目。

 後方支援は女性の分担になっていたそうだ。


 年は20代か、銀髪で緑の目で色白、つり目気味だ。

 見た目だけだと気が強そうだが、性格は分かりようがない。

 

 その女性が一礼した。


「クリームヒルトさまから推薦されましたレベッカ・ツィマーマンと申します。

新しいマジックアイテムの作製を所望されていると伺いました。

レベッカとお呼びください。」


 割と低めの声で驚いた。

 声は技術には関係ないからどうでも良いのだが。

 

「よく来てくれました。

レベッカさん、どんなものを希望しているかは聞いていますか?」


 レベッカは強くうなずいた。


「はい、使い魔を介さない情報伝達をしたいと聞いています」


「その開発をしていただきたいのです。

金に糸目はつけません。

最初は実現することです。

実用化に向けたコスト削減は、次のステップになると思います」


 レベッカの目が輝いた。


「良いのですか?」

 

「実用化できれば、とてつもない価値になります。

そこで、科学技術部に入って開発をしてほしいのです」


 レベッカは首をかしげた。


「科学技術部ですか? あそこの開発はマジックアイテムと無関係と思っていました」


 確かに普通はそう思える。

 でも、そうではないのだ。


「それはマジックアイテムを作れる人がいなかったからです。

新技術の開発部門を分けてしまうと…集積する知識に無駄が発生します。

それぞれで同じことを研究しかねません」


「無駄ですか? そもそも交わるものではないと思っていますが」


「確かに原動力は魔力とカラクリで分かれています。

ですが、それは永遠に別のものではないでしょう」


 レベッカが腕組みをして考え込んだ。


「アルフレードさまはとんでもないことを言い出す…と聞いていましたが…。

まるで将来が分からない話にも、可能性を見いだしているのですか?」


 とんでもないことを言ってないさ。


「可能性を見いだすか、どうかの話ではありません。

マジックアイテムと科学技術が交わらない、と誰が決めたのですか?

それこそ人が勝手に思い込んだルールですよ。

交えてみて駄目だったら良いのです。

試しもしないで決めることはない…それだけのことです」


 レベッカは俺に少し険しい目を向けた。

 職人としてのプライドがあるのかな。

 それなら話は早いのだけどね。


「確かに思い込みは否定しません。

ですが、成果がでる保証もありません。

そんなことに資金をつぎ込んだら無駄遣いとなりませんか?」


 普通逆なんだけどな。

 部下が冒険したがって、上司が止めるはずなのだが。


 俺は苦笑しながら頭をかいた。


「新しい道を切り開くのに、保証なんてアテにしていられませんよ。

責任は私がとります。

レベッカさんはアイテムを作っているとき、決まった作り方でなく違う方法を試したい、と思ったことはありませんか?」


「それはあります。

ですけど、それはマジックアイテムを作る枠内の話ですよ」


 頑固だなぁ。

 でもその方が説得できたときは、本気で取り組んでくれる。

 説得する価値はある。


「何もいきなり融合させる必要はないのですよ。

マジックアイテムの部品を手作りでなくても良くなる。

そのあたりから始まれば良いのです。

開発部が分かれていたら、それこそ保証がないと協力もしないでしょう」


 そこは理解できたようだ。

 レベッカの表情が柔らかくなった。


「正直に申し上げます。分かりました…とは言いにくいです。

けれども、命令でなく説得をしていただいた…それはよく分かります。

そのお心遣いには応えさせてください」


 一発勝負でさすがに満点とはいかないな。

 でも、頭から拒否されるよりは良いだろう。


「ええ、それで具体的な指針を提案します。

声と映像を片方に伝達できる。

2種類の製作を取っ掛かりにしてください」


「そんな段階を踏んで良いのですか?

時間がかかりますよ?」


 トライアンドエラーは一度に条件を混ぜすぎても非効率だからな。


「構いません。

産みの苦しみですからね。

ですが、その蓄積は将来役立ちます」


 レベッカは俺をマジマジと見て笑い出した。


「笑ってしまって済みません。

アルフレードさまの話す内容はどう考えても私より年上ですよ」


 何でや。

 レベッカが出て行ったあとで、ミルとキアラが堪えきれずに笑い出した。

 抗議しようとしたところに、誰かが部屋に入ってきた。

 ジュールだった。


「ジュール卿、何か問題でもありましたか?」


「いえ、親衛隊50名の訓練が完了しましたので御報告に上がりました」


 一気に増えたなぁ。


「ご苦労さまです。

もう一つ頼んでいたことは大丈夫ですか?」


「はい、操船技術も一通りお墨付きを頂けました。

逆風でも川をさかのぼることは可能です。

折を見て御主君に紹介いたします。」


 海兵隊ではないが、船からの強襲上陸も可能なようにしておきたかった。


「では、操船の鍛錬も引き続き続けてください。

あとは海軍ですね…該当者が見つからないのは歯がゆいです」


 ジュールがニッコリ笑った。


「ロッシ卿の旧友が志願してきたので面談中です。

旧領時代は船の運用を主にしていました。

問題がなければ、御主君に御紹介できます」


 それは大助かりだ。

 報告を終えるとジュールは意気揚々と出て行った。

 では、やっと一息…と思ったら扉が開いて秘書補佐官が入ってきた。


 今日は祭りの日なのにやけに忙しい。

 補佐官からの報告で、商人のイザボーからのアポイントメントを伝えられた。

 どうせなら一気に片付けよう。

 可能ならすぐ会うと伝えた。


 

 ミルとキアラは顔を見合わせて笑っていた。

 思わず2人を見てしまった。


「何かありましたか?」


 ミルが笑いをやめて、真面目な顔になった。


「違うのよ、アルがいてくれてすごい楽になったの。

それで2人で笑っていたのよ」


 キアラも真面目な顔になった。


「ええ、面会者ってだけで、2人でビクビクしてましたもの。

お兄さまバリアーのおかげで、心配無用になりましたわ」


 学問の次はバリアーかよ。

 俺を一体なんだと思っているのだ…。

 俺のぶぜんとした表情を見て、2人はまた笑い出した。

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