246話 必需と虚需

 翌日はばっちり睡眠不足になった。

 そして、今日はミルだけでなくキアラまで加わって、左右を固められている。


 冤罪だって。

 俺の抗議じみた視線をうけてもキアラは涼しい顔だ。


「お兄さまが人妻に手を出すとかありえませんし」


「えーっとこの扱いは?」


 キアラはニッコリほほ笑む。


「ただの口実ですわ」


 堂々と口実といわれて、それ以上突っ込む気もうせた。

 ミルは俺のぶぜんとした顔をみて苦笑した。


「で、今日は誰の所にいくの? 昨日の話を聞いたら、すぐ動きたいでしょ」


 まあ、それはそうなんだけどね。


「クリームヒルトさんからの紹介者を待ちますよ。

それと…代役のお礼をしたいのですが2人は何が良いですか?」


 ミルとキアラは顔を見合わせてうなずいた。

 前もって相談していたらしく、2人そろって口を開いた。


「服を何着か買っても良い?」「新しい服がほしいですわ」


 服だと?


「いや、そんなの別に私に断らなくても好きに買って良いですよ」


 キアラにジト目でみられた。


「お兄さま…御自身の私的な出費額はお幾らですの?」


 私的…うーん、覚えがない。


「もしかして0?」


 キアラは盛大にため息をついた。


「そんな人がトップなのに、私たちが勝手に服を買えるわけないでしょう」


 あーそれはうかつだったか。

 遠慮するなといっても無理だわな。

 思わず頭をかく。


「経済的に本家から自立していません。

そこで私的な出費ってどうにも。

でも、2人はファーストレディ的な存在ですよ。

服も必要な出費でしょう」


 ミルにまでため息をつかれた。


「アル…前に私が自分の服を買ったらといったら、なんて答えたっけ?」


 もしかして、自分も買いたいからいったのか? いや、それなら一緒にというな。


「別に今あるので十分です。

地味な私が着飾っても無意味ですよ。

2人は意味があるでしょう」


 キアラは白い目で俺をみていた。


「たまには豪華な食事でもしてはどうですか? と聞いたらなんて答えました?」


「別に今の食事で満足ですし、それなら皆においしいものを食べさせてあげてください」


 いや、だって俺と周囲だけのために金貨10枚とかの食事なんてコスパ悪いだろ?

 貴人の接待なら必要経費だけど、ここ貴人こないし。

 それだけの豪華な食事をすると、食器も豪華になるし、屋敷も豪華にとなって…際限がないぞ。


 俺が全く自分のために、金を使わないから遠慮しているのか。

 つまり、私的出費をある程度させたかった…と。

 思わず一句、心の中で詠んでしまう。


 白川の清き流れに魚棲まず、濁れる田沼いまは恋いしき


 意識したわけではない…でも、仕事が忙しくて浪費どころじゃなかった。

 2人にちょっと窮屈な思いをさせていたか。


「服はお礼で買いましょう。

それ以外に、月々にお小遣いを渡します。

それで自由に買い物をしてください。」


 勝手にツケ払いするタイプじゃないから、自由に使えるといって渡すのが良いだろう。

 給料といっては、他人のように聞こえるからな。


 これで1件落着…あれ、2人ににらまれているけど。


 ミルがビシっと、俺に指を突きつけた。


「アルのお小遣いは幾ら? 私たちだけもらっていたら後ろめたいでしょ!」


 いや、俺は使おうと思えば幾らでも使えるし…こんな田舎だと使い道ないんだよ!


「実のところ、私の私的な財布と公的な財布の境界線が曖昧なのですよ。

今の段階ではっきり分けると、あとあとで不便になりますからね」


 俺の資産から公的な金を出していたりする。

 私的な出費といわれるとマイナスといった次第。

 税制も完備されていない、原始的な組織だから仕方ない。

 経済も赤子同然だからな…。


 キアラにまで、指を突きつけられた。


「お兄さま、清廉なのは結構ですけど限度がありますわ!」


「私の私的な出費がないと、やっぱり窮屈ですか?」


 2人が身を乗り出した。


「当たり前でしょ!」「当然です!」


 といわれてもなぁ…。


「それに関してはおいおい考えます。

2人に窮屈な思いをさせるのは本意ではありません。

私のためと思って、浪費にならない程度に使ってください」


 2人は向き合ってため息をついた。


「予想はしていたけど…これはもう、あれしかないわね」


「ええ、お姉さま…最終手段ですわ。」


 まさか、事前にシミュレートしていたとか…やめてくれよな。



「まあ、2人とも穏便に…」


 ミルは俺をみてニッコリ笑った。


「アル、服を買うけど選ぶの付き合ってね」


 キアラもニッコリ笑った。


「私もお兄さまに選んでいただきたいですわ」


 げぇっ…拷問じゃねぇか…勘弁してくれ! 時間はかかるし、ただ待ってるだけだろ。

 スマホとか時間つぶす道具もないんだぞ!

 知ってて嫌がらせしてくるつもりだ。


「いや、それはちょっと…」


 ミルが笑顔のまま俺に顔を近づけた。


「いいわよね?」


 駄目だ…打つ手がない。


「はい…」


 キアラはあきれ顔になっていた。


「お兄さま、清廉なのは皆に知れ渡っているのですよ。

おかげで必要な備品の申請や、庁舎の修理も皆遠慮しがちなのですよ。

それでは困りますわ」


「それなら最初にいってくださいよ…。

必要なものは遠慮せずに申請するように布告を出します」


 キアラが首を横に振った。


「無意味ですわ。

お兄さまのような人の布告では、必要となる基準が分かりませんもの。

完全に使い物にならない限り、買い換えませんわ」


 困ったなぁ。

 トップに立つから私的な浪費は避けていたのだが…行きすぎたか。

 トップの影響力の強さが怖い。

 このままだと無駄に金の流れを止めてしまうなぁ。

 使わないことが美徳になりかねない。


 貞観政要の必需と虚需を意識していたらこうなった。

 中国とはバックボーンが違うことは知っているが、違いを軽視しすぎたか。


「どうしましょうかね…」


 ミルとキアラは顔を見合わせてため息をついた。


「だから、人間らしい範囲で使って…」「0はないですわよ…」


 というかね、金より時間がほしいのよ。

 ホントヨ。

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