244話 余力の配分

 筋肉への追求を断念した。

 さらに突っ込むと余計危険になる。

 

 俺は敗北感を味わいながら、ミルとキアラを伴い、屋敷に戻ることにする。

 何があったのか細かく聞かれたが…大して面白い話はないのだよね。


 ごまかすとか…隠す理由もないので正直に話したが、2人の反応はちょっと違っていた。

 ミルはなぜかジト目で俺をみていた。


「アルは淡々と言っているけど…大変な話じゃないの?」


 合理的に対処しただけで、あっと驚くようなすごい話でも何でもない。


「大変なのは実際に仕事をする人でしょう。

実務をする人の足を引っ張らないよう、注意しただけですよ」


 キアラにまでジト目でみられた。


「お兄さま…前まではそれでだまされました。

もうその手は通じませんわよ」


 だましてないって…。


「人聞きが悪いですね。

2人をだましたことはないですよ」


 隣にいるミルが俺の腕を軽くたたいた。


「あのねぇ…アルの代役やって嫌というほど思い知らされたわよ。

それがどれだけ大変かって…」


 キアラもウンウンとうなずいていた。


「一人に仕事を任せるなら間違わないですわ。

お兄さまは多くの人がいろいろと関連するよう、組織を作っているじゃないですの。

一つ間違えたりしたら、軌道修正が大変でしたのよ。

長雨のときにそれはもう…」


 そこまで力まなくて良いのだが…へんに張り切りすぎたのか。

 思わず頭をかいてしまった。

 

 ミルがなぜか慌てだした。


「キアラ! 具体的に言わなくて良いわよ!」


 キアラが首を横に振った。


「お兄さまに自覚してもらわないと駄目ですわ。

そうでないと、また気楽に任せられますよ」


「そ、それは困るけど…」


 一体何があったのだ…。

 大変だったらしいことは分かるが。

 大失敗でもしたのか?


「その話は部屋に戻ってから聞きますよ。

他はなにかありますか?」


 ミルが安心しつつ、意味ありげに笑った。


「アルの誕生祭、戻ってくるまで延期してたからね。

明日からお祭りよ」


 はぁ? 無駄だと知りつつ抵抗を試みる。


「いや、祭りは決まった日にやるべきでしょぅ」


「何を言っているのよ。

アルなしでやっても盛り上がらないのよ。

それに、新しい人も祭りがあればなじみやすいでしょう。

アルも前に言っていたじゃない」


 た、たしかにそうだけどさ…。


「私を無理に待つ必要はないと思いますよ」


 ミルが強めに俺の腕をつかんだ。


「私たちの結婚記念日でもあるのよ! お祭りで祝うに決まってるでしょ! 私一人で結婚記念日を祝えって言うの?」


 駄目だ…勝ち目がない。


「分かりました…」


 キアラに笑われてしまった。


「お兄さま、ちゃんとお姉さまをねぎらってあげてくださいね。

具体的には、お姉さまのお願いは断らないことです。

そのあとで、私もねぎらってくださいね」


 おうふ。


「いたわるのは当然ですけど…お願いを聞くかどうかは程度にもよります」


 キアラはニッコリほほ笑んだ。


「勿論分かっていますわ」


 本当かよ…。


 

 ようやく屋敷に到着した。

 キアラは気を利かせて自分の部屋に戻ったので、部屋に戻るとミルと2人きりになった。

 ベッドに腰かけるとミルが俺に寄りかかってきた。


「アルが戻ってきてうれしいのは当然だけど…。

ホッとしたわよ」


「むちゃをして危険なことをする気はないよ」


「知っているわよ。

そうじゃなくて、アルの代役がすごく重かったのよ…」


 思ったより負担を掛けていたのかな。


「では、マッサージでもしながら話を聞こうか」


「じゃお願い~」


 ミルは体が重そうな動作で、ベッドにうつぶせになった。

 マッサージをして驚いた。

 結構体が硬くなっていた。


「そんなに重かったのか…体が随分硬くなってるぞ」


「あー、やっぱり体にも出てくるのね。

仕事量じゃないのよ、プレッシャーがすごいのよ。

アルは平気で処理してることが信じられなくなったわよ…」


 しまったな、肝心なことを教え忘れていたか。


「ああ、ゴメン。

大事なことを教え忘れていたかな」


「あ、もうちょっと下…そうそう。

で、大事なことって?」


「全力でやらないことだよ」


「アルの全力と私の全力は違うわよ…」


 思わず笑ってしまった。


「そうじゃない。

一つのことに集中するときは全力がいるさ。

でも、俺のやっている仕事はそうじゃない。

予備の力をあらかじめ残しておくのさ」


「そんなことをして平気なの?」


「俺だって全ての事態を予測なんて無理だよ。

だから、予想外のことに対処できるように余力を残しておく」


「それでも、無理なときは?」


「最低限必須な仕事だけやって、他は後回しだよ」


 ミルはうーんうーんとうなってた。

 考え込んでしまっている。


「そんなことで良いの?」


「いいのさ。

不可能なことはどうあがいても無理だよ」


「余力って聞くと、何か怠けているイメージがあるわね」


 そんな発想は転生前にはやっていた時期があったが…ここでもそうなのか。


「いや、怠けるのと余力をとっておくのは全く違うよ。

そうだなぁ、働きアリを知ってるかな」


「また突拍子もないことを…知っているけど名前くらいよ」


「それでいいよ。

働きアリの8割は働く。

その中でも全力で頑張るのは2割、時々サボるのは6割。

残りの2割は全力でサボる。

2-6-2の割合になる」


「へぇー、でも不公平よね。

それに全員が働かなくて良いのかな」


「よく働く2割が動けなくなると、別のアリがよく働きだす。

面白い話でさ、全力でサボっている2割のアリだけ抜き出すと、2-6-2の割合になるのさ」


「不思議ねぇ…何か問題があったときに、全員が全力だと共倒れするのかな」


 なかなかに飲み込みが早くてうれしくなる。

 もう一つの問題がある。

 理解してもらえるだろう。


「短期的には能率があがるんだ。

だけど、全員同じ時期に疲れて休んでしまう。

長期的には、仕事が滞ってアリの集団が存在できなくなる。

常に一定の食糧が得られる集団と、特定の期間にしか得られない集団の差だよ」


「たしかに、それだと駄目ね。

休んでいても食べられないと、疲れもとれないわ」


「仕事の配分もそうだよ。

休むのも仕事のうちで、休める分を計画することも必要なのさ。

そのアリの社会は2-6-2の仕事量が適正。

俺たちの仕事は指示をして、問題があれば報告を受けて対処する。

アリは仕事量を調整できる。

全力仕事をしてヘトヘトになったときに、重大な問題に対処しなくて済むようにするのさ。

だから、もう少し余力を残した指示をする」


 少しずつこっている部分をマッサージすると、たまにミルから色っぽい声が出る。

 肉体的には若造だから刺激が強い。

 

「余力の配分ってどうしたら良いの?」


「計画段階で指示する仕事量はある程度、決まっているからね。

問題が多すぎれば、計画に不備があるから見直す。

余力が多すぎると感じるなら、少しずつ指示する量を増やして注視する。

それでも3割程度の余力は残した方が良いよ。

ミルがキツかったのは、全力でやっているところに、予想外の問題が出てきたからだろ」


 転生前は表向きスタンダードではなくなってきていた。

 それでも、過重労働をしている社員は高評価される風潮が残っていた。

 あれはどうにも性に合わなかった。


 計画のずさんさを部下に尻拭いさせている。

 そんな部下が成長しても同じことを繰り返す。


 無能な指揮官が、自分のミスを兵士に解決させるのと大差ない。


 業務を効率化するはずのITSEが、最も非効率な仕事をしているギャグのような世界だ。

 生活習慣病まみれの医者に、健康を勧められても説得力がないだろう。


 仕事を依頼する側も、IT化でどう効率化するか分からない。

 仕様もあやふやになる。

 単一民族社会で、暗黙の了解がとおる日本は特に顕著だったな…。

 ITが得意とするマニュアル化はかなり苦手な民族だ。


 しまった、また思考が飛んでしまった。

 だが、マッサージの手はとめていない。

 ミルが重いため息をついた。


「ええ、もう嫌がらせかってくらい連鎖するのよ。

嫌な顔をすると、遠慮して報告がこなくなって、状況が悪化してから発覚するのよ。

雪だるま式よ。

アルがどんな報告を受けても、表情を変えない理由がよく分かったわよ…。

むしろ嫌な報告ほど、相手をねぎらっているのもね」


「俺も余裕がないとそんな対応無理だよ。

余力は判断する力として残すのさ。

全力で仕事をしているときに、そんな想定外の処理をすると間違えやすくなる」


「まさにそれだったわ…」


「できるだけ早く片付けようと焦るからね。

間違えは連鎖して膨れ上がるものだよ。

冷静に取捨選択をして諦めるか、期限を延ばすかを判断するのさ。

でも、ミルがここまで苦労したのも意味があるよ」


 眠くなったのか、ミルの反応が鈍くなってきている。

 

「そうなの? なら良いんだけどね」


「自分の仕事量の限界を見極められる。

これはとても大事なことさ」



 返事がない…顔をのぞき込むと静かに寝息を立てていた。


 これは、かなりいたわらないと駄目だな。

 ミルをちゃんと寝かせてから、思わず頭をかいてしまった。

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