226話 社会が崩壊するタイミング

 プリュタニスが出て行ったあと、ミルとキアラがお互いにうなずきあった。

 休憩だったり、俺と話がしたいときの合図だな。


 2人は補佐官たちに休憩するようにいった。

 休憩なのに、補佐官たちは部屋に残っている。

 ずっと部屋にいなくてもいいのに。


 だが、補佐官の管理は2人の管轄だ。

 俺から指示を出す気は毛頭ない。


 キアラが俺にお茶をもってきてくれた。


「お兄さま、どうぞ」


「ありがとう、キアラ」


 お茶を飲んで、少しばかり何も考えず、頭を休めているとミルが俺の隣に来た。


「アル、プリュタニス君のいっていた、使い捨てってどんな意味なの?」


 そういえば反応していたな。


「獣人がドリエウスの町に戻った。

見つかれば殺されるでしょう。

生存率が低いので使い捨てといったのですよ」


 ミルがため息をついた。


「そんな危険があるのに戻るの?」


「ドリエウスの支配ロジックの元だと、身内同士で強く結びつきができます。

そうしないと生き残れないですから」


「仲間のために自分が犠牲になるの?」


 生き残るために、集団を最優先するようになる。

 個人を優先していたら、あの世界では簡単に没落する。

 プリュタニスは支配する側なので、当然その心の動きは理解している。

 そうでないと、効率的な支配ができないからだ。


「もし、母子がいて2人に生命の危機が迫ったとき…多くの母親は、子供だけでも生かそうとしませんか?」


「そうね…、きっとそうするわね。

ドリエウスの獣人たちも同じなのね」


 意味は通じてくれたか。


「ええ…そして獣人たちは、ドリエウスの社会が崩壊しかかっていることを知ります。

もし、そこで功績を立てれば、そのあとの新しい社会で生き残った仲間の立場が有利になる。

少なくとも、何もしないままでいきなり平等、といわれるより彼らには納得しやすい理由なのですよ」


 他人の理解をするときは自分の理屈を元に、相手を理解するのは当然の話だ。

 自分と他人の理屈が違うと、話がかみ合わなくなる。


 日本社会の治安の良さに疑問を抱いた外国人が、日本人に尋ねたそうだ。


 『あなたたちの社会はとても、治安が良いですね。

 一体、どんな宗教を信じているのですか?』


 日本人の多くは宗教を信じていないと回答したら、その外国人は信じられなかったそうだ。

 外国では宗教が道徳を担っている。

 彼らの理論では、無宗教な社会は無秩序になるのが当然らしい。

 日本人からするとそんな馬鹿な…と思うだろう。

 

 悠長に説得して、経験してみても…自分の理論で納得できないものは信じられない。

 一族の命がかかっているなら、なおさらのことだ。

 協力させたいなら相手が理解できる、そんな理屈で話す必要がある。

 理解できない相手に協力する、そんな危険を冒すくらいなら、現状維持を当然望むだろう。


 気がつくと、ミルは外を見ていた。

 その視線の先には当然見えるはずのない、ドリエウスの社会で虐げられている獣人たちがいるのだろう


「なんだか悲しいわね…とても私には理解できないわ」


「だからこそ、ドリエウスはわれわれを攻撃してきたのですよ。

ドリエウスもわれわれのことは理解できないでしょう」


 互いに心理的な嫌悪感を感じるだろう。 

 そこだけは通じあっている。

 実に皮肉な心の通い合いだ。


「こんなにひどいのに、よく今まで誰からもたたかれなかったわね…。

使徒に知られていたら、真っ先につぶされるのよね」


 そこは俺も不思議に思っている。


「ラヴェンナ地方ですが…どうも世界に居場所のない人たちが、自然と集まるのではないかと思っています。

何の根拠もありませんがね。

使徒や教会の力が及びにくい地域なのかもしれません」


 ミルが俺の言葉に感心したように、しきりにうなずいていた。


「ここは変だって、ファビオさんもいってたわね。

あそこまで極端な人間至上主義も居場所がないから、ここにいるのかな」


 思わず肩をすくめてしまった。


「居場所がない同士、仲良くやれれば良かったのですけどね…」


 キアラまでいつの間にか俺の隣に座っている。

 存在を主張するように身を乗り出している。


「それより、私はお兄さまの仕掛けでドリエウス側がどうなるか、そこが気になりますわ」


 そうだな、ドリエウス側の境遇を考えても詮無いことだ。

 考えて手心なんて加えてると、俺自身があとで後悔するだろう。


「一番怖いのが、ドリエウス側の人間全てが死兵になることです。

死兵は損得勘定や恐怖すらもたないので、力でねじ伏せるしか対処方法がありません。

ドリエウスを倒して、この地方の問題全てが解決するわけでもないのですよ」


「魔族が残っていますものね」


「ええ、恐らく高確率で彼らとも戦うことになるでしょう。

好戦的な人たちばかりで、辟易しますけどね。

いずれにせよ、勝ったけど戦力が減ってしまうのは賢いやり方ではないです」


 ピュロスの勝利なんて御免被りたい。

 俺は戦争マニアじゃない。

 

「生きる希望を見せて、死兵にならないようにするのですね。

その次はどうするのですか?」


「前回解放した預言者派の捕虜たちは、確実に殺されているでしょう。

そうなると、自分たちの掲げる人間至上主義に疑問をもつ人たちはでてきます。

彼らは獣人が何人死んでも気にしません。

ですが、身内が死ぬとどうでしょうかね。

人間が人間を処刑することに慣れているのか。

しかもその理由が納得いくものか、どう考えても動揺はするでしょう」


 その様子を考えたキアラは、あきれたように苦笑した。


「そうですわね…、動揺するでしょうね。

それと、負けたのは捕虜のせいでないと思いますわ。

裏切って殺されたのならまだしも…」


 よくできました。

 といって、キアラだけ褒めると、ミルのご機嫌が斜めになってしまう。


「ええ、上層部への不信感が募りますね。

締め付けても効果はさほどでないでしょう」


 蚊帳の外になりそうな気配を察してか、隣に座っていたミルが椅子ごと距離を詰めてきた。

 これは…2人にまた挟まれるのか?

 ミルは何気ない感じで口を開いた。


「そうなると、あの預言者だっけ…ムキになって締め付けをしない?」


「ええ、締め付けがエスカレートするでしょうね。

でも、ドリエウスからすれば迷惑なのですよ。

宗教のように主義主張を守っている、そんな集団の締め付けは過激になるでしょう。

われわれと戦う前から戦力が減らされます。

むしろ、預言者を排除するかもしれませんね」


 窮地に陥った状況を打開するため、改革を断行。

 問題点は分かっているから、一見正解に見える。

 だが…そんな状態で立て直せるケースはめったにない。

 武田勝頼のように、外からの攻撃に社会が崩壊してしまう。


 では、窮地に陥って内部崩壊しないために、和を保つことだけに腐心すれば良いのか。

 それもダメだ。


 旧日本軍のように、戦況が悪化してやったことがそれだ。

 組織内部の和を保つことを第一に執着。

 結果的に、現状維持すらままならずに敗北。

 

 つまりは、状況的に詰んでいる。

 そこまでようやく…こぎ着けることができた。


 ミルに頰を突かれて現実に引き戻された。

 ミルはまた一人で考え込んでいると、無言の抗議の視線を送ってきた。

 思わず頭をかいた。

 それを見てミルは苦笑で済ませてくれた。


「内紛が起こると思うの?」


「ええ、ほぼ確実に。

そこでわれわれは軍を出動させます、そうなったら、戦闘はほぼ起こらないでしょう」


 拍子抜けした顔のミル。

 俺が神経質なくらい、いろいろな要素を配慮していたのを知っている。

 それだけに、そんなにあっさり勝つのが想像しにくいらしい。


「そんな簡単に、社会って崩壊するものなの?」


 背後の気配に振り向くと、キアラがいつの間にか立っていた。

 いきなり、後ろから俺に抱きつくとミルに勝ち誇った顔を向けた。


「お姉さま、まだまだですわね。

簡単に崩壊するように、お兄さまは慎重に手を打ち続けていたのですわ。

ようやく、成果がでる時期になった。

それだけのことですわ。

お姉さまには、まだまだお兄さま学の学位は差し上げられませんわね」


 ミルがムッとした顔になる。


「ちょ、ちょっと離れなさいよ! 私のほうが抱きつく権利があるわよ!!」


 また始まった…ここだけはいつもと変わらない。

 補佐官はみんな視線をそらせている。

 また、俺が仲裁せんといかんか…

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