227話 マンマミーア

 仕掛けの発動を待っている状態だが、日常の業務は関係なく追っかけてくる。

 今後は、支配地域の拡大が予想される。

 そうなると、俺がこの町ばかりを見るわけにいかなくなる


「代表者の中から市長を選出して、日常業務を処理してもらいましょうかね」


 俺の何気ない独り言に、秘書たちの手が止まる。

 ミルが俺に怪訝な顔を向ける。


「市長? アルの仕事をやってもらうってこと?」


「いえ、ラヴェンナ地方全体の統治は私がやらないといけません。

秘書官グループもそのままです。

町の運営に関しては、切り離して任せてしまおうかと」


 キアラは俺の真意を探ろうと、じっと考え込んでいた。

 すぐにニッコリと笑う。


「以前おっしゃっていたお兄さまの肩代わり。

その話につながっているのですね」


 大体は合っているな。


「ええ。

さらに言えば支配地域が増えると、私が常にここにいるわけにもいきませんからね。

都市ごとにここの縮小した組織を作って、運営はその都市の住民に委ねたいのです」


 ミルが頭に手を当てた。


「アルは最終的な形が頭にあって、そこを目指しているのよね。

一度に言わないのは……。

先ばかり考えて、今の仕事がおざなりになるのが嫌なんでしょ。

違うかな?」


 これだけ一緒にやっていれば、さすがにわかるよな。

 最終的なグランドデザインは、俺の頭で描かれている。


「ええ。

皆さんはじめての経験でしょう。

試行錯誤して、失敗を積み重ね、日々成長しています。

その経験が大事だからこそ、最終形態は明かしていないのですよ」


「失敗して成長してほしいって、前から言っていたわね。

先を話さないのと、どんな関係があるの?」


 決して信用していないわけじゃない。

 だが話し方を間違えると、一気にまずいことになる。

 ふたりだけに話すなら何の心配もない。

 今は補佐官がいるからな。

 思わず腕組みしてしまう。


「人としての性質があるのですよ……。

今の仕事は通過点。

そう思うとついおざなりになります。

そして一度積み重なると、それはさらに積み重なります。

問題がでても……次で改善すればいい。

そう高をくくって、取り返しがつかなくなる。

それが怖いのですよ」


 一同が神妙な顔になる。

 俺は慌てて手を振る。


「皆さんを信じていないなどと……。

そんなことは決してないのです。

私が先走りすぎて、皆さんの成長の機会を奪ってしまうのが怖いだけです」


 キアラは俺の慌てようがおかしかったのか、クスクスと笑い出した。


「お兄さま。

私たちが信用されていないとは、誰も思っていませんわ。

補佐官を選ぶときには、お姉さまと厳選しましたし。

お兄さまの意図は、ちゃんと伝えてありますの」


 ミルは厳選といった言葉に苦笑していた。


「ええ。

アルは信用していない人には、絶対に大事な仕事を任せないと伝えているわ」


 俺は補佐官の選定に一切口を挟む気はないのだが……。


「ともかく……。

まずは失敗を積み重ねつつ成長してください。

そうでないと、後輩の失敗に必要以上に厳しくなるでしょう。

そして困った未来に突入します」


 困った未来の言葉に、全員が顔を見合わせる。

 もう少し説明がいるな。


「失敗を極端に恐れる社会になって、減点主義に陥ります。

自分の評価を上げる、手っ取り早い方法がはやるでしょう。

つまり自分は何もせずに、人の失敗を責め続けることです」


 ミルは俺の話が飛躍しすぎて理解できないようだ。


「人の失敗を責めて、どうして自分の評価が上がるの?」


 人間の本質に根ざした、困った話なんだよな。


「相対的な話です。

何もしていないけど、失敗が0の人がひとりいるとします。

残りの人は、全員が失敗を経験しています。

上司が失敗を恐れる人の場合、部下の評価はどうなりますか?」


 ミルはあきれた顔になった。


「それはたしかにね……。

でもアルの理屈だと、そんな組織になったら駄目でしょ」


「ええ。

だから注意しています。

そして私の身近にいる秘書と補佐官のあり方は、他の人も見ています。

どんどん伝染しますよ」


 その台詞に、補佐官たちが一斉に緊張してしまった。

 影響力が強すぎるのも善しあしだな……。

 俺は軽く手を振った。


「今までの仕事ぶりで、何の不満もありません。

今までどおりやってください。

あまり先を考えすぎて、仕事のやり方が正しいか迷っても大変です。

勿論……最終的な目的地は考えていますよ。

ですが人の成長はさまざまですよ。

成長と状況の変化を見ながら手直ししていますからね。

実際のところ今考える最終目的地より、もっと正しい着地地点があるかもしれません。

要するに……。

私も手探りでやっているので、先の話ばかりしても意味がないのです」


 ミルも最終目的地を、本気で聞き出す気ではないようだ。

 あっさり納得した顔になった。


「分かったわ。

今までどおりやっていけばいいのね」


「ええ。

それに今でも手一杯でしょう。

そこに仕事を増やしたら、もっと補佐官を増やさないといけませんよ」


 力なくキアラが首を横に振った。


「それはできれば……。

待ってほしいですわ」


 補佐官たちもカクカクとうなずいている。

 俺が明言して仕事を増やすときは、修羅場になる。

 そんな噂が広がっていた。


 少し待ってあげたいけどね。

 ドリエウスの件が片付くと、そういかない可能性が高い。


「そうですね。

私もそう思いますよ」


 俺のつぶやきのような返事に、ミルとキアラは顔を見合わせてひきつった笑いを浮かべた。

 俺が人ごとのようにいうときは、ロクなことが起きないと知っているからだ。


                  ◆◇◆◇◆


 そんなところに外部との手紙を管理する職員が、キアラに一通の手紙をもってきた。

 キアラはそれを受け取って一読したあと、眉をひそめた。


 キアラの顔を見るといい話ではないな。

 また、貧民800人受け入れてくれとか言われてもムリだぞ……。

 他の部族からの合流打診がある。

 そしてドリエウス撃破後に、降伏による人口増加の可能性があるからな。


 キアラは渋い表情のまま、俺に手紙を持ってきてくれた。

 

「本家からです。

幸い今の時点で私たちには関係ありません。

先々面倒な話がでるかもしれませんわ」


 キアラから手紙を受け取って一読した。

 たしかにな……。

 

「国王が病気で倒れて長くはない。

つまりは代替わりですか……」


 ラヴェンナ地方に住んでいると、ランゴバルド王国の民という認識はない。

 それはいいが……。

 王国がどう思うか、それはまた別の話だ。


 ミルが俺の隣に寄ってきたので手紙を差し出す。

 ミルが驚いたようだ。


「見ていいの?」


「領主婦人に見せていけない手紙はないですよ」


 うれしそうにうなずいて、ミルは手紙を読んだ。


「国王が替わると、ここにどう影響するの?」


「直接はないですよ。

代替わりをした新国王が張り切って、貴族の統治に首を突っ込まなければですが」


 ミルは少し不安な顔になった。


「アルはそれを予想しているの?」


「なんとも。

誰が継ぐかわかりませんからね」


 江戸時代のように長子相続が原則ではない。

 父の指名、重臣の思惑、もろもろ要素があって簡単には決まらない。

 現国王には4人の嫡子がいる。

 娘は3人いて、それぞれ嫁いでいた。

 嫁ぎ先の意向まで関わってくる。

 国王の権力が弱い封建制度。

 日本では室町幕府のような感じだ……。


 キアラがため息をついた。


「お父さまは王都にいく羽目になりそうですわね。

本家はお兄さまたちで大丈夫でしょうか?」


 キアラは兄たちへの評価が辛いな。

 出だしでつまずいただけだ。

 三国志のゲームで言えば、20代の若さで80以上の政治能力はあるぞ。

 経験を積めば、90を超えるだろう。

 はっきり言って天才だとすら思っている。


「大丈夫ですよ。

キアラが思っているより、ずっと有能です。

守勢の統治は、私などよりずっと有能ですから」


 事実、改革案を話したときの飲み込みはとても早かった。

 想像以上の速度で、行政改革を完成しつつある。

 キアラはジト目になる。


「代替わりしたら、守勢では済まないかもしれませんわ……。

お兄さまが、本家の手助けにかり出されたら困ります。

そうなったら……。

ここの統治は私にしか頼めない、とお留守番を押しつけられますわ」


 バレてら……。

 だが俺はここを離れる気はまったくない。

 離れる余裕なんてないのだ。


「私もここを離れるわけにいかないですからね。

出て行かなくて済むようにします。

そのためには、王国の情報を集めないといけませんね。

本家との情報収集のパイプを作ってもらっていいですか?」


 キアラはニッコリ笑った。


「ええ。

いかなる手を使ってでも確立してみせますわ」


 俺の脳裏に、突然『マンマミーア』と叫びながら痙攣するマリオが浮かび上がった。


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