225話 使い捨ての報酬

 俺は気恥ずかしくなって、クリームヒルト嬢に別れを告げて執務室に戻る。

 そして、次の手を打つべくプリュタニスを呼んでもらう。

 

 プリュタニスは自分が呼ばれること、それは当然知っていたのだろう。

 俺が発言するより前に、身を乗り出してきた。


「アルフレードさま、次の方針は決まったのですね」


 えらい積極的だな…むしろせいている感じか。


「最終決定の前に確認したいことがあります。

しかし、随分急いでいるようですね」


 プリュタニスが一息ついて口を開いた。


「父がアルフレードさまに踊らされられつづけると、もっと多くの犠牲がでるからです。

勿論、アルフレードさまを非難していません。

父が愚かにも、どんな相手と戦っているのか理解していないのです」


 プリュタニスが亡命してきた。

 しかし俺の戦略目標、つまり相手を一掃することは変更していない。

 その合間に、プリュタニスが救える人を救う。

 それに許可を出しているだけだ。


「短期決戦をすれば、こちらの犠牲が増えますからね。

同化を掲げるなら、終戦後の恨みを増さないため、短期決戦を視野に入れます。

一掃するのであれば、時間よりこちらの犠牲をいかに減らすかに注力しますね。

戦後処理を考えなくて良いですから」


 プリュタニスは力なく肩をすくめた。


「その基本方針に口出しをする権利は、私にはありません。

私にできるのは早期決着の助けになる、そのくらいです」


「私としても、早く終わるに越したことはありません。

そこで、ドリエウス内部を動揺させたいのですよ」


 プリュタニスは腕組みをして考え込んだ。


「直接、父の懐に手を突っ込んでかき回しますか。

どうやって?」


「使い魔経由で、情報を送りつけます。

加えて、ずっと拘留して放置していた偽の第3子。

彼も使いましょう。

と言っても、こちらはタダの厄介払いですが」


 実のところ、ずっと拘留してたが対処に困っていた。

 罰するにしても、事後法になる。

 身分詐称を罪にする法律はなかった。

 領主権限で罰則を決める慣習はある。

 だが、俺はそんな人治を否定している。


 法律の運用開始直後に、法の精神に反することを、俺が決めるわけにはいかない。

 受け入れようにも、ドリエウスの理論で生きている。

 追い出すしかない。

 それにしても名目が欲しかった。


 プリュタニスが興味深そうな顔になった。

 こちらに少し身を乗り出した。

 

「それで、どんな情報を流しますか?」


「人間至上主義を取り下げるならば、命はとらないし奴隷にもしない。

過去の所業は不問に処すが、今後の差別行為は許さない。

伝える内容は以上です。

情報を受け取る魔術師が、保身のために握りつぶす可能性はありますが」


 魔術師に与えられている任務は、こちらの情報を得ること。

 それとどう使い魔を操るかだけだ。

 そこで危険な寝返りを提示されても、対処に困るだけだろう。

 利敵行為ととられかねない。


「私が獣人に伝えれば、状況は少し変わるでしょうね。

私の偽物にはなんと?」


「同じ内容を伝えてもらうことを条件に解放しますよ」


 プリュタニスは思わず苦笑した。


「まさにタダの厄介払いですね。

危険がある伝言なんて、絶対にしないでしょう」


「ええ、ただ飯を食べさせたり、監視の人員を割くコストが無駄ですから。

それより、うまくドリエウスの民に、伝言を流す方法が欲しいのですよ」


 プリュタニスはしばし考え込んでいた。

 俺はその思考を邪魔せずに、彼の答えを待つ。

 プリュタニスはドリエウスの内部情報に通じている。

 ここでは彼が頼りだ。


 そしてプリュタニスは何かを決断した顔になった。


「アルフレードさまに一つ約束をしていただければ、なんとかできます。

ただ、伝言を担当する獣人は使い捨てになりますが」


 つまり、捕虜の獣人を使うのか。

 使い捨ての言葉に秘書たちの手が止まる。


 捕虜の獣人は、ドリエウスの指示を受けて活動する可能性がある。

 受け入れて安心できる人たちではない。

 

 つまり、情報を流すくらいしか対処しようがない。

 ここはプリュタニスの判断を尊重しよう。


「約束の内容によります。

むちゃな約束ではないでしょうが、確認をする必要があります」


「約束は父を撃破したあと、一族の保護と長を代表者入りさせることです。

そして、父の支配下にいる獣人たちは以後、平等な市民として扱うと。

この条件で希望者を募って、父の領地に返します。

獣人に広めると同時に、町の中にもこの話を紙でばらまきます」


「獣人は中に入れないでしょう」


 プリュタニスはいたずらっ子のような顔になる。


「秘密の裏道があるのです。

ごく一部にしか知られていません」


 その提案には一つ問題があるな。


「プリュタニスの亡命が知られていたら、その道を封鎖するのではありませんか?」


 プリュタニスは困った感じで苦笑した。

 その困った、は故郷の人たちに向けてのものだろう。


「封鎖はできませんよ。

首脳陣専用の緊急脱出路です。

そして、存在を知られるとまずいので監視もつけていません。

私が使ったときでもノーマークでしたよ。

加えて人間が多く減っています。

思いついても、監視をする余裕はないでしょうね」


 こちらの被害はないなら、やってみても問題はないな。

 だが…一つ確認することがある。


「その計画は使い魔経由で、筒抜けになりませんか?」


 プリュタニスは小さく笑った。

 対策は当然織り込み済みだろう。


「使い魔でない人を選びます。

現状を伝えた上で、使い魔でない獣人に立候補してもらいます。

将来のことがあるので、ここで虚偽はでてこないはずです。

それと使い魔になっている獣人は、父としてもここに残しておきたいでしょう」


 どちらにせよ、こちらの打てる手は多くない。

 任せるしかないな。


「分かりました。

約束は私の名前において必ず守ります。

その方法をやっていただけますか」


 プリュタニスは安心したようだ。


「ありがとうございます。

正直…ここまで一気に形勢が変わる、とは思っていませんでした。

アルフレードさまなら、魔族の若き賢者にも勝てそうですね」


 また、なんか変なのがいるのかよ…。


「若き賢者ですか?」


「ええ、歳はアルフレードさまより少し上です。

一族始まって以来の俊才と名高いのですよ。

私も知恵比べをしましたが、一度も勝てませんでした」


 ハードモードはまだ続いているのかよ。

 思わずウンザリする。


「その人の名前はなんと?」


「ヴァレンティーン・ヘルヘーニル・バルシュミーデです。

族長の一族に連なる男性ですよ」


 敵対は勘弁してほしい…。

 最近、悪役が俺のはまり役になりつつあるからな。

 俺は別にいいのだが…ミルとキアラが憤慨する。

 俺もミルやキアラを、悪く言われたら憤慨するだろう。

 だから、俺は構わないと言って、2人の感情を無視したくはない…。


「族長に影響があって、理性的な人なら良いのですがね」


「影響はあります。

弁舌は巧みで、プライドも非常に高い人です。

功名心にあふれていますよ」


 ああ、なんかダメそうなフラグだ…敵対する可能性大だ。

 だが遠くの雷雨は、手前の洪水を片付けてから考えよう。


「取りあえず、その賢者さまは後回しです。

ドリエウスとの戦いを済ませましょうか」


「ああ、そうでした。

無責任な話ですが…どちらが勝つか楽しみです」


 まさに無責任な話だな…バトル漫画じゃあるまいし、どんどん敵が強くなるのは、娯楽の世界だけにしてほしい。

 

 ふと気がついた。

 神様に喧嘩売っているんだった…そりゃ強くなるよな…。

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